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【私の感傷的百物語】第二十七話 クラスメイトの諍(いさか)い

高校時代の話です。授業の後、教科書を忘れたことを思い出し、教室へと戻りました。入り口のドアを開けた瞬間、僕は激しく狼狽(ろうばい)してしまいました。教室内には、同じクラスの女子生徒が二人残っていたのですが、そのうち一人が、机に突っ伏して嗚咽(おえつ)しているのです。もう一人の女子は、その隣で必死に泣いている彼女を慰めているのでした。僕は、どうしてよいか分からなくなってしまって、

「いや、教科書を忘れちゃって……」

などとブツブツ呟きながら、そそくさと机の中から教科書を取って出てしまいました。泣くほど深刻な問題を抱えたクラスメイトの姿を目の当たりにしても、なにもできなかった恥ずかしさで体が強張り、熱くなっていました。ねっとりと絡みつくような、嫌な気分に全身が包まれたようでした。

後に、その泣いていた女子は、クラス内の他の女子グループから疎まれていたという話を聞きました。なにが原因なのか、何をされたのか……。門外漢の僕にはまったく知る術はありませんでしたが、彼女の両親が学校に相談したりと、結構大きな問題になったそうです。第三者が善人面をしてしゃしゃり出ていったとしても、ろくな結果にならないと分かってはいるのですが、せめてあの時、ちょっとでも気が晴れるような言葉をかけてあげられなかったかと、今でも考えることがあります。

身の回りで揉め事が起こると、そばにいて実に気持ちが暗くなるものです。それは、どんな年齢においてもそうでしょう。たとえ親しい仲でない人でも、苦しい状況に涙している様子を間近で見れば、多かれ少なかれ心が揺れ動くはずです。そして、その後味はすこぶる悪いはずです。群れで生きてきた動物である我々にとって、群れから阻害されることが、またその様子を垣間見ることがどれほど辛いことであるか。ある意味、凡百の怪談よりもよっぽどこちらのほうが恐ろしいのではないでしょうか。しかし、そういった経験をすることも、人の情と無情が渾然一体となって存在する「この世」というものを理解するうえで、大切なことなのかもしれません。

犬たちの間にも、悩みはあるのか。

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