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【特急湘南26号 Vol.02】過ぎ去る風景に見える、あの知らない塔になんの意味があるのだろうか

この日もいつものように、午前8時11分の藤沢駅発の特急湘南26号に乗って、渋谷へと向かう。僕の居場所は相変わらず3号車8番のA席。いつメンとともに車内を過ごしているのだが、知らないヒトたちなので今のところ交流は一切ない。


いつメンについて夢想する朝

いつメンの車内での楽しみ方は皆、異なる。OL風(確信はない。オフィスで働いていないかもしれないし、このご時世、レディでもない可能性もある)の彼女は化粧をしつつ、動画を見ている。『呪術廻戦』あるいは『ちいかわ』でも見ていそうな雰囲気だ。X(旧Twitter)でAmazonのウィッシュリストを公開し、そこにちいかわのぬいぐるみを入れてそうな雰囲気だ。50代に見えるサラリーマンのおじさんは、誰かとLINEをしている。一瞬、ちいかわがおしりをプリプリしているスタンプが見えた。どうやら奥さんや娘さんとのLINEではなさそう。よくわからないけど、がんばれ。
僕はいつものように甘いパンを食べながらコーヒーを飲んでいた。今日は頭がぼーっとしていたので、作業したり動画を見たりする気持ちにはならず、ぼんやりと車窓を眺めていた。

特殊なルートを走る特急湘南

特急湘南の走るルートは実は特殊だ。東海道線と比較すると、藤沢〜戸塚間は並行して走っているが、横浜あたりと川崎〜品川間はルートが大きく異なる。ちなみに、特急湘南は藤沢から渋谷まで、大崎駅にしか停まらない。車窓から見える景色はさまざまだ。さすがに毎日車窓を眺めるほどの好奇心は持ち合わせていないので、いつもはマンガや映像作品などのに逃避するのだが、たまに眺めると少なからず発見があっておもしろい。

家の数だけ人生がある

ある日、僕の妻が帰宅するやいなや「電車で帰る途中、めちゃくちゃ家がたくさんあるエリアを見つけた」と興奮していた。「家があると言われてもよくわからん。家なんてどこでもあるし」と僕は言ったのだが、妻は「いや、家。とにかく家!家!家!って感じ」と語彙力偏差値5くらいの主張し続けている。「場所はどこらへん?」と聞くと妻は「藤沢から見ると、たぶん戸塚を過ぎたあたりだと思う」と言う。あまりにも気になったので、ある日東海道線で渋谷から藤沢までの帰りしなに車窓を眺めてチェックしてみた。すると、たしかに戸塚付近でたくさんの家が見えたのだった。まさに「家!家!家!」という表現がふさわしい、圧倒的な数の家だった。この世のすべての家をそこに置いてきたという感じの雰囲気に圧倒された。あのエリアにはたくさんの家があって、家があるところには当然家族がいて、その数だけ生活がある。「家が多ければ多いほどそこには人生がある」そんなとびっきりの名言を思いついたのだが、結局誰にも言っていない。

知らない塔に意味を見出してみる

話を朝に戻そう。
「あ、そういえばこのあたりは東海道線でいくと『家!家!家!』ゾーンだな」なんて思いつつ、車窓を眺めていた。しかし特急湘南なのでルートが異なるゆえ、そこに家はなかった。代わりに見えたのは、知らない塔だった。車窓から見える「知らない塔」。あれには一体なんの意味があるのだろうか。知らないのは僕の勉強不足にすぎない。でも、知らないことを恥じてしまうくらいの深い意味を持っているであろうと錯覚させられるのが「知らない塔」の強みだ。たいていの「知らない塔」は送電用の鉄塔なのだが、そうでないものもあるから判断が難しい。

▲車窓から見える知らない塔たち

知らない塔、それはこの特急湘南26号3号車に乗り込んでいるいつメンと似たようなものだ。それぞれ個性があるのに、名前も属性も知らない。あのOLは社内では癒し系のセンパイかもしれないし、あの50代のサラリーマンはじつは30代かもしれない。あのちいかわスタンプにも何かしらの意味があるはずだ。知らない塔、知らないヒトに対して勝手に深読みしていたら、いつのまにか渋谷に着いた。こうして明日も知らないヒトたちと一緒に、渋谷を目指し、夜になると藤沢に帰るのだ。

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