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ごまかし

お弁当屋さんのバイトを辞めてから、それなりの季節が巡った。だから、もう話してもいいだろう。

バイトをしていたお弁当屋さんは、あるブランド鶏を売りにする鶏専門店だった。ランチのお弁当はワンコイン前後ということもあり、お昼時はいつも混雑する人気店。店の前には○○鶏を謳う大きなのぼりが立てられ、メニューにもしっかりとブランド鶏の名前が記載されている。お客さんは、それを信じて買っていく。そして、私も信じていた。

でも、働いて少したった頃、私は気がついてしまった。

ブラジル産の肉が仕入れられていることに…。

私には聞く勇気がなかったため、見てみないフリをし、静かに観察を続けた。


家族経営のそのお店は、弟の思想が反映され昭和のまま時を止めていた。外観はリフォームしてこぎれいだが、中身はとんと進歩していない。私とほとんど年が変わらないのに、時代の変化についていけないのかと驚きを隠せなかった。男女で制服の色を変え、長時間働くことを美徳とするパワハラ・モラハラ気質の弟が実権を握っていたため、弟に従うしかない兄はいつも疲れ切っていた。

通し営業にこだわるため、兄はろくにお昼休憩も取れない日々。朝早くから夜遅くまで、毎日14時間ほど立ちっぱなし。
兄弟とはいえ複雑な関係で、弟が兄の店を乗っ取ったようだ。弟が嫁を連れて乗り込み、小さな王国の「王様」に彼がなってしまった。さまざまな断片を私なりにつなぎ合わせただけなので、これが真実かは分からない。それでも、兄は弟に弱みでも握られているのか、経営を明け渡し、ぞんざいに扱われても文句の一つも言わない。
兄はひどい屈託を抱えており、その様をそばで見ているのが辛かった。


そこは焼き鳥も販売していたが、ある種類だけ店で串打ちしていることがずっと不思議だった。けれども、飲食店が初めての私があれこれ聞くことははばかられ、そういうものなんだと受け止めていた。

まだ何も気がついていなかった私は、あるとき無邪気に尋ねた。
「どの焼き鳥が、利益率いいんですか?」
「……それは、店で打っているものだけど」
なぜか口ごもりながら答える店主(弟)を不審に思いながらも、そのときの私はただ、焼き鳥の並びを利益率の高いものが一番目につくように変えればいいのに、と思っていただけだった。

だが、それが後に私の中でブラジル産と結びつく。


うっすらと疑問を感じながらも確信が持てないまま時が過ぎる中、ふいに最初の頃の兄との会話が思い出された。
唐揚げについて話をしていたとき、「こんな、まずいの食べないよ」と、吐き捨てるように彼は言った。正確な言葉は覚えていないが、彼はあからさまに店の唐揚げを否定していた。

メニューには「〇〇鶏のからあげ弁当」と記載されている。
でも、それはウソなんだ!
やっと私は、真実に気がついた。

お客さんの中には律儀にメニュー名を全文読む人がいる。だが、私の口からは○○鶏とは一度も口にしなかった。最初の頃は面倒だったから。偽装と気がついてからはウソに加担したくなかったから。とはいえ、働いている時点でそんなことは言い訳にしかならないことは分かっている。それでも、せめてもの私の抵抗だった。


産地偽装のニュースが出るたびにネットでは大騒ぎになる。でも、考えて欲しい。ブランド鶏のそこそこ大きい唐揚げが3個も入って500円台で買えることの不思議を。そこにはからくりがある。産地偽装というからくりが。

ぼろもうけするために偽装する人もいれば、日々の生活のために偽装をする人もいる。どちらがいい悪いではなく、これがこの業界の常識なのかもしれない。「どんな悪事も水に流せば、ばれない、ばれない」、一部の人と思いたいが、こんな思いが水商売の根底には流れているのかもしれない。

この経験から、産地を謳っている商品を信用することをやめた。
なにかしらのブランドを謳っているお店に関しては、保健所が抜き打ちで全種類DNA検査をすればいいと思うが、その気配も感じない。正そうという方向には動かず、良心に任せっきりがこの先も続くのだろう。

だから、グルメサイトなどに「○○鶏、おいしーい」などと、安易に書き込まない方がいい。もしもこのようなお店だったなら、裏を知っている人間に貧乏舌認定されてしまう。


ハンバーグは某メーカーからレトルトを仕入れていた。
実権を握る弟には、しっぽを振って「わんわん、わんわん」愛想を振りまくが、兄にはそっけなく、バイトの私など彼には鼻くそほどの価値もなかった。人によってあからさまに態度を変える営業。幸運にもこれまで出会うことのなかったタイプ。

一度だけ彼からの電話を受けたことがある。しばらく社会から離れていても、一度身についた社会人の習性は抜けない。「いつもお世話になっております」は自然に出てくる。小バカにしていたバイトからこんな言葉を聞くとは思いもしなかったのだろうか。彼は絶句し、あわあわあわあわ。電話口を通して伝わる彼の動揺に、にたりとほくそ笑む私。しばらく続いた無言の時間、私の心の中ではキラキラと輝くたくさんの金銀の紙吹雪が踊り、勝利を知らせるかちどきが高らかに鳴り響いていた。

これまでの私が、いかに幸せな道を歩んできたか、人に恵まれていたか。ここで働かなければ、気がつくことも感謝の気持ちを持つこともなかった。そういった意味では、あの昼あんどん営業にも感謝しかない。


彼は、とにかく声が大きかった。そして、彼のおかげでレトルト特有の触感の原因を知ることができた。
正確な数字は忘れたが、仕入れていたハンバーグにおける肉の比率はたった32%ちょっと。32%をわずかに超えているところに作為を感じた。肉を先頭に表記し、誤った認識を消費者に与えるための作戦。32%はパン粉で、31.9%は産地も分からないどこかの玉ねぎということも考えられる。
それにしても、三分の一しか肉が含まれないものをハンバーグと呼ぶことに罪悪感を覚えないものなのか。「ハンバーグ風」とする勇気は持てないのだろうか。食品メーカーの闇は深い。

ねちょねちょする口当たりは、パン粉なのか、魔法のなにかなのか。
含有率を明記するようになったら、安さに飛びついている人も真実に気づき、さすがに敬遠するようになるのではないだろうか。それともこれを、企業努力と呼び続けるのだろうか。



この店を告発するつもりはない。
許されないことをしていることは事実だが、安く提供するために体にムチ打って朝から晩まで働いていることも事実。砂糖にむらがる蟻のように、安いものを目指してお客さんが集まるのも事実。にせものと本物の味の違いが分からず、「おいしい、おいしい」と言うのも、これまた事実。

同じ空間であの働きを目の当たりにした私には何も言えない。
だまされないためには、自分の舌を鍛えるしかない。


店内で頻繁に繰り広げられる夫婦げんかに、弟の気質。さらに偽りの手伝いをしていることに耐えられず、ほどなく店を辞めた。

まかないで、よく焼き鳥丼をいただいた。店内仕込みの焼き鳥ではなく、串打ちされて納品されている、恐らく本物のブランド鶏の焼き鳥だけが、いつも丼にはのっていた。
せめてもの彼の良心であったと信じたい。

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