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デジタル・ウェルビーイングの先にある仏教の不思議な未来

デジタル・ウェルビーイング〜「わたしたち」のウェルビーイング

今回は、宗教を取り巻く注目すべき外部環境変化を押さえた上で、これからの宗教を考える上で大切な示唆を、私なりに読み解いてみます。

私はこれからの宗教の外部環境を考えるとき、3つの重要な変化があると思っています。

・AIやバイオテクノロジーの進展とデジタル・ウェルビーイングの隆盛
・サーキュラー・エコノミーやSDGsが象徴する地球規模の課題への取り組み
・Post-religious感覚の広がりを含む宗教観の変化

そのような外部環境の変化に対応して発展するであろう「デジタル・ウェルビーイング」の領域について、雑誌WIREDが特集しています。2018年から編集長に就任された松島倫明さんには、私はMETA CITYというイベントでお会いして、仏教やマインドフルネスにも強い関心をお持ちだったのが印象的です。このWIREDの特集には、とても参考になる記事がたくさん出ているので、ぜひ読んでみてください(ウェブで読めるものにも、いい記事がたくさんあります)。

・松島編集長からのメッセージ
これからの仏教を考える上でも大事になるであろう「ウェルビーイング」について、宗教との関わりにも触れながら、解説してくれています。

・「わたし」のウェルビーイングから、「わたしたち」のウェルビーイングへ

ドミニク・チェンさんの記事。難しいですが、必読です。仏教の縁起との関わりも出てきます。個人の幸せから、集団の幸せへ。多分、これからのマインドフルネスも、個へのフォーカスより、集団へのフォーカスが強くなっていくと思っています(そこにも「掃除」がブレイクする流れが埋め込まれているのです)。

”ウェルビーイングが「個」に根差した尺度で測られるものだとすれば、そこから抜け落ちるものは何だろうか? 日本におけるウェルビーイングの可能性を探求するドミニク・チェンは、主観的なウェルビーイングの因子に地域文化ごとの差異があることを手がかりとして、他者を自己と連続するものとして捉えるわたしたちの世界認識の先に、固有性に根差した「共」のウェルビーイングを提示する。(雑誌『WIRED』日本版VOL.32より転載)”

・人間は「ハック可能な動物」

「ホモデウス」のハラリ氏のインタビューです。あらゆる分野で変化の速度が等比級数的に増していて、年金制度をはじめとした社会の安定を支える様々な公的システムへの信頼も揺らぎ、変化をリードする人々と変化についていくことのできない人々の分断は広がるばかりです。この記事に「AIやスーパーコンピューター、頭脳明晰なエンジニアたちが、あなたの脳をハックするテクノロジーに磨きをかけている」とあるように、テクノロジーが進化し、国家も企業も宗教も信頼できなくなりつつある時代に、私たちは生きています。世の中の変化に合わせて常に自己の刷新を求められ続ける現代の私たちを、ハッキングの脅威から守ってくれるもの。それもまた、自己自身のあり方・生き方であり、「良き習慣」ではないかと考えるのは、飛躍のしすぎでしょうか?

・「よい人生とは何か?」をめぐる三段論法

著者の石川善樹さんは、2年前にブータン旅行へ一緒に行った仲間のお一人です。石川さんはウェルビーイングについていくつか著書があり、このテーマで発信されている中心人物です。いずれお坊さん向けのセミナーにも登壇していただきたいと、密かに思っています。


世界の関心は、かつてのモノやお金といった物質的な幸せから、内面的な幸福(ハピネス)を大切にしようという流れを経て、さらに今は、その幸福を、心だけでなく、身体的・精神的・社会的さらにはスピリチュアル的にも全体的に満たされた状態(ウェルビーイング)として広く捉えていこうという方向へとシフトしているようです。お寺もこのウェルビーイング、特に「わたしたちのウェルビーイング」への貢献を重要なテーマとして取り扱っていくことで、コミュニティを持つお寺ならではの本業における社会貢献(CSV)の形が見えてくるのではないでしょうか。

