福井地裁の交通事故判決をめぐる誤解と解説

※4/19以降,記事の中でいくつかの追記をしています。


【04/23追記】
今回の事件の判決文が公開されました。

裁判所 | 裁判例情報:検索結果詳細画面
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=85058



■今回のテーマは何?

平成27年4月13日,福井地裁で次のような判決が出されたそうです。

「もらい事故」でも賠償義務負う 福井地裁判決、無過失の証明ない 事件・事故 福井のニュース |福井新聞ONLINE:福井県の総合ニュースサイト
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/accidentandincident/69100.html
「車同士が衝突し、センターラインをはみ出した側の助手席の男性が死亡した事故について、直進してきた対向車側にも責任があるとして、遺族が対向車側を相手に損害賠償を求めた訴訟の判決言い渡しが13日、福井地裁であった。」
「原島麻由裁判官は『対向車側に過失がないともあるとも認められない』とした上で、 無過失が証明されなければ賠償責任があると定める自動車損害賠償保障法(自賠法)に基づき『賠償する義務を負う』と認定。対向車側に4000万円余りの損害賠償を命じた。」

記事に書かれている情報では判決の事実認定と論理が正確には分かりませんので,現時点で私は,判決に対する賛否は示せません(ちなみに,従来の法論理からすれば,この記事の文章は一部,不正確ではないかと予想されます)。

そもそも,「もらい事故」という言葉は一定の評価を含んだ表現ですので,「もらい事故」かどうかも,現時点では私はよく分からない状況です。


ただ,上記判決&記事に関するネット上のコメントに一定の誤解が認められるようですので,簡単に解説しておきたいと思います。

尚,ネット上のコメントを拝見したのは以下のサイトですので,コメントの内容に色々と偏りがあることは否定しません(笑)。

痛いニュース(ノ∀`) : センターラインをはみ出し対向車と衝突、同乗者死亡→対向車側に4000万円の賠償命令…福井地裁 - ライブドアブログ
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1837110.html
【悲報】 福井地裁の原島麻由裁判官の出した判決がすごいと話題に|ねたAtoZ
http://netaatoz.jp/archives/8789268.html


【追記】
断定はできませんが,記事内容から推測するに,今回の事故に関する2012年当時の報道と写真のようです。写真とGoogleMapのストリートビューからすると見通しは良さそうですが……事実関係が分からないと何とも言えないですね。

国道8号で衝突事故、1人死亡 大学生ら3人重軽傷 あわら - 福井のニュース - 都道府県別 - 47NEWS
http://www.47news.jp/localnews/hukui/2012/04/post_20120430204643.html



■基礎知識

Q1.自賠責って何?

自動車損害賠償責任の略語です。一般に,自動車損害賠償保障法(いわゆる自賠法)3条に基づく責任のことを言います。


Q2.自賠法3条って何?

ざっくり言うと,交通事故の場合に,被害者から加害者への損害賠償請求を簡単にするための規定です。ただし,ケガや死亡などの人身損害に限られます。自賠法3条は物損には適用されません。

「自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」といいます)は、自動車事故の被害者救済を主な目的として昭和30年に制定されました。交通事故により死傷した被害者から加害自動車に対する責任追及を容易にするための、故意・過失の証明責任を加害自動車側(運行供用者)に負わせる民事損害賠償責任の規定(運行供用者責任 自賠法3条)と、その履行を補完するための自賠責保険・自賠責共済(以下、特にことわらない限り自賠責共済を含むものとして「自賠責保険」といいます。自賠法5条)、自賠責保険による救済を受けられない被害者の救済を目的とする政府保障事業(自賠法71条)を内容とします。」
公益財団法人日弁連交通事故相談センター「交通賠償に必要な保険知識 12」交通事故相談ニュース28号(2012年。太字は引用者による)
http://www.n-tacc.or.jp/solution/files/report_insurance12.pdf

ちなみに,自賠法3条には次のように書かれています。

(自動車損害賠償責任)
第3条 

自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。
ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。


Q3.なんで自賠法3条が定められたの?

理由の1つは,民法の不法行為(709条)の規定だけではマズイと考えられたからです(※1)。

民法の不法行為(709条)の原則からすれば,被害者が加害者に損害賠償を請求しようとすると,被害者が,加害者に故意or過失があったことを証明しなければなりません。

しかし,この証明はとても難しいのです。例えば,あなたが被害者で,もし,加害者が居眠り運転をしていたとしても,それをどうやって「証明」しますか? ブレーキ痕の有無等だけで「証明」できますか?

