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感染症と流言飛語

 医療の普及していなかった古代の日本では、病気は目に見えない存在によってもたらされると信じられており、特に流行病、治療不可能な重病はもののけ、怨霊、悪鬼によるものといわれてきた。衛生という言葉も概念もなかった時代、感染症の流行は人間にとって「突然の恐怖」でしかなかった。

 コレラはコレラ菌で起こる伝染病で、もともとインドの風土病だったが、19世紀に世界各地に感染が広がった。日本で初めて流行したのは江戸時代後期の文政5( 1882)年・・・コレラという脅威が日本に渡来し未曾有の恐怖と混乱をもたらした。都市部への人口密集と交通の活発化が仇となり、オランダ商船から伝播したコレラは江戸、大阪、京都など各地の大都市を襲い数万の死者を出している。
 ついで、幕末の安政5(1858)年、安政の五カ国条約が調印されたこの年のコレラの流行は、多くの人々を不安と混乱におとしいれた。海外からもたらされた病であることから、当時の攘夷思想に拍車をかけた。コレラは感染すると、激しい嘔吐と、下痢が突然始まり、全身痙攣をきたし、瞬く間に死に至るため、幕末から明治にかけて「三日コロリ」「虎列刺」「虎狼痢」「暴瀉病」とよばれ、非常に恐れられた。   

 後年、北里柴三郎が説いているようにこの病気は在来の日本には存在せず、船舶などによる交易で朝鮮・ジャワ方面から侵入したと言われている。現代においてこそ伝染病の蔓延時にはワクチンの接種、患者隔離、都市封鎖など多くの対策がとられる。
 だが細菌学をはじめあらゆることが未発達であった近世(江戸期)の社会では、極めて原始的な抑制策に頼らなければいけない事情があった。ある
いは、集会形式で行われる加持祈祷のようにかえって感染を広げてしまう場合も珍しくはなかった。

 人間は目に見えない脅威に直面すると、簡単に流言飛語(デマ)に流され、集団となってそのデマに踊らされる。新型コロナウイルスは世界をパンデミックに陥れたが、マスク不足への恐怖からか、日本人が国産のトイレットペーパーが不足するというデマに乗せられ、買い占めに走ったのは記憶に新しい。
 
 死者が10万人以上にも及んだ明治初期のコレラの流行の際も、「炭酸飲料を飲むとコレラの感染が防げる」というデマが出てラムネの売り上げが激増、「タマネギがコレラに効く」というデマにより、それまであまり食べられていなかったタマネギ食が飛躍的に普及した。新型コロナウイルス予防には「ニンニクを食べると効果的」「26℃のお湯を飲むと予防ができる」というデマに流された人も多かったようだが、「茨城県に新型コロナウイルスの感染者がいないのは納豆を食べているからだ」というデマが広がり、店頭で品薄状態になった。
 
 新型コロナウイルスはコウモリが感染源と言われているが、これまでも多くの動物由来の感染症が人類を襲った。ペストは、新千円札の顔となる北里柴三郎が発見したペスト菌で起こる伝染病で、ネズミやノミを感染源とする。14世紀の大流行では1億人の死者が出た。蚊から伝染するデング熱やサルから感染するエボラ出血熱も動物由来の恐ろしい感染症である。
 
 過去の感染症から私たち人間が学んだ唯一の知見は、現代でも有効な「一人ひとりができる予防法」…すなわち、「日常的に手洗い・うがいを心がけること」である。さらに、感染症に関する「正しい」知見が正しく示されること、その知見を「正しく」判断するための教育を受けることができれば、みんなが「正しく」経験値を重ねることで、流言飛語とより「正しく」戦うことができるようになるのだと思うが…。

 インフルエンザの予防接種の時期が近づいてきた。今シーズンは打っておくべきかどうか…悩むところだ。

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