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「劣等生難関大学合格譚」という物語が胡散臭くて個人的に嫌いという話

世の中に古くから伝わる物語や神話はそのストーリーや流れの類似性から分類するという試みがなされてきました。

日本においては柳田圀男の民話の分類が有名ですし、構造主義的に神話を分析したクロード・レヴィ=ストロースなどはその大家でしょう。

例えば、折口学の用語による「貴種流離譚」と呼ばれる類型は世界中の昔話に見られる型です。

英雄は高貴な生まれだが、何らかのアクシデントで捨てられ、試練を乗り越えて英雄になる、というものです。

スサノオ伝説やヘラクレス、オイディプスなど世界中に見られるものです。

これらがどうして同じ型をなしているかは諸説あるようですが、洋の東西を問わず私たちがある一定の型の物語を好むということが理由の一つとして言えるでしょう。

現代日本の物語「劣等生難関大学合格譚」

現代日本における民衆から支持を受ける物語の型の一つが「劣等生難関大学合格譚」と呼ばれるストーリーです。

この手の物語は数年おきに新しい英雄が生まれています。

少し前まで、この手の旗手を務めていたのがビリギャルこと小林さやか氏です。

彼女の経験をまとめた著作『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』は累計発行部数100万部を超えるベストセラーとなり、女優の有村架純主演で映画化までされました。

著書の題名からもわかるように代表的な「劣等生難関大学合格譚」の英雄と言えます。

彼女はその後、教育関係の仕事を行いつつ、聖心女子大学大学院の博士前期課程を修了、現在はコロンビア大学教育大学院に進学しており、すでに新しい人生の方向性へと進まれているようです。

さすがに小林氏の物語から10年以上経過し、時間とともに英雄の座を降りてしまいました。

その空席となった場所に新たに登壇したのが西岡壱誠氏です。

西岡壱誠氏とは何者か

西岡氏とは何者でしょうか。

西岡氏は「東大生が~」という枕詞で始まる著書を多数執筆し、その本から世に知られるようになった人です。

氏のプロフィールからも「偏差値35から東大に」というものを売りにしていることが分かります。

代表作である「東大読書」シリーズは累計30万部を超えるヒットとなっているようです。

現在は東京大学に在学をしながら自身が立ち上げた株式会社カルペ・ディエムの代表として、教育産業に関わる仕事をしている、とのことです。

東大に入学、著書のヒット、会社を立ち上げ事業家として活動、と非常に優秀な方なのでしょう。

その点に関しては先述の小林氏も同様で、努力家で能力も高いことは疑いようはありません。

しかし、こうした「劣等生難関大合格譚」の英雄たちを私はどうしても好きになれないようです。

誇張、むしろ虚偽に近い売り文句

彼らのような「劣等生難関大学合格譚」の主人公は、難関大学合格という成功との対照的な不遇な時期が存在します。

むしろ、そうした時期があることで、後の成功がより印象的になります。

小林氏の場合は、その不遇のキーワードは「偏差値30」であり、西岡氏の場合は「偏差値35」というものです。

こうした数値は非常に印象的で、実際に偏差値30や35の生徒だけでなく、それよりも少し上の生徒に対しても、希望を見せるものになっています。

自分と同じレベルでも、頑張って東大や慶應へ進学できるのだ、という夢を具現化した存在として英雄視されるわけです。

しかし、この数値こそが大きな罠になっています。

小林氏の偏差値30は英語の偏差値であり、それも全国模試のものです。そして、彼女の進学した慶應義塾大学総合政策学部(SFC)は英語と小論文で受験ができるため、他教科を伸ばす必要はありません。
(私大受験のために日本史はやっていた、という話のようですが)

また、彼女の通っていた学校は愛知淑徳中学校・高校は中学偏差値は45、高校偏差値は68のかなりの進学校であり、もともとの学力がかなり高いのは間違いありません。

一方、西岡氏も偏差値35という数字をキーワードにしていますが、これはZ会東大テストゼミのものです。

同模試は東大受験希望者しか受験しておらず、偏差値35は低い数値ではありますがそれは東大受験者の中で、という前提条件の下での話です。

また、彼の通っていた宝泉学園高校の理数インターは入学偏差値64、東大や医学部を輩出する進学コースであり、もともとの学力が前提として非常に高いのです。

どちらも、入学時点から決して学力が低いわけではなく、たまたまある時期に躓いたがリカバリーして順当な成功を収めた、という事例に過ぎないのです。

にもかかわらず、偏差値やテストが一桁だった、という売り文句を使い、あたかも指導困難校から奇跡の大逆転を成し遂げたかのように誤認させるやり口を私は個人的に好きになれそうにはありません。
(彼ら自身か、質の悪い「大人」の仕業かは不明ですが)

彼らの努力は嘘偽りではない

誤解が生じてはいけないので、強調しますが彼らが難関大学に合格したことは本当にすごい実績ですし、努力の成果であって、そこには何らの嘘偽りもありません。

ただ、まったくバックボーンのない家庭環境や、指導困難校から成功したわけではない、ということです。

こうした成功例を餌にすることで、受験生が実質的に食い物になっているというのもまた事実です。

だからこそ、この手の「劣等生難関大学合格譚」という物語は胡散臭くて個人的に好きになれないのです。

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