思惟。

🌈

思惟。

🌈

最近の記事

  • 固定された記事

摩擦にも似た優しい熱

「愛はどこにも行かない」 そんなセリフをどこかで聞いた。 フィクションの世界か、友人の言葉だったか。 もしくは、かつての恋人の声だったか。 あるいは、すべてが夢の中だったのかもしれない。 道中、川端に座って風鈴のように足を揺らすと脈打つ生水の冷たさに走る胸の痛みが今も鮮明に懐かしかった。 私は、目を閉じて真っ黒な川に白昼夢を浮かべた。 夢路 アルコール混じりの冷水が喉を伝う。 唇に触れる氷が痛いほどに冷たい。グラスの中の氷塔が小さく崩壊し甲高い音が鳴る

    • 溶ける目

      脳で捉えたものをそのままの純度で伝えることは難しいように思える。同じものを見ているようで薄い皮膜に覆われて、まったく別のものが見えていたり。薄いが弾力はある、眼球な膜。 その内側を描きたい。外ではない内こそが本当に伝えたいなにか。 沈黙は、それを鮮明に映すことがある。 言葉を介さずとも伝わってしまうもの、言葉にしなくても伝わるものは、より一層その人らしさを感じられる。瞳の奥で静かに、かつ大胆に繰り返される葛藤と諦めがどろどろと瞳から滲みだす瞬間はアリスさながらに美しく感じる。

      • 水子の初夢

        すずしい青、おいしそうな赤、ちかよりがたい黄。色とりどりの風船のお城にいた。 煩わしい視界とは不釣り合いな静寂がなんだか怖かった。 うっすらと透けた風船の壁からは、終わりの見えない緑が広がっている。 退屈なアクビを殺した矢先、背後に冷めていくような熱を感じた。その熱が他生物の気配だと理解した時には身動きが取れなくなっていた。 早まる鼓動を抑制しようとゆっくり振りかえると、真っ赤なクレヨンを塗りつぶしたような、長く尖った爪の怪物がつっ立っていた。 生物的に勝てないと本能が喚き、

        • 吐瀉物まじりの。

          体調を崩した。音が煩わしい。 鬱色の細菌が視界を覆う。 感情に消費される体力すら大きく感じた。 そう分かってはいながらも、自身の生存を蝕むほどに愛を求めてしまうのは人間らしくもあるな、と。 愛を享受することにも体力を消費し、嬉しさのあまり白いゲロを吐いた。 口からごめんね。 愛してる。 口だけでごめんね。

        • 固定された記事

        摩擦にも似た優しい熱

          温度のない手

          広島にてクリスマスを過ごした。 とは言っても、その意識は二人の歩く温度に容易く溶けていった。 別れ際、そういえばクリスマスだったねと思い出す。 綺麗に整えられたまえがみの方と待ち合わせをする。 僕も今朝に、長く伸びた触角が邪魔だったのでばっさりと切ってみたらこっちのほうがいいじゃん、と。 方向音痴なため、待ち合わせ場所のスターバックスに辿り着けず、迎えにきてもらうことに。 その間、焼き芋を購入して目印に"芋持ってます"と送信した。合流すると半分にして食べた。 二人の黒い格

          温度のない手

          だって、猫だから。

          お前の言葉は吐瀉物に混ざった毛玉みたいだったから目の前で吐いてみせた。 喉の奥に絡まる言葉を拒否するように洗い流すと喉がキリキリとした。 それから彼と連絡をとることはなくなった。 当然のことだ。 この石には、このくらいの力を加えると、おおよそこれだけ飛ぶだろうという感覚で生きている。 最近は慎重になりすぎて自発的な会話は少なくなった。つまるところ投げる石も見当たらない。 頭の中で考えれば考えるほどにつまらなくなる言葉が逃げ道を失って口から吐き出されていく。 ただ、ふっと、鳴

          だって、猫だから。

          多分、どうでもよかった。

          部屋が荒れたのは、好きと思える人間がいなくなってからだ。堕落して、惰性で積み重なるプラスチック容器のひとつも片付けられなかった。 唯一、動けたのは壁にあなたの写真を貼る時くらいだけど、孵化しない卵をあたため続けているような気分だった。もう、四年あたためている。 先日、とうとう部屋にゴキブリが出た。 壁から外れた写真の目の部分で、テープに絡まり這っていた。 どうしよう。この嫌悪感の先にあなたがいる。表情を変えないあなたが見ている。 悩んだ末に、写真ごと殺虫剤を噴射したけれど

          多分、どうでもよかった。

          水族館の記憶

          同じ景色を見ていても、見えている色はお互いに違っているのが好きだな、と。 撮影した三枚の写真を見て思う。 その写真の二枚は光の上を泳ぐ光ときた。 写真とは思い出の抜け殻のようなもので、あとで見返すと、鮮明に残りすぎてる抜け殻に感情の宿し所が分からなくなる。 写真に残しすぎるのは、後々何も残らなかったりするんだと思った。 僕は勝手に、"抽象的に生きる"と言ってるけど、どれにも共通しそうな情報の写真を見返して、これはなんだろう、と記憶を探る作業は、鮮度を長く保つ手段とすら思って

          水族館の記憶

          -18℃の精子

          私の精子は、冷凍庫に保存されているらしかった。 電話越しに告げられる届かない気色の悪さに、僕自身を呪った。特に悪気はないらしい。 趣味、だそうだ。 食や風景を写真に収めることと同義だという。 僕という人間は昔から人を覚えることが苦手だったし、かと言って、誰かの記憶に残るような人間でもなかった。 そこに保存されている僕という人間像は時の流れとともに薄れ消えていくのではないか、忘れ去られるただの記念なのか。 右から左へと流れる電話の声をよそに、そんな不安を考えていた。 時々、悪夢

          -18℃の精子