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トランステック〜悟りのテクノロジー

さて、ウェルビーイングがホリスティック(包括的)な幸せ概念であるとするならば、それがさらに発展していった先に「悟りのテクノロジー」が注目されるのも、自然な流れです。

先日、「悟りのテクノロジー」に向かう試みとなる作品を体験してきました。トップ画像の私が作務衣で機械に乗っている写真は、2019年3月に六本木ヒルズで開かれていた「Media Ambition Tokyo」を見に行った時に体験させてもらった「シナスタジア X1 – 2.44」です。

説明によると、「共感覚体験装置、シナスタジア X1。 44の振動子を組み込んだ装置に身を委ねると、音と振動、光に全身が包み込まれていく。今回はサウンドアーティスト evala (See by Your Ears) を招き、体験者の身体そのものがメディウム(媒介)となる新たな音楽体験を提案。 意識が研ぎ澄まされていくフロー状態へと、体験者を誘う」というもの。耳で聞いているのか、体で感じているのか、境界が曖昧になる、確かに不思議な体験でした。

そのような「悟りのテクノロジー」を技術領域として束ねるのが、トランステックです。トランステック(Transformative Technology)とは、「メンタルとエモーショナル、サイコロジカルな面において人間の進化を支援する技術」のことで、五段階欲求説で有名なマズローが死の直前に「自己実現欲求の上に自己超越欲求がある」と主張したその六段階目をテーマにしたテクノロジー領域、と言っても良いかと思います。

日本のトランステックの潮流を先導する山下悠一さんのnote記事が、とても参考になります。

昨年のzen2.0でお会いした山下さん、その時からその存在感に勝手に共鳴していて、いずれお会いしてゆっくりお話ししたいなと思っていました。
山下さんがどんな方かは、4年前のブログを見ていただくと良いでしょう。

このブログから4年、山下さんのnote記事はこれから宗教に関わる人、中でも仏教に関わる人なら、必ず押さえておいたほうが良いトレンドが凝縮された、必読記事と言って良いでしょう。山下さんの4年間の濃さを物語ってもいますし、また、この4年という歳月での社会の変化の大きさも感慨深いです。

・近現代の社会をドライブしてきたのは「恐れ(Fear)」であったこと
・「意識」だけは自分から奪われないこと
・SDGsも個人起点(つまり日常の習慣)で取り組む必要があること
・数千年のWisdomから学ぶべきこと
・テクノロジーにより「悟り」が身近になること
・それらを共有する仲間の存在が、コミュニティが大事なこと

などは、このところ私が考えていたようなこととも共鳴します。山下さんの人生の旅を通じて見えてきた一本の筋に沿って、さまざまな文脈を統合してまとめてくださっているので、とてもわかりやすく参考になります。いろいろ今どきのキーワードが出てきて、カタカナが多くて馴染みにくい人もいるかもしれませんが、これを機になんとなくでも親しんでいただければ幸いです。

脳科学、哲学、心理学、幸福学、意識、悟り、医療、エンターテイメント、マインドフルネス、ウェルビーイング、仏教・・・今まで別のカテゴリーで展開されてきた様々なものが、最近はどんどん繋がっていきますね。

トランステックの”Trans"はTransformativeから来ていますが、私が最近、三浦祥敬さんと共著で出した「トランジション(Transition)」 という本のタイトルも、上記のキーワードに連なるものだと思っています。Transitionという本のタイトルにする前に、Transformationという言葉も出ていたのですが、より「主体感」を後退させた「遷移」を表すTransitionという言葉を選んだのでした。

関連して、最近はこんなニュースもありました。
「三菱地所、瞑想スタジオ運営で新会社 自分だけの空間で頭をリセット」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO43776740W9A410C1000000/