そのため,自賠法3条は,人身事故があった場合には原則として加害者に責任を負わせることにしました。ただし,加害者側が,自動車の運行について過失がなかったことなどを立証できれば加害者の責任を無しにする,ともしています。

質問の文脈からは少し離れますが,言い換えれば,自賠法3条は「条件付の無過失責任」を定めているのです(※2)。


※1 理論的な詳細については潮見佳男『不法行為法2』(信山社,第2版,2011年)305頁以下などを参照。

※2 塩崎勤ほか編『【専門訴訟講座1】交通事故訴訟』(民事法研究会,平成20年)78頁。尚,より正確に言えば,「自賠法3条の責任は,免責のために無過失は不可欠であるが,それだけでは免責を得るのには十分ではなく,過失を要件としない責任であるということになる。」(窪田充見『不法行為法』〔有斐閣,2007年〕230頁)。



■みなさんのコメントの要旨と誤解

無過失を証明できなければアウトって,推定有罪と同じじゃないか?
刑法は「疑わしきは罰せず」のはず。

とりあえず落ち着いていただきたいのですが,今回の裁判は民事裁判です。刑事裁判とは別です。自賠法は刑事裁判には適用されません。刑事裁判の場合,検察官が立証しなければなりません。心配しないで。

そして,無過失の証明が必要というのは,上に書いた通り,まさに自賠法が定めていることです。ですから,裁判所はあくまで法律に従って判断したということになります。


過失の存在証明は原告側の責任のはず。

上に書いた通り,確かに,民法の不法行為の立証責任は被害者側(損害賠償を請求する側)にあります。

しかし,これまた上に書いた通り,今回は自賠法が問題になっていますので,この原則が修正されています。加害者側(損害賠償を請求される側)が無過失を立証しなければなりません。


過失の証明は可能だが,神様以外,無過失の証明は限りなく不可能ではないか。
無過失の証明って「悪魔の証明」では?

恐らく,「過失」という言葉の印象に引きずられて,いわゆる「悪魔の証明」について言及されているのだと思いますが,無過失の証明はできます。

例えば,今回の福井地裁の事故と似たような事故で,実際に無過失が証明されたものとして,東京高裁平成8年6月26日交通民集29巻3号683頁(※3)などがあります。

東京高裁の事故の内容は,左にカーブしている片側一車線の道路を走っていたバイクが転倒し,対向車線に飛び出したところ,対向車線を走っていた自動車に衝突,バイクの運転手がケガをしたというものです。

大雑把に言うと,この事故では,(1)バイクが対向車線に飛び出した時点で既に自動車とバイクの距離が非常に短い,(2)そのような段階では事故は避けることはできないなどの理由で過失が否定されました。また,この事故では,福井地裁の事故と異なり,前方不注意もないとされました(福井新聞の記事だけでは断定はできないのですが,福井地裁の事件では,前方不注意の過失がなかったことを立証できていない?ようです)。

もちろん,事故の内容にもよるのですが,このように,無過失の証明が「限りなく不可能」ということはありません。

※3 当然ですが,事故の状況がまったく同じという訳ではありません。ちなみに,第1審の横浜地判平成8年1月26日交通民集29巻3号685頁も自賠法3条但書の適用を認め,請求を棄却しています。地裁の担当裁判官は,先日,法務省訟務局長に就任された定塚誠判事でした。


担当裁判官を国会に呼んで説明させるべきだ。

浦和事件,再び……!


無過失の証明をせよとなるとドライブレコーダーがほぼ必須になる

これはご指摘のとおりで,ドライブレコーダーがあると事故の事実関係の詳細が分かりやすくなりますので,良かれ悪しかれ立証はスムースになりやすいです。


対向車がセンターラインを越えてきた場合は無過失では?

事実関係次第です。上で紹介した東京高判平成8年6月26日のような事案では,まさにご指摘のとおり無過失です。

他にも,例えば,あなたの運転する車の前方300メートルぐらいの位置で,対向車がセンターラインを越えてきた場合,制限速度を守っていれば通常はブレーキが間に合い,あなたに過失はありません(そもそも事故にならないと思いますが(笑))。

しかし,この時,もし,あなたが前方不注意であった為に,飛び越してきた車に気づかず衝突してしまったとすれば,あなたには過失が認められます。
また,あなたの運転する車が制限速度を100kmオーバーしていてブレーキが間に合わなかった場合,あなたには過失が認められます。

どちらも,極端な例で恐縮ですが(笑)。

ですから,相手の車がセンターラインを越えてきた場合に一律に無過失にする,ということはできません。


【追記】
判決文を見てみないと詳細は不明ですが,東京高裁の岡口判事のtwitterに以下のような記載がありました。


ところで,記事はなぜ,右陪席の名前を出しているの?

