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第3話 初出動

●登場人物のおさらい
夢咲泉(ゆめさき いずみ):
部活として職業訓練を行っている特殊な高校「はばたき学園」に在籍する一年生。生徒たちを『ユメクイ』から守るヒーロー部の一員とであり、表向きは部員の運営するサロンで働いている。
司法部にも所属しており、夢は父親と同じ弁護士だと周囲には語っているが……。

羽岡天馬(はねおか てんま):
ヘアメイクアップアーティスト志望の二年生。明朗快活な人気者でモテ男。
ヒーロー部の一員で、泉にとっては直属の先輩のような立ち位置。

星影めぐる(ほしかげ めぐる):
ネイリストとアロマテラピスト志望の二年生。可愛すぎる女装男子。
ヒーロー部、そして宇宙警察の一員。


●用語のおさらい

ユメクイ:
人間の体内に住みつき、「夢見る力」を食べて育つ小さなエイリアン。普段は無害だが、寄生主が夢を諦めたときに暴走する性質がある。

キーアイテム:
夢を追い続ける原動力になっている、いわばお守りのような物。
寄生主が心の拠り所を忘れるよう、ユメクイに隠されてしまう。そのため、黒い泥玉みたいなものに包み込まれてる。

寄生主を救うためには、キーアイテムを特殊な武器(変身した際にそれぞれが使う武器)で貫き浄化する必要がある。

 セゾン・ロマネスクは、赤煉瓦のおしゃれな建物だった。赤いつるバラが巻きついた門のそばには、羽岡先輩の自転車が停めてある。
 星影先輩は私に降りるようにうながすと、そのすぐ隣に自転車を停めに向かった。

(本当に、どうやって貯蔵庫に入るつもりなんだろう……?)

「そのゴーグル」

 そわそわしながら門を見ていると、星影先輩が近づいてきた。

「意識と連動してるすぐれものなんだ。見取り図も出せるし、視界に入っているものなら、ある程度の大きさまで拡大縮小もできる。……うまく使えば、なんとかなるはず」

 思案顔だった星影先輩は、顔を上げて私を見た。

「ここからは別行動にしよう」

「えっ」

「ボクはひとまず貯蔵庫に向かって、近くにいる人を安全な場所に動かす。泉ちゃんはゴーグルを使って、別館二階にいる天馬と合流してほしい。細かい指示はまたあとで出すから、よろしくね」

「あ! ちょっと待っ……」

(行っちゃった……。……私も急がなくちゃ。……見取り図を出した……い!? 本当に出た!)

 ゴーグルの内側に、建物の見取り図が表示されてる。
 アクション映画に出てくるスパイ(見たことはないけど……)みたいな気分だ。
 試しに数歩歩いてみると、見取り図に表示された青いダイヤマークが動いた。どうやら、これが私らしい。

(……別館の二階……赤丸が表示されてる。これが羽岡先輩で、この動いてる白の星が星影先輩ってことか……。……羽岡先輩のところに向かう最短ルートは……こっちだ!)

 見取り図を頼りに、大きな噴水と花壇がある庭を突っ切って進んでいく。途中、マネキンみたいにあちこちで生徒たちが固まっていた。時が止まってるからだ。

「『一番右奥の部屋にいる。中に入ってきてくれ』」

 イヤホンから羽岡先輩の声が聞こえてくる。

「はい。もうすぐ着きます」

 早足で向かった先には、コスチューム姿の羽岡先輩がいた。ベランダの手すりを片手で握って、睨むようにして外を見てる。
 たぶん、ゴーグルの拡大機能を使って貯蔵庫の中の様子を確認しているんだと思う。

「お待たせしました」

 邪魔しちゃいけないと思ったから、小さい声で話しかける。
 先輩がゆっくり振り返って……なんだろう。やけにじーっと見られてるんだけど……。

「あの、」

「いいね」

「え?」

「アレンジのしがいがありそうだって思ってたんだ。今度色々試させてよ」

(ああ、髪型のことか。羽岡先輩が考えてくれたんだもんね)

「……構いませんけど」

「お。サンキュー」

 先輩が本当に嬉しそうに笑ったから、つられて気持ちが緩んだ。

(シンデレラみたいなまとめ髪もいいし、人魚姫みたいに下ろしたままウェーブにしてもらうのもいいかも……)

「『めぐる。合流完了した』」

 羽岡先輩が真面目な表情になった。すぐ目の前で発された声がイヤホンからも聞こえてくる。

(! ……いけない。集中集中……)
 
「『オーケー。それじゃあ、指示を出すよ』」

 星影先輩が手短に説明してくれたのは、私が貯蔵庫の小窓からキーアイテムを打ち抜いて浄化するっていう、シンプルだけどすごく難しいミッションだった。
 羽岡先輩も同じ作戦を考えていて、狙いを定めやすい場所を探してくれていたらしい。それがこのベランダなんだ。

「『泉ちゃん。お願いできるかな?』」

 ドクンドクン

 心臓が嫌な音を立ててる。

 (……どうしよう。できる気がしない……)