三菱地所の社内公募から生まれた新規事業で、20代の女性社員が代表取締役に就任しています。これは序の口で、これに限らず、これから瞑想/マインドフルネス/悟りの大波がいよいよ商業ベースで広まっていくのは間違いありません。今ではこれほどまで普及・定着したヨガも、流行り始めた初期には「そんなものが広く普及するはずがない」と思われていました。そのヨガがもたらすウェルビーイングの流れに連なりながら、しかもそれだけではなくテクノロジーや組織・社会のあり方とも関わる幅広い領域と接続しうるトランステック(的な領域)は、思想界や経済界なども巻き込みながら、一時の流行ではなく着実に発展していくはずです。

このような領域は、既存の宗教に携わっている人ほど、恐れることなく積極的に関わっていくと良いと思います。それは既存の価値観や様式を必ずしも否定するものではなく、新たな光を当ててくれる光源であり、それに照らされた時に浮かび上がってくるものが、これからの時代に求められる叡智(wisdom)ということになるでしょう。これまで大切にしてきたものに、恐れず、とにかくいろんな角度から光を当ててみることが大事だと思います。

ペロトン〜デジタル・フィットネスが宗教を代替する

唐突ですが、フィットネスの話題へ。

宗教の行く末を考えるとき、宗教だけを見ていてもわからないことがあります。伝統仏教などの既存の宗教を凌駕する新宗教が出てくるかどうか、という問題とは別に、そもそも宗教というカテゴリーを丸ごと破壊してしまうような機能を有した「代替サービス」が生まれる可能性があるからです。未来の住職塾でも、「5つの力分析」というのをやりました。その5つの力の内の一つが「代替サービス」です。

私が今、宗教の機能に取って代わる領域として注目しているのは、フィットネスです。中でもアメリカのPelotonは、完成度がすごいです。私もマンハッタンで体験してきました。

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とても参考になる記事があるので、シェアします。

Appleを超えるブランド Peloton / 現代の聖職者はエアロバイクに乗る
https://link.medium.com/IndsuVGhWW

たまたまですが、10年くらい前からの知り合いである佐々木さんがこの記事を書いていたので、早速久しぶりの連絡をして、メッセンジャーで色々聞いてみました。「いや、ペロトンは本当にすごいっすよ。まだNYCが本社で、日本にはまだ入って来てませんが、機会があればぜひ見てみることをお勧めします」とのことだったので、先日NYCに行った時、お店を訪ねてエアロバイクに試乗してきました。

私はジムに行かないので普通のエアロバイクというものもよくわかっていませんが、ペロトンのエアロバイクの何が違うのかといえば、「connected(繋がっている)」ということです。まさに、「connected革命」であると言われる第四次産業革命時代の申し子のようなサービスです。バイクにまたがると、目の前にはタッチパネル式の大きな画面があり、自分で好きなエクササイズメニューを選べます。それらは全て、実際のインストラクター(イケてる感じの)がNYCのスタジオでライブ配信しているものであり、ヘッドホンをつけてライドしていると、仲間と繋がって一緒にエクササイズしている感覚になります。20分のライドはお試しとはいえかなりきつかったですが、インストラクターの声や、画面に出てくる仲間たちのSNSメッセンジャー的やりとりに励まされながら、私もなんとかかんとかやりきりました。

記事には「Pelotonは宗教である」という小見出しがあります。このエアロバイクの何がどう宗教なのか。

「果たして人は宗教から何を得ていたのでしょうか?キリスト教徒であれば、教会に行き、近所の信者と一緒に、45分もの間ろうそくが灯る空間で、神父が演台から話す説教を聞きます。その首には、十字架がぶら下げられている。そこで得られるのは、導き、儀式、帰属、コミュニティ、内省、霊性、祭式、音楽です。・・・Pelotonは、かつての教会が提供しているものを提供します。導き、儀式、帰属、コミュニティ、内省、霊性、祭式、音楽を」

顧客とのつながりの深さによって価値を高める現代のビジネスから、これまでまさに「顧客とのつながりの深さ」を一番の強みとして来た伝統仏教が学べることは、たくさんありますね。最近私がよく話している「習慣づくり」という切り口は、ペロトンのようなフィットネスに対抗する伝統仏教側の砦になるかも?