私も詳細は存じ上げないのですが,今回の事件って合議事件なんですか? 合議事件だったとすれば,確かに,裁判長は別の判事かと思われます。

他方,ご担当裁判官の修習期からすれば,特例判事補として単独事件を担当することは可能かと思われます(途中で留学等をされていると別ですが)。



とりあえず,本件に本当に興味がある or 真摯に批判をされたい のであれば,少なくとも判決文を一読されるべきかと思います。

その上で,判決の事実認定 or 論理がおかしいと思われたのであれば,是非,「批判」をされるべきです。また,裁判所,裁判官も真摯にその批判を受け止めるべきです。


【04/24追記】
解説編を書きました。

【暫定版】福井地裁の交通事故判決の判決文が公表されましたので説明します
https://note.mu/sho_ya/n/n716856494019



【参照等】

焚書坑儒2015?|sho_ya|note
https://note.mu/sho_ya/n/n7a59cb3c6684
【暫定版】無罪判決に対する批判についての覚書|sho_ya|note
https://note.mu/sho_ya/n/n2d6352e1b222
突然「この人,痴漢です」と言われたら|sho_ya|note
https://note.mu/sho_ya/n/n378790dc4796


#法律 #裁判例 #解説 #交通事故 #不法行為 #自賠法

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sho_ya

コメント13件

自賠責保険は「被害者救済の制度」です。そのため、任意保険とは違い、自動車を共用していて、死亡・負傷した場合は、相手側の自賠責保険より保険金が受け取れます。自賠責保険には、厳密に「加害者」という区別はありません。したがって、事故の主因側も、死亡・負傷した場合は、相手側の自賠責保険より保険金が受け取れます。任意保険のように被害者は受け取る保険金に原則として過失相殺も受けません。ただし、被害者側の過失が7割を超えた場合は2割の重過失減額をされます。さらに泥酔運転や無免許運転・50キロを越える速度超過など100%被害者に過失あるときは支払われません。重過失があったか否かは「民事訴訟法における過失相殺率の認定基準」に従い自賠責算定委員会が判定します。今回の賠償額は二人分で相当程度過失分が減額されているのではないでしょうか?
actorさん,コメントありがとうございます。

今回の事故については既に民事裁判になっていますので,自賠責「保険」の手続とは一応,別の話になります。
つまり,事実認定や過失の有無・程度,過失相殺の処理等は裁判所が行います。

もちろん,ご指摘のとおり,『民事訴訟法における過失相殺率の認定基準』は裁判所にとっても事実上強い影響力を持っています(同書の内容については上掲の別コメント記載のとおりです)。
福井地裁も同書を参照していると思われますし,actorさんのご推測が的中している可能性も少なからずあろうかと思われます。

ただ,やはり,詳細は判決文を見ないと何とも言えない,ということになろうかと存じます。
そうですね。本日、原告側による運転者たる未成年大学生被告への賠償請求も8千万円近く認定されており、かつ対向車側の被告に自賠責賠償限度を超える4千万円を認定していると報道されました。と、なると、無保険状態の大学生から救償が充分なされないので、自賠責保険の保険約款の法解釈を無理に対向車被告にあてはめた不公正な事情判決として報道されていますが、実のところは、事実認定や過失の有無・程度の問題で、自賠責のあり方の問題ではなさそうですね。原告側の遺失利益がおおよそ2億円。過失割合8:2事故で、運転者たる未成年大学生への賠償請求は、車両所有者としての過失(無保険状態のものへの車両運行の無形の強制力など)を相殺してるように見えますね。いずれにしろ、同乗死亡者の遺失利益が大きすぎて、過失相殺しても、相手の自賠責で足りなかったというごくありふれた人身事故の民事判決に過ぎないのかもしれませんね。なぜこんな報道振りになったのかを考えると、高浜原発再稼動差し止めの仮処分の陪審判事さんだったから、というのもあるかもしれません。虚心坦懐、冷静に判決の謄本を読むのが一番真実に近づく早道なのですね。勉強になりました。
actorさん,コメントありがとうございます。
新たな報道等がなされたのですね。初耳でした。

高浜原発の関係で報道が過剰になってしまったのでは,というご指摘は確かにその通りではないかと私も考えます。
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