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昨日見た夢、もうひとつの夕景

その日は「学校祭」だった。
私にとって「最後の」学校祭だった。

開催されている場所は学校ではなく、私が生まれ育った小さな街だった。登場人物は小学生から大学生まで幅広かった。

私は母親と一緒に参加していた。

町医者のある交差点を通りかかった時、突然トラックが突っ込んできて、大事故が起きた。私は無事だったが、母親が巻き込まれた。道路に倒れる母親を見て私は、「お母さん!!」と声を上げて駆け寄った。

でも母親はすぐにすっと立ち上がり、「ああびっくりした、行こう」と言った。「痛くないの」と聞く私に、母親は「頭がぐらぐらするしお腹の中はぐつぐつ熱いし足もじくじく痛いけど、大丈夫」と答えた。

「大丈夫じゃないだろ!!」

私は母親に肩を貸し、無理やり医務室に連れて行こうとした(病院ではなく、「医務室」だった)。途端に母親はぐったりした。それでも、「最後の学校祭なのにもったいない、早くお友達のところへ行って」と言い続けていた。

途中、学校祭実行委員を見つけたので医務室の場所を尋ねた。場所はわかっていたけれど、確認しないと不安だった。実行委員は小学生だった。切迫した私を見て、ふんと鼻で笑った。

「事故が起きたなんてこと、どうやって証明できるんですか?嘘じゃないんですか。保険金はおりませんよ」

動悸がするほど怒りを覚えた。「私以外にも沢山のひとが見ていました、あの大きな交差点で起きたんです」と答えると彼は、「それも全部嘘なんじゃないですか」と言って笑った。

現実の私ならそこで自分を疑い出すのだが、夢の中の私は強かった。毅然と言い放った。

「いいです、私だけは確かな証人ですから。今はあなたと言い争っている場合じゃないんです、母を医務室に連れて行かなければいけないんです」

気づくと、隣にいたはずの母親がいなくなっていた。私は小さな実行委員を後にして、母親を探すため走った。保険金がおりないと聞いたから、治療に必要な3万円(このあたりの設定が夢っぽい)を借金した。必死だった。怒りや悲しみの感情に追いつかれないよう、必死に走っていた。

途中、スマホの通知が鳴った。

「あなたのTwitter特定しました。随分フォロワーさんがいるんですね。凍結させてあげましょうか」実行委員からのラインだった。

脅しだった。

「あの子今借金してるんだって!3万も!東京で働いてるくせにお金ないんだね、何があの子をあんな風にしたんだろうね」誰かがそんなことを、Instagramのストーリーにのせていた。

嘲笑だった。

書いていて苦しくておかしくなりそうになるくらいなのに、夢の中の私は強かった。激しくなる動悸を走っているせいにして、絶対に足を止めなかった。弱音を吐かなかった。泣いたりしなかった。

けれど突然、足を止めた。

目の前に、世界の終わりのような夕空が広がったからだ。
燃えるような朱色と訴えるような桃色が混ざりあった、息ができなくなるくらい美しい夕空だった。その空が心を激しく刺して、私は取り憑かれたように、気づくと夕空を目指して走っていた。


走って走って走って走った、私は狂っていた、夕空の美しさに狂っていた。

はっ、と息を呑んで足を止めた。

足元を見ると、そこは崖の果てだった。

私は世界の果てまで走ってきていた。危うく飛び降りる寸前だったことに気づいた。サボテンのような不思議な植物が繁殖していた。夕空は暮れることなく、世界を照らし続けていた。

スマホの通知が鳴った。
高校のクラスラインに、友達同士で撮った写真が次々と流れてきていた。そこに私はいなかった。本当は皆と一緒に写真を撮りたかった。最後だったのに。でも私は泣かなかった。泣かずに、目に焼き付けるように夕空を眺めていた。

崖のそばの岩陰で、ぐったりした母親を見つけた。駆け寄ると、「医務室に行ったけど治療はできなかった」らしい。世界はどうして優しいひとに厳しいんだと思った。でも母親は穏やかな顔をしていた。斜陽に照らされた白い肌が美しかった。

そのあと私はもう一度ひとりで、崖の上に行った。そこで、高校の頃同じクラスだった親友と会った。親友はすべてをわかった上で明るい口調で、「どしたん」と尋ねてきた。だから私も明るく答えた。
「あのね私、危うく飛び降り自殺するところだった」

後半からずっと、景色は夕だった。
どこまでもどこまでも、夕景だった。

この夢は忘れたくない気がした。覚えているべきなような気がした。苦しいけれど遺しておかなければならない気がした。

夢の中の私は、あまりにも強く気高かった。あんなにつらい状況でも、生き続けていた。崖から飛び降りることをしなかった。

現実の私は、夜も眠れずごはんも食べられず泣き腫らしてばかりなのに。そんな私に、何を伝えようとしたのだろう。

生きろよ、と言われた気がした。
そっちの世界でのあなたも生きろよ、と。

だから私は、黄色い線の内側で、
生きるために、
別の世界でのあなたの生き様を書き残している。

眠れない夜のための詩を、そっとつくります。