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【お遍路 トランジション・ジャーニー】 企画の名前を決めました!

4月お遍路さんに行こうと思っているんですが、せっかくなので他の方々にも参加できる形でやろうと思っています。この企画のことを"お遍路トランジション・ジャーニー"と呼ぶことにしました。

私・三浦祥敬と「トランジション」の関わりは3年半前に遡ります。トランジションをテーマに共著本を書きました。(共著者は、僧侶の松本紹圭さんです。)

ここでいうトランジションとは、日々の仕事や生活の中において生じている内的な変化のこと。特に、仏教に精通している松本さんとの共著本でしたので、「物事に執着して苦しくなることから離れ、楽が生まれていく生き方を模索すること」という視点から文章を書いています。言い換えると、思い通りにいかないこと(仏教の用語でいうと「苦(ドゥッカ)」)を受け入れながら、日々をいかに生きるか?ということが主題です。

話は変わりますが、私は現代社会における「当たり前」と呼ばれるものを解体することに常に興味があるのですが、現代社会の当たり前の一つが、「等価交換」という考え方だと思っています。

見返り、つまり、「〜〜をやったら◯◯が返ってくる」というリターンを求める発想の仕方が根強い人気を誇っています。しかも、等価交換という時、「〜〜をやったら◯◯が返ってくる」という時間スケールがとっても短いことが多いです。すぐに返ってこないと不安が生まれるという人のあり方が、現代社会の至る所に見受けられると思っています。(私もそこから完全に自由になっているわけではありませんので、試行錯誤する毎日です。)

一方で、等価交換的ではない人間同士の関わり方もあります。その一つが”贈与”です。宗教や仏教界隈の言葉でいうと、お布施が当てはまるかと思います。お布施は物事の執着から離れるためにおこなう与える行為です。ポイントは、与えることで恩を作り返してもらおうとするのではなく、見返りをもとめる心をふっとほどいて与えること自体に満足して物を手放します。

むしろ寄付などの言葉の方がしっくりくる方もいるかもしれません。お布施も寄付も「ダーナ」という古代インドの言葉に由来しますので、”お布施”という言葉にアレルギーを感じる人も、寄付やギフトなど、自分なりに入りやすいところから贈与についての探求を深めていくことができるといいのではと思います。

交換的な発想にこもらずに、与えることにチャレンジしていくには、どうしたらいいでしょうか。

話を戻します。お遍路さんの話でしたね。

私は四国の"お遍路さん"にそのヒントがあると思っています。

贈与や利他が盛んにテーマになる時代に、私は”お接待”という何の見返りも期待せず、通りがかりのお遍路さんに親切にするという文化が脈々と続いている四国の地に学ぶことができると思っています。

1200年以上続く文化の積み重ねの上を歩くことで、人と人との関わり合いについての物の見方やふるまいの仕方をほぐすことができるのではないかと期待しています。

共に生きる中での楽の生まれ方の探究をすること。それが、私がお遍路トランジションジャーニーでやっていこうと思っています。

まー、あれこれ書いていくとキリがないし、いろんな側面から書けるのですが、結局言いたいのは、「一緒に遊びましょー!(歩きましょー!)」ということだけですね(笑)

お遍路トランジションジャーニーでは、「歩く人」「(遠隔から)歩く人に食べ物をお布施する人」「(遠隔から)泊めるご縁をお布施する人」「四国現地で食べ物をお布施する人」「四国現地で泊めるご縁をお布施する人」「ただ、旅を見守り気にかける人」など、手放すということをきっかけにした参加の仕方を受け入れていこうと思います!

参加の仕方が整ってきたら、ぜひ検討してね。一緒に旅しましょう〜!

頂いたサポートは、生活と創作(本執筆)のために、ありがたく使わせて頂きます!