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頭に輪ゴムを巻かざるを得なかった。

高校生の頃、3ヶ月に1回くらいのペースで、頭に輪ゴムを巻いていた。僕だけの話じゃない。クラスの結構な割合の男たちが、頭に輪ゴムを巻いていた。モテるためである。

これは別に、輪ゴムがオシャレだと思っていたとか、そういう話ではない。「頭髪検査」を通過するためだ。

僕の通っていた高校では、髪型に関して、そこそこ厳しい校則が設けられていた。たとえば、染髪はもちろんNGだし、前髪は眉毛にかかってはいけない。横髪が耳にかかるのもダメだし、後髪が学ランの襟にかかっていると、不良生徒扱いされる。

2~3ヶ月に1回くらいの頻度で、全校集会の後に頭髪チェックが行われる。体育館の出口に生活指導の先生が立っていて、先生による検査を通過した生徒から教室に戻れる仕組みだ。

検査にひっかかった生徒は、体育館に残らされて、場合によってはその場で殴られたり、バリカンで髪を剃られたりする(髪を剃られて泣いていた生徒もいた気がする)。それが、本当に、恐ろしかった。

いまの高校生がどうなのかは知らないけれども、僕が高校生だった当時(2005-2008年)、「イケメン」のイメージはロン毛(?)だった。時期的には、「野ブタ。をプロデュース」で主演を務めた亀梨和也と山下智久が、「修二と彰」として大ブームになっていた頃だ。

休み時間にトイレへ行くと、必ず誰かが、鏡を見ながらヘアワックスを使って髪をイジイジしていた気がする(一番使われていたのは「ギャツビー」だったけれども、クラスのイケてる方の男子は「アリミノ」を使っていた)。

僕自身はそこまで流行に興味がなかったのだけれども(どちらかといえば、拗らせたサブカル系だった)、それでもやっぱり、「髪は長いほうがカッコイイ」というイメージが刷り込まれていて、だからこそ、頭髪検査がイヤでイヤでしょうがなかった。

なんとかして、髪が長いまま、頭髪検査を通過する方法はないだろうか……。そこで流行したのが、冒頭で触れた「輪ゴム」作戦である。

うまく説明できないのだけれども、まず、輪ゴムを髪の生え際に沿うようにして頭に巻いてあげる(上に髪を被せて、輪ゴムは見えないようにする)。で、その輪ゴムを少しだけ上の方に持ち上げる。そうすると、毛が、ほんの少しだけ浮き上がって、髪が短くなったように見えるのだ。

輪ゴムはマーカーで黒く塗る。ゴムに髪が絡まって、外す時は痛い

誰が最初にやり出したのかは記憶にないのだけれども、このアイデアを聞いた時、「天才だ……」と思ったのを覚えている。

もちろん、ガチのロン毛はこの方法だと誤魔化しきれない。輪ゴム作戦が使えるのは、校則にギリギリ違反するかどうかレベルの生徒だけだ。

なかには、作戦がバレて先生に引っ叩かれる生徒もいたけれども、それでも輪ゴムブームはしばらくの間続いた。それだけ、当時の僕たちにとっては、髪の長さが、この数ミリが、本当に大切だったのである。


頭髪検査。いま思うと、「モテ」とかを無関係にしても、だいぶ理不尽な校則だったと思う。髪が耳にかかっていることの、何がダメなんだ。バリカンで髪を剃られなければならないほど、悪いことなのか?

もちろん、当時も校則に疑問を抱かなかったワケではない。「校則を変えたい」という生徒は少なくなかった。

なので、毎年行われる生徒会長選挙の争点は、毎回「頭髪」に関するマニフェストだった。

立候補者たちはみな、生徒の大半が校則に不満を抱いていることを理解している。だから立候補者たちは、全員が公約に「僕が生徒会長になったら、頭髪検査をなくします!」と掲げる。そして毎年、いちばん髪の毛に熱量のある立候補者が当選するのである。

でも、大変なのはその後だ。

校則を変えるのは簡単じゃない。当選した後しばらくは、生徒会長も公約を実現すべく、校長に直談判をしたりするのだけれども、答えは毎回「NO」。

結果、生徒会長は生徒たちからの信頼を失い、頭髪検査のたびにクラスメイトから「生徒会長が公約を守ってくれないせいで、また輪ゴムを頭に巻かなきゃなんないぜ〜」と、チクチクとした嫌味を言われることになる(理不尽なルールは、集団の雰囲気を悪くするのだ)。

僕自身は嫌味を言うことはなかったけれども、嫌味を言われている時の、生徒会長の気まずそうな表情は、今でも覚えている。なんか、申し訳なかったな。

僕も校則に不満を持つ一人だったのだから、生徒会長を手伝ってあげればよかったな、と思う。

先生たちが絶対的な権力を持つ「学校」という狭い空間の中、たった一人の生徒の力だけで、大人を説得するなんて、簡単じゃないのは分かっていたはずなのに。でも、ルールの変え方なんて、誰も教えてくれなかったもんな。


近年、学校での不適切な校則や髪型指導が問題視されることが増えた。キッカケは、2017年に大阪府立高校の女子高校生が府に対して起こした裁判だと思う。生まれつき髪の毛が茶色い生徒が、担任の教師から黒染めを強要されたことで精神的苦痛を受けたとして裁判を起こしたのだ。

2021年には文部科学省が、社会や時代の変化に合わせて学校校則を見直すよう求める通知を出している。

もちろん、上記の裁判だけが通知のキッカケになったわけではない。

裁判が話題になったことを皮切りに、その後、いわゆる「ブラック校則」という概念が生まれ、調査や署名活動、メディア発信などがなされ、「不適切で理不尽な学校校則を見直そう」という空気が世の中に醸成されたからこそ、国が動くことになったのだ。

こうした一連の流れを見ていて、「僕が高校生の頃に、こうした手法を知りたかったな」と思った。

そうか、署名を集めるという手段があったのか。学校外の大人を巻き込めばよかったのか。データを集めるべきだったのか。などなど。

高校生当時、こうした手法や、世の中が動くメカニズムを知っていれば、もっと色々と、出来ることがあったんじゃないだろうか、と思う。生徒会長だけに丸投げしたりせず、みんなで団結して、大人たちと闘うことができたんじゃないだろうかーー。


というわけで、そうした「理不尽なルールや習慣」などを変えるための、ノウハウや考え方を紹介した書籍を企画しました。

著者は先の校則問題のみならず、いじめ問題、宗教2世問題、ストーカー規制法改正、薬物報道問題など、幅広いソーシャルアクションに携わる荻上チキ氏。

中学生などにも読んでもらいやすいようにイラストを交えながら、優しい言葉で「世の中を動かす方法」を学べる一冊になっています。

世の中には、まだまだ沢山の理不尽や不公正が存在しています。もちろん、全員が全員、こうした存在と闘わなければならないとは思いません。しかし、「変える方法があるのだ」と知り、学ぶ機会は、より多くの人に開かれていなければならないのではないでしょうか。

「どうせ無理だ」という経験や思い込みは、子ども時代のみならず、人生におけるその人の可能性を大きく狭めてしまいます。

「理不尽に慣れること」「堅苦しさに適応すること」を成長とは呼ばない。自分に合った環境を知り、それをつくるための力を身につけることが、成長なんだと思う。(本文より)

学校図書館などに広く置いてもらえると嬉しいなと思っています。下記にて試し読みが可能ですので、ぜひご覧いただき、ご購入いただけると幸いです。よろしくお願いいたします!


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