「やってみます、くらいの気持ちでいいよ」

 ハッとすると、羽岡先輩が私を見ていた。

「できますとか、任せてくださいとか、見栄を張る必要なんてない。もし失敗したって、俺の見せ場が増えるだけだし」

 先輩がニッと歯を見せて笑った。
 まだ全然不安だけど……一人じゃないならなんとかなるはずって思えた。

「……やってみます」

 猫みたいな瞳を見つめて答えると、先輩は満足そうに頷いてくれた。
 イヤホン越しに、星影先輩のほっとした空気も伝わってくる。

「『ありがとう。天馬、サポートを頼むよ。この扉簡単に壊せそうにいないし、ボクはスペアキーを作れないか試してみる。万が一時間切れになった場合の対処も任せて』」

(解決できないまま時間が動き出しちゃった場合ってことだよね……。そうならないようにしないと)

 プツン……

「こっち来てみ」

 通信が切れると、羽岡先輩は私に手招きをした。

「ほら、あそこに見えるちっせー窓。あそこが貯蔵庫だ」

「……はい」

「んで、このゴーグルには、キーアイテムの探知機能もついてる。金色に光ってるものが見えたらアタリだ。迷わず撃ち抜いてくれ。あとは俺がなんとかする」

「……っ、わかりました」

「も~ガッチガチじゃん! ほら、肩回して!」

「は、はい……」

 体育の準備体操みたいに、羽岡先輩の真似をして肩を回す。「はい、次は後ろ回し!」って言われて、今度は逆側にぐるぐる……。

(私、なにやってるんだろう。……すごくおかしい)

 表情が緩む。一緒に肩の力も抜けたのがわかった。

「っしゃ、いい感じにほぐれただろ。残り四十三分。まずは状況を確認しよう」

 腕時計を素早く見て、先輩がそう言った。
 私は頷き、深呼吸をして貯蔵庫の小窓に意識を集中させた。

(『拡大』。 あ……)

 貯蔵庫の中で、マッチに灯がともるみたいに、ボウッと薄灰色のもやが生まれた。その中に、白い調理服を着た女子生徒がいる……!
 
「――っ! 火をつけるつもりだ!」

 先輩が叫んだ。
 一瞬、頭が真っ白になる。

(なに? 火……?)

「バーナーを持ってる」
 
 羽岡先輩が、ギリって歯を合わせた。
 ハッとして女子生徒の手元を拡大すると、たしかに、バーナーを握りしめてる。

(嘘……)

 自分の全身から血の気が引くのがわかった。

「……ユメクイの中には、暴走すると寄生主を凶暴化させるヤツもいるって聞いてたけど、こんなの初めてだ。――作戦変更。キーアイテムを探すのはあとだ。手元を狙ってくれ」

 私は急いで銃を構えた。
 だけど、指が震えてうまく動かない。

(早く……っ! 失敗したら、火が――)

 建物が炎に包まれる、最悪の映像が浮かぶ。
 腕が情けなく震えはじめた――そのときだった。

「大丈夫」

 後ろから、両肩をそっと掴まれる。

「さっきも言ったけど、とちったってサポートするから。余計なことは考えなくていい」

 大きくてあたたかい手だ。すぐ近くで聞こえてきた声も優しい。
 それだけで、すごくほっとした。
 
(……私って単純なんだ)

 ありがとうございます、羽岡先輩。

 心の中でそっと呟いて、銃を構え直す。
 射撃場に立ったときの感覚を思い起こした。

(大会の成績は悪くない。大丈夫。いつも通りやればできる)

 イメージは波のない湖。神経を研ぎ澄ませて……。

(――いける)

 パン!

 放った弾丸は、狙い通り小窓を通って――。

(あっ……)

 女子生徒がちょうど動いたせいで、弾丸は手元をすり抜けてしまった。
 薄灰色の靄の向こう、うつろな目がギョロッと動いて私たちをとらえた。

「ひっ!」
「来るぞ!」

 急にどす黒くなった靄が、ムチみたいにしなって小窓から飛び出してくる……!

 キン、と羽岡先輩が剣を抜いた音がして、目の前に迫ってきた靄が切り払われた。

 次の瞬間、丸山先輩のときと同じように映像が頭に流れこんでくる。

 あたたかい日差しの下。せっせと畑仕事をする、背中の曲がったおばあちゃん。
 こぼれた涙をぬぐってくれたのも、眠れない夜にあたたかい甘酒をつくってくれたのも、しわくちゃの優しい手だった。

『んまあ! これ、本当にふうちゃんが作ってくれたのかい?』

 皿にぐちゃっとのったホットケーキを見て、おばあちゃんが本当に嬉しそうに笑う。

『おいしいよ。ありがとうねえ、小さな料理人さん』

 しわくちゃの手に握られているのは、ところどころ色のはげた金色の小さなスプーンだ。

 プリン、スイートポテト、パウンドケーキに和菓子……。皿に乗ったデザートがどんどんレベルアップしていっても、スプーンだけは変わらない。

『ふうちゃん。これ、荷物に混ざってたよ? 出しておくからね』

『あ、それは持って行きたいの! いつかお店を開いたら、とっておきの席で使ってほしいから。ちゃんと叶うように、お守りにするんだ』  

『……ありがとう。ばあちゃん、楽しみにしてるよ』


《約束したのに、間に合わなかった》
《わたしのお菓子、いつも地味だって言われる。……さっきだって、そんなものでいいなら、カフェのアルバイトでもしてろって……》
《やめたっていいんじゃない? どうせ、もうおばあちゃんは――》

