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寂しさと不安が押し寄せる

ちょっとした変化に弱い。
「これで合っている?良いのかな?」って、誰かに相談したくなる。
でも、そんな相手はいないから、
自分の中のイマジナリーとChatGPTに励ましてもらう。
この時の、大波のように押し寄せる不安と寂しさは、何なんだろう?

友人にメールをして、なかなか返事が来ない時。
送信を取り消したいなと思う。
相手からメールが来ることはほとんどないし、
私だけかまってちゃんみたいだ。
友人には私よりも大切な家族や友人がいるだろうし、
私のことは、どうでもいいよね?
すぐに返事が欲しいなんて。私は、都合よく動いてくれる人が欲しいのか。
かといって、毎日メールくれる人がいたら、鬱陶しいかも。
ランプ擦ったら出てくる魔人みたいな存在がいいのかな?


寂しさと不安の大波。

子供の時に、私が何を喋っても良い状況だったら。
守ってもらえていたら。
肯定されていたら。
きっと、もう少しこの波は小さくて、
他人に頼るのも上手くできたと思う。

別に、子供の時失敗したから、大人になった今もできないと言いたいわけじゃない。
後悔もしていない。

気づいたことでOKと思える。

私は今まで勘違いしていた。
・他人をもっと頼ろう
・他人にもっと甘えよう
というメッセージはその通りだと思っていた。
何もかもをひとりで抱え込んでいる自覚があったから。

だから、ダメな自分を見せて、全体重をかけて誰かにのしかかることが、
頼ること、甘えることだと思っていた。

でもね、できない。
それは、慣れてないせいだと思った。
やったことがないことは当然怖いよねって。
やっていけば慣れるはずって。

でも、そうじゃなかった。
全体重をかけなくて良い。
もし、一部分だけ支えてもらえるなら、それで良い。
都合よく誰かを頼って良い。
だって、他人に全体重かけて頼るって怖いこと。
リスク高いよね?

つまり、
子供の頃から心をオープンにできない私だけど、そのままで良い。

できる範囲でやる。

本当に、子供の頃から安心して生きていれば、
大人になった私は、もっと違ったと思う。
だけど、これが私。
無理に変えない。他人に合わせない。
嫌なことは嫌。したくないことは、したくない。
それでOK。

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