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【おしえて!キャプテン】#35 サイバーパンクの名作!『トーキョー・ゴースト』日本語版ついに発売!

キャプテンYことアメコミ翻訳者・ライターの吉川悠さんによる連載コラム。今回は12月21日(木)発売予定のコミック『トーキョー・ゴースト』について、吉川さんならではの目線でその魅力を語っていただきました。


ついに日本語版発売!『トーキョー・ゴースト』

12月21日(木)発売のコミック『トーキョー・ゴースト』……。昨年発表された刊行ラインナップで、このタイトルを見た瞬間「もし翻訳者が決まってなかったら、トライしたいです」と指が勝手に編集部宛のメッセージを打っていました。その時にはもう翻訳者は小池顕久さんに決まっていたのですが、この作品はそれくらい翻訳を手掛けてみたかったのです……。

自分が翻訳者としてフルクレジットされた初めてのコミックは、この『トーキョー・ゴースト』を手掛けたリック・リメンダーの作品でした。現在絶版となっている『デッドリー・クラス』(Sparklight Comics刊)です。

ShoPro Booksから声がかかったきっかけはこの本でもあり、本当に思い入れのある作品です。いま自分で読み返すと翻訳の拙さと未熟さに恥ずかしくなるでしょうけど……。日本語版の制作そのものがインディーズのパンクバンド活動のようだった、思い出の作品でした。
思い出といえばサンディエゴ・コミコンに行った時、同書にサインをもらうつもりだったのですが、業界関係者パスで入ったために、サインブースの係が通してくれなかったという悲しい思い出もありますが……。

今回は、個人的にも思い入れの深いリック・リメンダーの名作『トーキョー・ゴースト』の魅力を紹介したいと思います。

未来都市、サイボーグ、退廃した世界……「サイバーパンク」の魅力

ロサンゼルスの保安官デビー・ディケイとレッド・デントは、相棒であり、幼なじみであり、愛し合う恋人同士でもあった。

デビーはテック依存症に苦しむレッドを救うため、支配者フラックと取引をし、唯一テクノロジーの支配から逃れた都市“トーキョー”へ潜入調査に赴く。

彼女はトーキョーに向かえば全てが救われると信じていた。
愛し合う二人の運命を変えてしまうとも知らずに……。

『トーキョー・ゴースト』書影

人間が情報と技術に呑み込まれていく世界で、幼馴染のテディだけを心の支えとし、生身で生きようとするデビー。
心の弱さをメディアで埋め、体の弱さを人体改造で鎧い、殺戮マシーン「レッド・デント」と化したテディ。

殺戮マシーン「レッド」と化したテディ(上)と
そんなテディに寄り添い、生身(テックフリー)で生きるデビー(下)

2人は伝説の楽園「トーキョー」への脱出を夢見て権力の犬となり、犯罪者たちを狩る日々を送っていました。

殺人バイクにまたがるレッドとデビー。
2人は狂乱の未来都市で明日を夢見て戦い続けていた。

ある時、彼らはついに楽園へと辿り着いて平穏な生活を見つけます。しかし過去の過ちに追いつかれ、2人は束の間の幸せも失ってしまう。互いを求めつつ、引き裂かれる2人のたどる運命とは……。

何かに頼らなければ生きていけなかった2人が、苦闘の末に全てを失い、這い上がり、そして「自立」に至る壮絶な物語でした。日本語版になって改めて読んでみると、本当に最高です。緻密なアートで描きこまれた未来都市、素っ頓狂なサイボーグたち、退廃の極みに至った社会と文化、そしてその中で必死に生きようともがく主人公たち……。高校生の時に『アップルシード』や『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』を読んで感じたあのワクワク感が蘇ってきました。ゲームの『サイバーパンク2077』などでサイバーパンクSFジャンルに触れた方にぜひ読んで欲しい一冊です。

