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【おしえて!キャプテン】#33 お決まりのセリフはどう訳されてきたのか?

キャプテンYことアメコミ翻訳者・ライターの吉川悠さんによる連載コラム。今回のテーマは「お決まりのセリフの翻訳」について、翻訳者の目線で語っていただきました。


「お決まりのセリフの翻訳」を訳する難しさ

今回のご質問は日本のコミック翻訳の歴史・トリビアということですね。これはもう、小野耕生先生や石川裕人さんといった方々に、いろいろなお話を聞かないと、とてもとても……。それこそちゃんとした本を一冊書くつもりで取り組まないと……という題材なのですが、ご質問に出てくる「びっクリプトン!」を見て思いついたことがあります。

スーパーヒーローにはお決まりのセリフがあります。
これをどう翻訳するかは、意外に頭が痛い問題でもあります。

スーパーマンの「空を見ろ!鳥だ!飛行機だ!」(Look! Up in the sky! It’s a bird. It’s a plane. It's Superman!)や、スパイダーマンの「大いなる力には、大いなる責任が伴う」(With great power comes great responsibility.)などはもう、世間一般にも定着しきったと言えるでしょう。

一方で「このフレーズのこの訳し方は定着しているのか? ここで使うべきなのか? そもそも先行訳に従うことが、この作品と読者にとって良いことなのか?」と悩むケースもしばしばあります。極論を言えば、翻訳文自体に著作権があるわけですから、過去の翻訳はどこまで引用していいのか……という問題も起こりえます。

そこで、今回は「お決まりのセリフの翻訳」についてお話ししようと思います。

【1】びっクリプトン!(Great Krypton!)

ご質問で例に挙げていただいている1978年から1980年に刊行された『月刊スーパーマン』(マーベリック出版)に登場するスーパーマンのセリフ「びっクリプトン!」ですが、これはスーパーマンにとっての「oh my god!」である「Great Krypton!」を70年代のノリで翻訳したもので、現代の我々の目から見るとかなりインパクトがあります。

実は2017年に『ハーレイ・クイン:リトル・ブラック・ブック』(小社刊)を翻訳した際にこの「びっクリプトン!」を採用したことがあります。ハーレイ・クインがDCユニバースのいろんなヒーローたちにムチャをやらかす短編集だったのですが、そのうち一編が1978年の『Superman vs Muhammad Ali』のパロディ回でした。パロディ元はDCコミックス史上に残る珍しい作品で、スーパーマンと歴史上最も偉大なボクサー、モハメド・アリが対決するというコミックです。

『ハーレイ・クイン:リトル・ブラック・ブック』書影

しかも、パロディ元のアートを担当していたニール・アダムスを引っ張り出して、セルフパロディを描かせるという(無駄に)豪華な企画! ストーリーだけではなく、1978年当時のページをハーレイ・クインで再現するというかなり凝ったものでした。そこでオマージュの意味を込めて、同年に発行された『スーパーマン 対 モハメド・アリ 日本語版』(マーベリック出版)を参考に、当時のフレーズや言葉遣いを取り入れて、スーパーマンが「びっクリプト……」と言いかけるシーンを入れたのです。

「昭和53年に出た本から元ネタを取り入れたところで、それは翻訳者の独りよがりではないか?」とも思いましたが、よく考えたら、原書の『Superman vs Muhammad Ali』も長らく絶版のままなのです。アメリカの読者の多くも元ネタを読んだことがないまま、伝説のアーティストによる伝説の漫画のセルフパロディをぶん投げられたであろう……という判断の上で取り入れました。

1978年の『Superman vs Muhammad Ali』と、
2016年の『Harley's Little Black Book』#5のそれぞれ冒頭。
ニール・アダムズのセルフパロディが冴える!

【2】鉄拳制裁タイム!(It's Clobbering time!)

ファンタスティック・フォーのシングが使うお決まりの掛け声、「It's Clobbering time!」ですが、自分が知っている限り、このフレーズには2種類の訳がありました。

1つ目は1998年の『オンスロート』(小社刊)4巻に収録されていた『Fantasctic Four #416』における「戦いのお時間だぜ!」です。これはミスター・ファンタスティックがシングのフレーズを借りて、決戦に向けての決め台詞とするシーンでした。

2つ目は、2015年の映画『ファンタスティック・フォー』の字幕で自分が初めて見た「鉄拳制裁タイムだ!」です。現在、自分が翻訳する際はこのフレーズを少し変え、語呂の響きを重視して「鉄拳制裁ターイム!」として採用しています。

もしシングが"It's Clobbering time!"をどう発声しているかと想像したら、それは「イーッツ……クロバリーンターイム!」という、テンションの高い感じになっているだろうと考えたのが主な理由です。「てっけーんせーいさーいターイム!」と叫びながら拳を振り回すシングの姿は、なかなかしっくり来ると思うんですが……いかがでしょうか?

