バレンタインの痛み
くだらない自慢がある。
それは、『友達が2度も具志堅用高を目撃した』とか『血液型を親以外に教えたことがない』とか『わりとモスキート音が聞こえる』とかいうレベルのもので、なかなか人に言えたものではない。
もし、飲み会で話そうなものなら、みんなを困らせ、私の株を下げるのみである。
『昨日見た夢の話』に次いで『くだらない自慢話』は対応に困るものなのだ。
余談だが、私は長尺の『この前見た面白いテレビの話』というのも苦手なので、このブログを見ている方は、心に留めていただけるとうれしい。
さて、そんなくだらない自慢話で、ブログを書いてみたいと思う。
その自慢というのは、
『バレンタインデーに一度も異性にチョコを渡したことがない』
というものだ。
結構驚かれるが、事実である。
家族を除くと、義理チョコですら渡した経験がない。幼稚園や小学校などの、幼い頃ですら、ない。
だって恥ずかしいんだもん!
と、いうのもあるが、他にも理由がある。
チョコを渡す必要性を感じないのだ。
男の人は、バレンタインが近づくと、こぞって物欲しそうな顔をしている。
私にはそれが「質より量」と言っているように思えてならない。
だとしたら、私のようなくだらない人間が、わざわざ渡さなくても平気だろう。
量を気にしているだけであれば、別に私に興味を持っていないのだから、チョコを渡さずとも個人的に怒られる心配はない。
ほら、オールオッケー!
女の人は、バレンタインが近づくと、当たり前のようにギフト用チョコレートを用意する。
だが、彼氏に向けたものだろうと、特に相手の好物でないものを雰囲気に飲まれてわざわざ準備するのであれば、もはや“義理”チョコなのではないかと思ってしまう。
いや、まだ彼氏であればマシだ。
好きでもなんでもない男性たちに「バレンタインだから」というだけで、少なからず手間をかけてチョコを選定し、ばら撒くという行為はなかなかカロリーを消費するだろう。
やはり、義理であろうと男性はチョコをもらえるのが嬉しいのだろうか。
簡素なチョコを与えられた男性は「うめぇよ…うめぇよ…!」などと言って、這いつくばり、むせび泣きながら、チョコを食い散らかしでもするのだろうか。
そうだとしたら、怖い。
バレンタインってなに?
チョコってなんなんだろうね?
まぁ、いろいろ言ってみたが、素直に渡せる女の子が1番かわいいということは確かである。
もちろん、義理チョコをもらって素直に喜べる男の子も、かわいい。
結局のところ、キャッキャとバレンタインを楽しんでいる人が羨ましいだけなのだ。
その歪んだ想いが、私に妙な文を書かせているのだろう。
キラキラしたバレンタインにとことん縁がない女。
それが祥子。
しかし、そんな私だって「友チョコ」ならば、ずいぶん配った経験がある。
そして、それに関して、忘れられない思い出が存在する。
中学3年生の時のことだ。
女子校で過ごす私にとっても、バレンタインデーは『祭り』だった。
チョコ渡す相手なんて、友達か先輩か、良くて先生くらいのものであったが、「お菓子を堂々と持ち込める日」ということが何より嬉しくて、みんなウキウキしていた。
中学生というのは、やたらと校則を破りたがる生き物だが、うちの学校はマジメだったので、バレンタインくらいしかハジける余地が無かったのだ。
盗んだバイクも無けりゃ、窓ガラスを割る度胸もない、おまけに男子もいない。
あるのは、カラフルな8×4の缶と、低レベルな下ネタトークだけ。
制汗スプレーの匂いに満ちた、灰色の学園生活…そんな中で青春を感じられるのは、こんなイベント時くらいなのであった。
そんな訳で、あの時も、朝早くからたくさんのチョコを交換したのだが…
事件はお昼休みに起きた。
クラスのリーダー格の少女が血相を変えて、教室に飛び込んできたのである。
どうやら何か情報を得て、教室まで走ってきたようで、ハアハアと息を切らしていた。
そして、彼女はゆっくりと言った。
「校長にチョコを渡すと…ラルフローレンのハンカチをもらえるらしい…。」
その瞬間、給食を食べる音と、談笑の声が一気に鳴り止み、各方向から「ウオ゛ー!!」というような雄叫びが上がった。
そして、給食を食べ終えた者から、次々と校長室へ向かっていた。
人より良いものをもらおうと、リップクリームを塗るなどして、かわいこぶるものも現れた。
必死だった。
みんな、ラルフローレンなんて良く分からなかったし、汗や濡れた手は、着ているセーターで拭って生きてきた。
だからハンカチなど、必要なかったはずなのに、「校長」というワードと、その上品な音の響きから、何やら良質なものであると、本能的に察知したのだった。
私も瞬間的に、ラルフローレンのハンカチが欲しくて止まらなくなったが、手持ちのチョコは全て配ってしまっていたので、悔しさをまぎらわすべく、給食を食べ続けた。
その時である。
アヤコ(仮名)というクラスメイトが近づいてきて、気恥ずかしそうに、こう言った。
『あのぅ…さっきあげたチョコのことだけど、返してもらっていいかな?』
私は耳を疑ったが、あいにく私は『わりとモスキート音が聞こえる耳』であるため、聞き間違いだと思ってやり過ごすことはできなかった。
私は思った。
「これだけクラスメイトがいる中で、私が最下位なのかい?」と。
アヤコは、自作のチョコマフィンを9つほどクラスメイトに配っていた。だから、正確に言えば『アヤコ ’sランキング』はクラスで9位ということになるが、まあ、配った中で最下位ということに変わりはない。
途端に、ちょっぴり焦げた手作りチョコマフィンのことが愛おしく、大切なもののように思えた。
ああ、どうして早く食べてしまわなかったのだろう…そうすれば、こんな辱めを受けなくて済んだのに…
しかし私は、所詮『最下位の女』だ。
意地を張ってチョコマフィンを渡さないなんて、更にかっこ悪いだけである。
これでは、昼ドラなんかで見た「別れ際に駄々をこねる女」と同じではないか。
ついさっきまで私のものであったチョコマフィンを持って、校長室へ急ぐアヤコの後ろ姿はたくましたかった。
私は、じわりと、むなしさを覚えた。
ラルフローレンのハンカチに負けた女なんて、私以外にいるのだろうか。
いないだろうね。
だったら、これも、自慢の一つに加えてもいいのだろうか…。
今年こそ、楽しいバレンタインの思い出ができるといいな。
なんか色々言ったけど、本当は単純にチョコ渡すのが恥ずかしかっただけだし。
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