お金の制限から自由に生きる
お金とは何かというと、価値交換の手段とか、増殖機能とか、保存機能とか、、、
お金について考えると言うと、お金を稼ぎ方とか、使い方とか、貯め方(守り方)とか、、、
スピリチュアル的に見るなら、お金は汚いものじゃないとか、お金を好きになろうとか、、、
どれも間違ってはいないし、大事なことではあります。
でも、もっと根底にあって、ほとんどの人が気づいていないことがあります。
金融業界に四半世紀以上籍を置いた者として、ぜひ多くの人に知ってほしい、だから書いておきたいという思いです。
お金がすべての人の人生を呪縛している
お金が人々の人生に落とす影、呪縛です。
その最大のものが、「お金がなければ生きていけない」です。
考えてみれば、金属や紙でできていて食べられもしないお金が生き死に直結するなんておかしな話です。
実際、人間のそれなりに長い歴史の中で、なんでもお金で換算する時間・空間の比率はごく一部かもしれません。
ところが、今はお金が生殺与奪を決定するまでになっています。
お金と全く関わらずに生きている人は現代の日本ではほぼいないと言っていいでしょう。
そして、お金という物差しが人々の価値観を決定づけています。
たとえば、「効率がよい」のはいいことで、効率が悪いのはムダという考え方。
効率がいいとは、結局、お金がたくさん稼げるということに他なりません。
ところが、人生の豊かさは実はムダのなかにあったりします。
人生の効率を極限まで追求すると、どうせ死ぬんだから生まれてすぐ死ぬのが最も効率のよい生き方ということになりかねません。
個人商店より、大規模なスーパーの方が効率はいいし、お金は儲かるでしょう。
個人の職人より、工場での大量生産の方が圧倒的に効率はいいでしょう。
しかし、そこで働く人はどうなのか。効率を上げるプレッシャーを受けながら機械や歯車のように働くのが人間らしい生き方とは到底思えません。
人の能力もそうです。
お金になる能力は素晴らしく、そうでない能力は評価されません。
転じて人そのものへの評価にもなります。
高給の仕事に就くための勉強、人気のあるプロスポーツの才能などはお金になります。
しかし、人としてのやさしさや思いやり、物事をコツコツ丁寧に積み重ね、人を支える力、誰に対しても親切でいることなどは、あまり評価されません。
挙句、お金のために、自分の時間、心、体、果ては人生そのものまでも売り渡すような世の中になっています。
これが言わば現象面で起きていること。
では、なぜそんなことになっているのか。実は、偶然ではありません。
お金の専門家も知らないお金の「出生の秘密」
言ってみれば、お金の「出生の秘密」によるものです。
お金がどのように生まれ、消えていくのか、ほとんどの人が知りません。
教科書にも書かれていません。ファイナンシャルプランニング技能士(FP)や証券アナリストの教本にもないのです。金融のプロ、行政さえ知りません。
お金は実は借金により生まれます。
歴史的に詐欺的な手法で生まれ、国ではなく民間の特定の人たちが権限を独占するようになってしまいました。
これだけではよくわからないと思います。
では、もしこうだったらどうでしょう。
お金は国が発行して、国民一人当たりいくらという形で配布します。
そうすると一定量のお金が国の中に存在するので、価値提供した人はお金をもらい、価値をもらった人はお金を払います。
払ってばっかりだとお金がなくなると思えば、自分が働いて価値を提供して、お金をもらうようにすればいいのです。
もらう方も、お金ばっかり集めても紙と金属が増えるだけなので、もらったお金を使ってサービスや物などを価値として受け取るようにするでしょう。
これでなんの問題もなくお金は回ると思いませんか?
それなのになぜ借金なのか?借金には利子が伴い、借り手から貸し手への膨大な利息というお金の移動が発生します。
なぜ無から有を生むお金を発行するという行為により、稼ぎ続けることができるのでしょうか。
正確にいうと、お金を発行するのには労力がかかるので、かかるコストと手間賃をもらうのは適正水準ならまだフェアかも知れません。
ところが、金利は、貸している間中、1年でも、10年でも、貸し手は何もしないのに借り手は利息を払い続ける必要があります。
これってどうみてもアンフェアですよね。
けれど、大きすぎて当たり前のように目の前にあると、却ってその不自然さに気づかないことってないでしょうか。
その仕組みを意図してそんなふうに仕立て上げ、人々が無意識のままにしたがうように社会を作りあげた人たちがいるということです。
陰謀論みたいな話に感じるかも知れません。でも、上で述べた単純な事実は否定しようのないことです。
ちなみに、陰謀論という言葉も、真実を嘘と思わせるよう、その人たちが作った言葉です。
これからお金とどう付き合うかが重要
では、これを知った上でお金とどう付き合うか。
お金自体を憎んでも仕方がありません。それこそ、お門違い、お金に罪はありません。
お金の仕組みを作った人たちに対しても同様です。個人が何かするにはあまりにも強大だし、憎んでも自身を傷めるだけです。
大切なのは、自分がお金をどう捉え、どう向き合い、どう付き合うのかです。
お金を軸として成り立った観念体系や価値観を今までは当たり前と思っていたかも知れません。
けれど、蓋を開ければ、「しょーも無い」もんです。
そんなものに振り回されて生きるなんて、「アホくさ」とならないでしょうか。
そう思えたら、ラッキーです。隙間が生まれ、自由になる素地が生まれます。
その上で冒頭書いたようなお金にまつわる細かなことを学ぶのもいいと思います。
いずれにしても、人生を作っているのは自分自身であり、私たちはお金に縛られるようなちっぽけな存在ではなく、自由(自らに由る)なんですから。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。
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