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死んでから伸びた父の身長〜からだ手帖 4月〜

死んでから伸びた父の身長

 先月、父が亡くなった。
 早朝に母から電話があって、私は家族を連れ、指定された葬儀場へ向かった。


 奥の畳の部屋に、長机とお茶、菓子が置かれ、「食べたら?」と母が勧めてきた。
 部屋の端に布団が敷かれ、父が寝ている。その横でどら焼きを食べながら、なんだか不思議な感じだった。到着してすぐ、手を合わせたものの、父はかたく目をつぶり、変色もしていないし、体も小さくない。なんなら、生前最後に会った時より、大きくなった?と思ったぐらいだった。
 お葬式前の、棺へみんなで運ぶ時も、こんなに大きかったっけ?と、8人がかりでお連れした。浮腫んでいるのではなく、長いのだ。

 幼い時の記憶では、確かに背は中のちょい上ぐらいの高さだった。70代に入ったあたりから、背中が丸く、体も全体的に小さく縮んでいったように思う。

 私の以前の職場は病院で、整形外科の膝関節人工関節置換の手術を、見学すると、関節置換後、どれぐらい膝が動くか、その可動域を見せてくれる。本人は全身麻酔で眠っているので、医師が下腿を持って動かしてくれるのだ。
 人工関節が外れない範囲とはいえ、屈曲120度、伸展は余裕で0度まで動く。しかし、術後全身麻酔が解けると、痛みとともに膝回りは緊張し、90度も曲がらない状態になっていた。そこからストレッチやら運動やらで、手術の時みた膝の可動性に近づけ、日常生活へ送り出していた。

 父が死後身長が伸びたような気がするのは、多分その原理と同じかと思う。生前は痛みやら転けないようにやらで、背中が丸く、骨盤が後傾しているような姿勢であった。が、それは固まっているのでは無く、目を凝らしたり転倒防止のため緊張して構えて動いていたのだろう。 その、父自身の緊張や姿勢の変換が、死んでゼロになった時、体の固めていたところが解けたのかもしれない。

棺にはたくさんの生花が飾られた。靴は溶けると骨に張り付くとかで、代わりにお遍路さんみたいな旅支度で、父は草鞋を履かされていた。会社に行っていた頃のグレーのジャケットとズボン、ノーネクタイでワイシャツ。顔は90代だが、体は昔のように背が高くなって、父は、一足お先に、と旅立っていった。

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