見出し画像

真っ赤に染まる空を見て、僕らは火事だ火事だとバイクで走り出した

大学一年生のときに車の免許は取ったけれど、交通手段は主に原付だった。
車は親の持ち物だったし、そこまで行動範囲も広くなかったから原付で十分だったんだ。

大学へも原付で行った。
中原街道と環七を使うとおよそ40分程度で着いた。
一度だけ雨に濡れた道路でスリップして転んだことがあったけれど、他には大きな事故をすることもなく、楽しい原付ライフを送っていた。

アルバイトは近所の焼肉店でしていた。
時給は1000円無かったんじゃないだろうか。
けれども毎回出てくるまかないがとても美味しくて、時給なんて関係ないと言いたくなるほど、僕はそのアルバイトに満足していた。
大好きなレバ刺しもチョレギサラダも石焼ビビンバも、僕はそこのアルバイトで知ったのだ。

バイト仲間も中学の同級生や先輩ばかりで、とても仕事がしやすかった。
店が閉まるのが22時だったかな。日によってはそのあとそのまま友達と遊んだりして。
遊ぶって言っても六本木へ出て朝まで踊るとかではなくて、友達の家でゲームしたりビデオを見たり、そんな程度だ。

そんな生活をしていた夏のある日のことだ。
いつものように中学の同級生であるバイト仲間と一緒にアルバイトを終えて外へ出たときになんだか違和感を感じた。
どうも空が明るい。特に南の方の空が赤く染まっている。
「何あれ!?火事じゃないの!」
同じように空を見ていた友達とどちらが先にそう言ったかは覚えていない。
ただ僕らは確信していた。
火事だ。しかもあれだけ空が染まるんだからそれはとんでもないほど大きい火事に違いない。
タイミングを見計らったかのように近くの消防署からは消防車が走り出した音がした。
僕らの心はもう決まっていた。
「見に行こう!」

一旦家に帰って原付で再度集合しようという話でまとまった。
バイト先から家までは徒歩数分だったから、すぐに集まることができるのだ。
家に帰ると父がリビングにいて、急いでバタバタと出て行こうとする僕にどこか行くのかと聞いた。
「空が真っ赤になってて、あれ多分大きな火事だから見てくる!」
一瞬何かを言いかけた父は
「そうか、気をつけて」と僕を送り出してくれた。

原付に乗って再集合した僕らは、とりあえず環状線をひたすらその赤い空へ向かって南下した。
昼間の暑さが落ち着いた東京の夜。原付で切る空気は風となって気持ちよく通り抜けていく。
進行方向には赤く染まった空。見れば見るほど赤い空。
その下にある大きな炎が容易に想像できた。きっと明日の新聞やニュースでも取り上げられるに違いないそんなことを考えていた。
そうして僕たちは(なるべく)法定速度を守りながら、どんどんその赤い空へと近づいていった。

途中でどうもこのまま環状線を行っても方角的に火事場には辿り着かないのではないかと思って、一旦土手沿いの道に出てみようという話になった。
土手沿いであれば障害物も少なくて見晴らしもいい。方角を定めるにはもってこいだった。
しかし、環状線を離れて土手に出たところで、僕らは自分たちの考えが全て間違っていたことを知ることになった。
土手沿いへ出て見た、川崎方面の空は依然として赤く染まっていた。
そしてその赤の原因は確かに炎ではあったけど、僕らの想像していた炎とは随分違うものだった。

もちろんこの画像のように近くにはっきりと見えたわけではなかったが、対岸で燃えている炎は明らかに人工的なもので、それに気付いた僕らはあまりにくだらないこの夜の出来事に笑うしかなかった。
そしてもう興味の無くなった赤い空に背を向けて家路に着いたのだった。


フレアスタック。この炎をそう呼ぶことをつい最近知った。
本当に火事としか思えないくらい空が赤くなるんだ。
疑うならば一度映像で確認して欲しい。

こんなの時間を持て余した大学生にはもってこいの現象ですよね。
そう思いませんか?

次の日の朝起きて父が昨夜はどうだった?と尋ねてきた。
僕はあれは川崎の工場地帯の炎だったと伝えると、うんうんとうなずく父。
もしかして知ってた?なんで教えてくれなかったんだと聞いて返ってきた答え。
「俺も若いときに同じように思って、同じように見に行こうとしたからな」

もし子供がフレアスタックを火事だと騒いで見に行こうとしても、僕もきっと止めることはないだろうな。
今はそんなことを思っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?