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「落下の解剖学、観た?」って言いたい『落下の解剖学』

タイトルがね、口にするだけでちょっとインテリをキドれます。

「『落下の解剖学』観た?カンヌでパルムドール受賞して、今度のオスカーでも作品賞にノミネートされたフランス映画、知らないの?」

こんなセリフでマウント取れそう(どんなマウント?)な『落下の解剖学』です。


フランスの雪深い田舎の山荘に暮らす作家夫婦。
ある日、夫が家の2階から転落死。
妻が殺人容疑をかけられ、現場に居合わせた唯一の証人は視覚障害のある幼い息子のみ。
これは事故か、自殺か、殺人か…という法廷劇です。

『落下の解剖学』というのは、夫の死体を解剖したわけではなく、夫の『落下』を発端に、夫婦の歴史や関係、家族の在り方が明らかにされていく、つまり解剖されていく、ということでよろしかったでしょうか?
もしくは、殺人容疑にまで発展するほどの夫婦仲の『落下』を示しているのかもしれません。

・妻はドイツ人、夫はフランス人、出会ったのはロンドン、日常における共通言語は英語。
・妻も夫も作家。だけど、妻の方が稼いでいる。
・息子の視覚障害は夫の不注意が原因。夫は主夫となり子育てもしている。そのせいで書く時間が持てないという不満もある。
・妻はバイセクシャル、夫は鬱傾向。

パッと見は殺人事件なんて起こしそうもない、幸せそうな夫婦や家族の事実が裁判を通じて明らかになっていき、夫婦が大喧嘩しているテープなども発見され、妻はどんどん疑われていくわけですけど…、でも、真実なんて誰にもわからないんです。

妻が夫に怒鳴っていれば殺しそうだとも思えるし、妻がバイセクシャルだと聞けば女性とちょっと親密にしているだけでも浮気しているみたいに見えちゃう。でも、本当のところなんて誰にもわからない。

夫は鬱傾向だけど、だから自殺とは限らないし、夫は作家として成功した妻の影に隠れて可哀想に見えるけど、でも、それは才能や運の有無なのだから仕方がない。

唯一現場に居合わせた視覚障害を持つ息子は、障害があるだけに発言が弱いんですけど、でも、障害のない大人だって、物事が明確に見えているわけではない。

結局、世の中、わからないことだらけ。

不明瞭なものだらけの中で人間というのは生きていて、真実として目に映るものも、実は個人の勝手なイメージでしかなかったり。そんな中でひとつの
真実を探る裁判というものの、大変さと滑稽さの両方が味わえる映画です。

サイトなんかを見ると「ミステリー」としてこの映画を売っていますが、ミステリーとして観てしまうとつまらないかも。
さまざまな事実や証拠めいたものが出てきますが、出てくるほどにわからなくなるし、むしろこの「わからない」というのが主題の映画のような気がします。

そこらへんの人間の真理に迫っている感じがカンヌのパルムドール賞なんかを引き寄せたのでしょうが、生身の人間っぽいからこそ、妻にも夫にも長所もあれば短所もあって、どちらにも感情移入できず、複雑なカラクリなどのミステリー要素もないから、私、正直言って、ちょっと辛かったですけどね。ながーい裁判シーンの間に、3回くらい意識が飛んだ気がします。

それでも、最後の最後に、息子が自分なりの真実を見つけなければいけないんだと心して証人台に立つシーンなんかは心を打たれたし、それから、あと、犬ね、犬、飼い犬スヌープの演技は、まさに映画史に残るといっても過言ではないでしょう。アスピリンを飲まされた演技とかさ、どうやったの?

ちょっと頭良い人系の映画かも。
だからこそ言いたいですけどね「落下の解剖学、観た?」って。

よかったら、みなさんもぜひ。

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