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掃除、戒、布薩。円覚寺の横田南嶺老師に学ぶ

私は2017年からテンプルモーニングと言って、お寺の朝掃除の会を定期的に開いています。私がなぜ急に、掃除に力を入れ始めたのか、不思議に思っている方もおられるかもしれません。実際、直感的に「これからは掃除が大事になる」と思っただけという部分もありますが、「掃除」の背後には、「習慣」があり、それは仏教において「戒」として規定されます。私が4月末にディスカヴァートゥエンティワン社から出版した書籍でも、円覚寺・横田南嶺老師のお話に「戒」に関することが登場します。

今年のGWに開かれた日本仏教僧侶を対象としたプラムヴィレッジの合宿でも、「戒」に関する議論が多くなされたようです(私は残念ながら参加できませんでしたが)。幸い、プラユキさんの瞑想会を影で支えていらっしゃる仏弟子「こまめ」さんのブログに非常に詳細な報告があるので、ぜひ読んでください。これからの日本仏教の流れを読む上で、必読です。

戒定慧で言えば、定=マインドフルネスも大切ですが、それだけでは不十分であり、何と言っても全ての基幹となる戒=習慣を整えることが大切であるというメッセージは、生活の中で仏道を実践していく日本仏教のアプローチとしても、一番の得意分野であったはずです。(戒定慧・念定慧の関係も最近は話題ですね。このあたり、もっと詳しく学んでいきたいと思ってます)

今日における仏道を探求するためには、「戒=習慣」を重要なテーマに据えることが大切になりそうと思い、僧堂において「布薩」に取り組まれているという円覚寺の横田南嶺老師に、誠に図々しくも、「ぜひ今度、習慣や布薩について、未来の住職塾の仲間とともに学ばせていただけませんか?」とお願いしました。すると誠にありがたいことに快諾をいただき、「円覚寺で布薩を学ぶ特別勉強会」を未来の住職塾の仲間と共に開くことができました。

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円覚寺で修行する雲水さんたちと一緒に布薩会に取り組ませていただいたことは、本当に素晴らしい体験になりました。その時のレポートはまた今度、杉本恭子さんの執筆で彼岸寺に掲載される予定ですので、お楽しみに。横田老師とは「現代の生活に合わせて戒律をアップデートする必要性」についてもお話しすることができて、これからの展開が楽しみです。

アップデートするなら、現代の習慣づくりとして考えられるのは、このあたり?

・早寝早起き
・不飲酒(そもそも宴会に出ない、夜に眠くなるように体力を使うなど)
・体力づくり(筋トレする、ウォーキングするなど)
・食生活改善
・嘘をつかない(約束を守る、そもそも、できない約束をしない、など?)
・整理整頓、片付け、掃除

そうそう、私が2018年にYGLの仲間と一緒にオックスフォード大で受講したリーダーシップ研修で、習慣づくりとしては「プリコミットメント」がパワフルであると学んだので、それも取り入れたいなと思います。プリコミットメントというのは、具体的には、依存(執着)からなるべく離れる習慣を作ること。それを、意志の力ではなく、依存から身を離す環境づくりを活用することがポイントです。例えば、スマホ依存から脱却したければ、鍵をかけた箱にスマホを入れてしまうとか。考えてみれば、布薩という、仲間への相談・懺悔の機会も、プリコミットメントになりますね。

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テクノロジーが進化していけばいくほど、仏教の世界で長年続けられてきた「当たり前のこと」が大切になってくる。不思議な未来がやってきますね。

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