「――泉!」

 力強い声に、暗闇から引っぱり出されたような気がした。

(……あっ)

 目の前には、大きく揺れる真っ赤なマント。
 羽岡先輩が私を庇うようにして立ってる。次々襲いかかってくる靄の腕を、なぎ払ってくれてるところだった。

「キーアイテムを探してくれ! 頼む!」

(そうだ……ぼやっとして足手まといになってる場合じゃない!)

 拡大、縮小、拡大。視点を変えながら、必死にどす黒い場所を探す。

(――あった! いちかばちか……)

 私は素早く銃を構えると、思いきって引き金を引いた。

(残り五発!)

 五、四、三、二……立て続けに発砲して、まゆみたいに包み込んでいる靄ごと『ふうちゃん』をふらつかせる。
 狙い通り。彼女はバランスを崩して、高く積んであった木箱に勢いよくぶつかった。
 どさっと転がり出たのは、大量のトマト缶だ。それに足をとられて、靄が大きく揺れる。

(あ)

 泥玉みたいな球体が飛び出した。 あの中にキーアイテムが隠されてる。

(弾は残り一発……)

 狙いを定めて引き金を引くと、命中した手応えがあった。

 うおおおおおおあああっ!

 絶叫が微かに耳に届いて、弾丸に貫かれた球体が黄金に光り輝く。それは光の蝶になって飛んでいって、中から何かがでてきたのがわかった。
 きっとキーアイテムだ。

(よかった……! 浄化に成功したんだ!)

 ――あれ?

 瞬きをすると、どういうわけか、私は真っ白な空間にぽつんと立っていた。
 少し進んだ先で、『ふうちゃん』がしゃがみこんで震えてる。

 行かなくちゃ。

 自然とそう思ったけれど、足がすくんで動けない。
 やさしい風が通りすぎたのはそのときだった。気づけば、コスチューム姿のままの羽岡先輩が『ふうちゃん』の隣でひざをついてる。

「『会えなくなっても、夢を応援してくれた思い出は消えないよ』」

 だから、と先輩は大切そうに言葉を続けた。

「『いっしょに進もう』」

 羽岡先輩が差し出した手を、『ふうちゃん』がためらいがちに……だけどしっかりと握った。
 その瞬間、景色が一気に戻ってくる。

 貯蔵庫の中に、『ふうちゃん』が倒れているのが見える。
 身体を繭みたいに覆っていた黒い靄は、綺麗に消えていた。

(……今のは一体……)

「キーアイテムを浄化したあと、いつもあの場所に連れていかれるんだ。……俺たちの本当の役割は、あそこでユメクイに食われそうになった人たちの手を握って『大丈夫。一緒に進んでいこう』って伝えることなんだと思う。……めぐるから説明があったわけじゃないけど、俺はそう思っ……」

 先輩は、こっちをゆっくり振り返ったかと思うと目を丸くした。そしてすぐに苦笑する。

「なんで泣いてるんだよ」

「え?」

 言われてはじめて、頬が濡れていることに気づいた。

 さっきの先輩の言葉は、綺麗事って言われても仕方ないものだったと思う。だけど、心がこもってるのが痛いほど伝わってきて……それで……。

「……わかりません」

 涙を手の甲でごしっとぬぐって、泣いてなかったことにする。

「そっか。まあ、そういうこともあるよな」

 先輩は冗談っぽくそう言うと、私の頭に手を乗せた。
 やっぱり大きくてあたたかい手だ。

 反応に困って何も言えずにいると、大人びた声が降ってきた。

「初出動がんばったな、泉」

 呼び捨てにされたことに、あらためてドキン! って心臓が跳ねる。
 
(男子に呼び捨てにされたのなんて初めてだからびっくりした……。……って、女子もないけど……)

 先輩をちらっと見上げてみると、マイペースに腕時計を見て息を吐き出している。

「残り八分……。間に合ったな」

 ふと、不思議な空間で聞いた言葉が蘇る。

(『いっしょにがんばろう』って言ってた。……)

 考え込んでいるとイヤホンから星影先輩の声が聞こえてきて、スペアキーを作ってくれたって知った。
 無事に完成したものを使って貯蔵庫に入り、散乱したトマト缶の片付けを始めてくれたらしい。

「これで一安心だな。……泉ー? 早くしないと置いてくぞ?」

「あ! すぐに行きます」

 いつの間にか廊下に出てこっちを見てる先輩のところに、慌てて走っていく。

 こうして、わたしの初出動は終わったのだった。

◍┈⿻*.·◍┈⿻*.·◍┈⿻*.·◍┈⿻*.·

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