【3】ムッシュムラムラ!

また、「It's Clobbering time!」の翻訳として、日本のコミックファンの間でよく引き合いに出されるセリフが「ムッシュムラムラ!」です。

これは1967年のアニメ『Fantasctic Four』が、1969年に日本で『宇宙忍者ゴームズ』として放映されたときのアレンジに由来しています。
今やダチョウ倶楽部のギャグとして有名になりましたが、シング(当時の日本版の名前ではガンロック)を演じたコメディアンの関敬六さんが、自分の持ちギャグを掛け声に使っていたのが起源と言われており、ファンタスティック・フォーに関するトリビアとしてよく紹介されることがあります。

この「ムッシュムラムラ!」がコミック翻訳に使われた例を一度だけ見たことがあります。1996年の『マーヴルX(クロス)』(小社刊)8号に掲載された『Fantasctic Four』#236 にて、「ムッシュムラムラ!」と掛け声付きでパンチを放つシングの姿がありました。

当時の自分は「ふーん……子供の頃からなんかアニメ雑誌やオタク向け漫画でちらっと見ていたフレーズは、そういう元ネタがあったんだ」と思ったものです。

そうしたこともあり、「ムッシュムラムラ」は「It's Clobbering time!」の翻訳として、いわば通説となっていました。

ドクター・ドゥームに一撃を喰らわすシング!
(『マーヴルX』8号より)

しかし原書を確認したところ、元のセリフは「It's Clobbering time!」ではなく、「Here comes my sunday-best punch!」だったことを、27年の時を経て知りました。
セリフにある「Sunday-best」とは、日曜日に教会に行く際に着ていく、よそいき(とっておき)の服から来た言葉です。つまり本来のセリフは「とっておきのゲンコをお見舞いしてやらあ!」というような意味でした。そう考えると、『宇宙忍者ゴームズ』での「ムッシュムラムラ!」も原語のセリフでは「It's Clobbering time!」だけでなく、他のセリフも含まれていた可能性がありますね。

ウルヴァリンを表す名セリフ「I'm the best there is at what I do」

いまだに自分の中で訳がしっくり定まっていないと思うのが、X-MENのウルヴァリンがよく使う、「I'm the best there is at what I do」というフレーズです。

これは元々は「I'm the best there is at what I do. But what I do best isn't very nice.」というフレーズで、確認できる限り、1982年にクリス・クレアモントとフランク・ミラーが送り出した『ウルヴァリン』ミニシリーズ冒頭での発言が初出のようです。クレアモントはこのセリフがずいぶん気に入ってたようで、近い時期に出版された『Uncanny X-MEN』#162でもこのセリフを使っています。直訳すると「俺は、俺のやることについては一番上手だが、俺のやることは良いことではない」となります。

これは「ウルヴァリンは非常に獰猛な戦士で闘争本能の塊だが、一方で殺戮行為を働く自分に悩んでいるキャラクターである」ということを、一文で表現したフレーズだと自分は解釈しています。例えば『Uncanny X-MEN』#162では、ウルヴァリンはモノローグで「こんな(獰猛に戦っている)姿をX-MENに見られたくない……」という感慨の後にこのフレーズを述べています。それを考えると、この解釈で間違いないでしょう。

1982年の『Wolverine』#1より。記念すべきウルヴァリンの初の単独タイトル。
また若いころのフランク・ミラーの才能が溢れるミニシリーズでもある。

もし自分がこのセリフを訳する機会があれば……というのは前から考えていました。その時は、字数を少なめに「荒事ばかりが得意だが、そこが俺の取り柄でね」という自嘲的ニュアンスのこもったものにしようかな……と思っています。状況によっては「荒事ばかりが得意だが、俺の取り柄はこれしかない」といったアレンジも可能かもしれませんね。ただし、「I'm the best there is at what I do」だけを取り出して、ウルヴァリンが自分の実力を自慢するシチュエーションで使っていることもあって……そんな時にも、どう翻訳するかまた頭を悩ませることになります。

コミックに限らず、翻訳という仕事はこうした試行錯誤の連続です。どういった翻訳が定着するのか、本当にわかりません。ですが、もし自分の考えたフレーズの翻訳が定着して後世まで使われるようになれば、まさに翻訳者冥利に尽きると言えるでしょうね。

◆筆者プロフィール
吉川 悠
翻訳家、ライター。アメコミ関連の記事執筆を行いながらコミック及びアナログゲーム翻訳を手がける。訳書近刊に『コズミック・ゴーストライダー:ベビーサノス・マスト・ダイ』『スパイダーマン:スパイダーアイランド』(いずれも小社刊)など。Twitterでは「キャプテンY」の名義で活動中(ID:@Captain_Y1)。

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