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投げやりな就活(2000年代半ばの話)

こんばんは。しずしず@おばちゃん文系エンジニアです。
間が空いてしまいました。
仕事が忙しかったのと、実家でいろいろあったのと、試験勉強をしてまして。
さすがに自分語りしている場合ではありませんでした。

もろもろ落ち着きましたので続きを書いていきます。
資格試験についても合格しましたのでゆくゆくは勉強法でも書いていこうと思っています。

では就活編スタート。

就職しなきゃ

私はぼんやりと文学部で2年半過ごしてきました。
一応学芸員過程というものは履修しましたが、学芸員なんてそう簡単になれるものではありません。
学士課程履修中から美術館などでバイトをしコネを作って、修士・博士の単位をとったタイミングで空きがあればお声がかかるかも・・・・というような感じですね。
もしくは各自治体に公務員として所属してこちらも空きがあれば文化財管理課のようなところに配属させてもらえるといったところでしょうか。

教授からは考古学で修士課程やってみない?的なことを言われました。
私も興味がなかったわけではないのですが、考古学をやるにしても確実にやってくる古文書解読の壁を越える自信がなかったのと、さすがに学費のことが気になって働くことにしました。

あぁ、もう遊んでいられないなぁ(今だって遊んでないけど)というのが就職活動に対する想いでした。

私の通っていた大学は比較的就活生への支援はあったほうだと思います。
まず最初にオリエンテーションがあり、就職課の人の話を聞きました。

今は氷河期です。
今年から少し上向くと予想されていますが、急に楽になるわけではありません。
とにかく片っ端からエントリーして、説明会に行って選考を受けてください。
とにかく正社員になること。
それを目指してください。

・・・のようなことを言っておられたのを覚えています。
夢も希望もない話です。
今の就活生さんたちはどういう心持ちなのかわかりませんが、
当時の私は「どこかの会社が何もできない私を拾ってくれたらありがたいなー」というかなり控えめな姿勢でした。

当然のごとく苦戦する就活

特に希望する業界職種もありませんでしたが、就活しないわけにいきません。

なんか面白いことを日がな考えて過ごせたらいいなぁ

という、著しく具体性にかける希望がありましたので広告業界に体当たりして玉砕しておりました。
また、当時は当たり前の圧迫面接(結婚したら辞めちゃうんでしょ?みたいなやつです。)にも疲れていました。
どうしようかなと思っていたところ大学が企業を集めて合同企業説明会を開催するというのです。
就職課曰く

とにかく空いてる席に座って話を聞いてください。
これに出席すればわざわざ企業個別の説明会に行かなくていい企業、一次面接免除の企業もあります。

ラッキーやん。それは行かねば。交通費も節約できるし。
合同企業説明会に行ったところ、なーんにもできない私に声をかけてくれた企業があったのです。(しかも皆が知っているような会社。)

それがIT系の企業でした。
(厳密にはITの企業ではなく、某大企業の中でITに関することを仕事にしている人たちでした。)

あいにくその企業とはご縁がなかったのですが、リクルーターや人事部の方は優しかったですし、人に対する考え方が自分の感性に合うなと感じました。
今まで企業に対して感じたことがなかった感覚です。
担当の方から伺った話ですと、

プログラムもやってもらうことになりますが、うちには理系の人が多くて、
考え方やできることが偏っているから、文系の人も一定数交えたい。
女性向け製品も作りたいので女性にも来てほしい。

今まで自分の弱みだと思っていたところを肯定してくれる企業があるとは!
そこからIT方面、システムエンジニアという職業に目を向けるようになりました。

IT系にしぼって就活をはじめる

実際にIT系の採用試験を受けると結構特殊な方式であることがわかりました。
一般的には筆記試験はSPI(今もやってるかな)が多いのですが、私が受けた数社のIT企業は一般教養は他の企業の半分くらい。
漢字の読み書きと簡単な英語の試験などのオリジナルの問題が出ました。
残りの半分は論理的な思考ができるかを試す試験でした。
今思えば、ポインターの概念を理解できるか、要求仕様を命令レベルに分解できるか、みたいなエンジニアのセンスを問うものだったみたいですね。

ここまで私、プログラムなんて一行も書いたことがなかったのですが、意外なことにうまくハマりまして。
筆記試験は毎回パスできてました。

面接も営業・事務系のうまくおしゃべりできるか?という観点ではなく、客観的に自分を分析できているか、論理的に説明できるかを確認しているような印象を受けました。

最初はうまく自分の長所を表現できませんでした。
次第に英語の読み書きはまあまあできること、中国語の読み書きも少しできることが当時のこの業界にはプラスに作用していることがわかりました。
さらに、匠の世界にハマっていきたいというより、お客様が製品に対して納得感を持ってもらえるような活躍をしたいというポリシーが、ちょっと変わっていることがわかり、その辺をアピールしたところすんなり決まりました。

もともとそんなに頭が良くないので一流企業を外して中小企業(失礼お許しください)に絞ったのもよかったようです。



なんとか就職先が決まりました。
今、IT系を目指す人は大学である程度のスキルを習得した上で就活する方が多いように思います。
もちろん私が就活していた時もそういう方はたくさんいましたが、SEがこんなに一般的な職業ではなかったので母数が少なかったんじゃないでしょうか。
需要に対して著しく少ない供給量の業界だったこと、
技術自体がまだまだ発展途上で、業界全体が初めてのことにチャレンジしている状況だったので素人でも入っていけたということだったのかな。

だってまだガラケーしかなかったんですもの。この時。


次回、いよいよ社会人としてITの世界に足を踏み入れた私の右往左往記。
病みまくって会社辞めるって言いかけた(というか言った)話です。