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月と金星 闇から怪物が現れる

その子に出会ってから
心が引っかかって

四六時中
心で話しかけていた

惹かれる、というより
網をかけている

心臓の奥の方から
次々と腕が伸びて
その子を繋ぎ止めようとしているかのよう

妄想に取り憑かれて
ほんの何度か、言葉を交わした時のテイストを
コピペして、エディットして
延々と話しかけ続ける

その子は飄々とした態度で
そつなく合わせてくる
失礼のないように

私のブレーキは効かない

現実の私(この体)は
渇望的に
その子に何か与えようとした

物で 時間で お金で

会えば笑わせようとし
共感し
何かをあげようと必死で

でもその必死を気取られぬように
距離感も保ちつつ

その子に出会ってから
心がずっとモヤモヤとしていた

大人の愛情で接しているはずだが
そうではないなにか

じっとりと湿った
重みを感じさせる私の一部が
体の奥底から唸り声をあげている

これはなんだ

秋の抜けるような空気
職場で取引先の女性と話をしていたとき
それは完全に仕事の話だったが
理不尽なほどに
クライアント寄りに感情を開放してくる様子を見ているうち

妄想で
現実で
その子に対している時に感じていた
重く湿ったいきものが
徐々にその姿を見せた

会話を続けながら私は
それまでのモヤモヤを理解し始めていた

なぜこんなに心が乱されるのか

おまえがにくい

それは憎しみだった

食い尽くしてやりたいほど恨めしい
お前は

しかしその子は何一つ悪くない

ただ自分の人生を
ひとつひとつ 前へ進めているだけのこと

わたしにはそれができなかった

わたしは10歳だった

非力なただのこどもだった

人生で初めて
未来に抱いた希望を言葉にしてみた
その場で

大の大人二人がかりで
息もできないぐらい力一杯
わたしの希望は潰された

10歳のこどもに
世間知らずのたかが30代の
おやのいうことをまにうけるなんて
おまえばかかよ
とは言えないよ

そのときのわたしは
そのできごとについて
だれにも言えなかったし
相談相手なんていなかったし
ひとりぼっちだったし
わたしじしんにもげんめつしたし

わたしはスプリットして
こころをころしたんだよ
じゆうにいきられないのなら と

だけど
ころそうとしていたそのときのわたしはまだ
まだ私の体の中に生きていたんだ

(そうだ 死にきれなかったんだ)

息もできないほど泣いている
息もできないほど泣いている

自分の身に起きたことを
理解できなくて
受け止めきれなくて
混乱して
壊れないよう絶叫している

あなたはちっともわるくない

おまえがにくい

その子はちっとも悪くない
私だって幸せになってほしいと願っている

けど憎しみの怪物は
喰らいつく隙を狙っている

その後ろめたさに
償いとして
物を 時間を お金を
差し出したかったのだ

おまえの話を聞いて
わたしと境遇が似ていて
私がなにかできることはないかと思ったんだ
親に自由を潰されるなんて
絶対にあってはいけないから

だけど違った
その子は私とは違った

同じだと見せかけておいて
全く生きる世界が違った

家庭は豊かで
親は親らしかった

私はそれをしって動揺した

まさか と思ったため
すばやく封印した

私の怨念はその動揺をエサにした

私はその子に何かしなければと焦る
普通じゃないから平静を装う
挙動不審になる
隠すために笑わせようとする

それがなぜだかがわかったんだ

今日

私のなかのこどものわたしはまだ泣いていた

40年もずっと

どうして どうして って

親でしょ あんたたちのこどもでしょ
どうして心をいためつけるの
ゆめをばかにするの
わからない どうして

(だれか こたえを おしえて)

40年後の私は泣いた
暗い駐車場で
車のエンジン音
久しぶりに ちいさい私と

一緒に泣いた

あなたはちっともわるくない

その子とこれからどうなっていくのか
今はまだわからない
会うとおかしな感じにスイッチが入ってしまう

だからといって
これこれこういうわけでね あたし変なのよ

なんて 話せるわけない
なんせ その子には一切関係ない

今は

無意識に潜む怪物を見つけて
光のもとへさらすことができたのだから
悶々とする必要もないわけで

しかしいったい私はいつまで
泣き続ける10歳の女の子を抱えて生きるのだろう
(それは時折こうやって怪物並みに膨らむ)

私が人生をかけてやりたかったことを
人生始まって早々に
もっとも信頼を寄せるべき大人たちに
寄ってたかって力一杯に潰された希望を
易々と手に入れる人たちを目にするたびに

おまえがにくい

の声の主を
いなせるのだろうか

いつか10歳のわたしが
泣き止んで深呼吸する横で
並んで深呼吸できるのだろうか

抜けるような風を

体に感じながら

明るい日に

広い緑の中で。

(つづく)

書くことで何かできるのか、それとも何にもならないのかわからないで続けてきたけど、きっとこれからも書き続けます。もしよかったらサポートよろしくお願いいたします。