健やかなる時も① 122
身支度を整えてから、軍病院へ戻り。
いつものように階段を上がる。
その途中から聞こえてくる、賑やかな談笑。
声の主はすぐに判る。
看護官の上田、山本、真鍋。
そして、147。
「 ──── あっ、駄目駄目!△でキャンセルして下さい!」
「あ、そっか」と、彼の声。「さっきもここでショットし損なったんだよ」
「左手奥が赤くなってます。気を付けて!」
「やだなー。絶対出るぞ、今度は!」
PS5とフルスクリーン・モニターを前にして。
連中は、ホラー・ゲームに興じている。
開け放したドアから、僕が入ったことにも気付かずに。
以前の僕ならここで、文句の一つも言うべきところだが。
今回は、そうはしなかった。
147といられる時間は、あと13日。
10人の看護官達も皆、寂しさを隠しきれない様子だったからだ。
「 ──── よくやるなぁ。そんなグロいゲーム」
僕がそう言うと。
4人はぱっと振り返る。
「すみません一尉。今 ──── 」
上田がぱっと立ち上がりかけたのを制しつつ。
僕は椅子を引き寄せて、その前に座る。
「いいよ。続けて」
「はっ?」
「147。どうやってやるんだ?」
「わたしも大して上手くはないんだ」彼は、にっこり笑った。「山本くんに教えて貰ってる」
「フライト・シュミレーションとシューティングならお手のものなんだけどな」
コントローラーを手に、最初のゾンビを蹴り倒すと。
周囲からは何故か、感嘆の声が上がる。
「いや、上手いですね、一尉!」
「動体視力と、反射神経だけはいいんだよ」と、僕。「でもなぁ。これの操作方法が今いち ──── 」
「あ、そこの左にアイテムありますから」真鍋が、背後から身を乗り出してくる。「それ、拾って下さい」
「一度、セーブした方がいいかもしれません」山本は、くすくす笑っている。「でもほんと、筋がいいですよ」
「こら、お前等。いっぺんに喋るな。判らなくなる ──── とっ!」
突然、一体のゾンビが上から降ってきて。
僕は咄嗟に、前方に回避する。
「ぎゃっ!」真鍋が叫ぶ。「上からもありかよ!」
「お見事!」と、山本。「右スティックでアングルが変えられますよ」
「なるほどね」僕は、言われた通りに操作する。「で、次はどうしたらいい?」
「さっきそこでやられたんだ」147が、耳元で囁いた。「仇は取ってくれ」
「了解。山本、武器はこのままでいいのか?」
「はい。あ、でも。これ系は連打だけで勝てますよ」
「いや、チャージ攻撃の方がいいだろう?」
「体力少ないですからね。さっさと倒してセーブポイント行きましょう」
10分ほど遊んだのち。
それぞれに仕事を割り振って、僕と147は当直室へ戻る。
「それにしても」と、彼。「人には意外な才能があるもんだ」
「あれはそれほど難しいゲームじゃないよ。シリーズⅡの方が、ストーリーも操作も難しかった」
笑いつつ、ドアを閉めた途端。
僕は、微かな緊張を覚えた。
朝の一件を思い出して。
そんな人の気も知らず、彼はご機嫌で。
珈琲を淹れながら、鼻歌を歌っている。
僕が知らない曲だ。
「うん?いい匂いがするな?」
マグカップに注いだ珈琲を手に、彼は首を傾げるから。
それを受け取りながら、僕は答える。
デスクに向かったままの姿勢で。
「シャワー浴びてきたからだろう。君も一度戻って休むといい」
「ありがたいね。じゃあ、ここで一眠りしてからにするよ」
「え?」
「いけないか?」
「いや。そんなことはないが ──── 」
言うが早いか。
彼は、ベッドにごろりと横になるから。
僕はマウスから手を離し、彼に向き直る。
「全く。図々しい奴だな?」
「慣れただろう?いい加減」
「まあね」僕は、溜め息をつく。「相変わらずだな。そういうところ」
「警戒することはない。わたしは紳士だから」
「誰が紳士だって?」
「少なくとも、嫌がる相手を無理矢理ものにしようとしたことはないよ」
「……」
「君は如何にも男好きするタイプだからな。これまで散々嫌な目に遭ったんだろうし」
「 ──── 147」
「うん?」
「朝の話なんだが。今、いいか?」
「ああ。率直に言ってくれ」
「じゃあ、単刀直入に訊くけど ──── 」
「うん」
「例の件。いつがいい?」
「えっ?」147は、ぱっと撥ね起きる。「何だって?」
「一度抱かせてくれと言ったじゃないか?」
「いや、ちょっと待ってくれよ。そんなやぶから棒に ──── 」
「どうして驚く?」僕は、首を捻った。「寝たいと言ったのは君の方だろう?」
「そりゃそうだが。まだ心の準備が…」
「何言ってんだ。あと13日 ──── いや、もう0時を過ぎたから。12日しかないんだぞ?」
「それは判るけど。そういう言い方、あまりにも色気がないんじゃないか?」
「そうか?率直に提案しただけだけどな」
「なあ、一尉殿」彼は、久し振りにその呼び方をした。「わたしの言い方が悪かったかもしれないが」
「何のことだ?」
「ただ単に寝たいという理由で、君を誘った訳じゃない」
「判ってる。それくらいのことは」
「……」
「だから、わたしも覚悟したんだ。覚悟というか…」
「うん」
「何て言うか、その ──── 後悔、したくないからな」
僕がそう言うと。
彼はベッドから立ち上がり、こちらへ向かってくる。
その長身が、僕の左側でぴたりと止まった段階で。
挑発的な言葉とは裏腹に、緊張はピークに達し。
さすがに彼と、目を合わせることが出来ない。
147が、僕の腕を掴んで立ち上がらせ。
その胸に再び、きつく抱き締められた時。
僕は言わなければと思った。
ここへ帰って来るまでに思いついた、もう一つの提案を。
「 ──── 147」
「うん?」
「ひとつだけ条件があるんだ。いいかな?」
「どんな条件?」
「君のことは嫌いじゃない。だから、約束は果たしたい」
「ありがとう」彼は、冗談めかして答える。「嬉しくて涙が出そうだ」
「但し。さすがに、仕事中は気が引けるんでね」
「まあ、そうだろうね」
「そういう訳で。 ──── 出来れば、勤務時間外にしてくれないかな?」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?