追い詰められた時に垣間見えるヒロイズムが光る、リック・リメンダーの作風

彼の作品の魅力は、追い詰められた主人公が見せるヒロイズム。
その追い詰め方は肉体的な苦痛やピンチもさることながら、悪人の手によって内面をほじくり返されるような精神的苦痛や社会的な追い込み、守るべきものを守れなかった大失敗などが多く、本当に胃が痛くなる展開ばかり続きます。そしてその原因となる社会の腐敗や、富裕層への怒りを、オブラートに包まずに読者にぶん投げてくる……。

しかも、自分のオリジナル作品でだけそんな展開をするのかと思ったら、マーベルのキャラクターを預かってる時でも彼らを徹底的に痛めつけます。日本語版で読める彼の作品では、『マーベル グラフィックノベル・コレクション 5号』として刊行された『ヴェノム』(アシェット・コレクションズ・ジャパン刊)がいい例でしょう。いわゆる「エージェント・ヴェノム」のシリーズですが、なんと主人公であるフラッシュ・トンプソンの素性が早々に悪人にバレてしまいます。身近な人を人質に取られたヒーローが悪事に加担させられるという、本当に苦しい展開が続くシリーズでした。

『トーキョー・ゴースト』でも主人公たちは徹底的に追い込まれ、しかしその先の境地に向けて必死に這いつくばる姿を見せます。絶望のトンネルの先にある、一筋の希望の光を描く。それがリメンダーの作風と言っていいでしょう。

ストーリーを加速させる、ショーン・マーフィーのアート

そして本作の目玉はやはりショーン・マーフィーのアートです。『バットマン:ホワイトナイト』(ヴィレッジブックス刊)で国内でも有名になったショーン・マーフィーですが、『トーキョー・ゴースト』は『バットマン:ホワイトナイト』の2年前に発表されました。作風は本人曰く「よりスケッチ的でより有機的なアート」とのことで、描線とかすれで描かれた紙原稿ならではの魅力に溢れています(マーフィーはアナログ原稿派)。

マーフィーは宣伝も兼ねて車情報サイトに出るほどのカーマニア。本作でも車やメカが徹底的に描き込まれており、そのディテールは見ていて飽きることがありません。

退廃しきった未来の娯楽といえば、そりゃもうデスレースで決まり!
マーフィーが描く、現実の車が映える。

そのアートはただかっこいいだけではなく、(リメンダーが考えがちな……)冗談みたいな使い捨てキャラやギミックも自然に取り込んでいるところが、漫画としての勢いを加速しています。

原作のテンションにふさわしい翻訳

冗談みたいなキャラといえば、日本語版では小池さんの翻訳が思い切った方向に振っていて、これがまた作品にしっくりきています。リメンダーは主人公のエモーショナルなモノローグと、奇天烈なキャラのセリフのテンションの差が大きいライターですが、その勢いについていく……いや、追い越しかねない翻訳の仕上がりになっていました。韻を踏んで歌うふざけたテロリストや、ヒトラーのパチモンのセリフは必見と言えます。

マザー・グースをテーマにしたサイボーグテロリストたち。
翻訳者渾身の、韻を踏んだ怒涛のセリフは必見です!

ユニークで奥が深い「コミックブック」の世界

スーパーヒーローもの以外のアメリカン・コミックも、グラフィック・ノベルなどが段々と日本で紹介されるようになってきました。ですが今作のようなユニークなコミックブックはまだまだあります。個人的には『トーキョー・ゴースト』をきっかけに、様々なタイトルが刊行されないか……と願ってやみません。ぜひ皆さんに手に取っていただけたらと思います!

◆筆者プロフィール
吉川 悠
翻訳家、ライター。アメコミ関連の記事執筆を行いながらコミック及びアナログゲーム翻訳を手がける。訳書近刊に『キング・イン・ブラック』『スパイダーマン:クローン・サーガ・オリジナル』(いずれも小社刊)など。Twitterでは「キャプテンY」の名義で活動中(ID:@Captain_Y1)。

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