金木犀とメテオラ印刷所原画BJRYK9AD01

「決して美しくはないが鮮烈だったあの感情は、一体どこに行ったのだろう」。劇団雌猫・ひらりささんによる『金木犀とメテオラ』書評、全文掲載!

2月末に、『金木犀とメテオラ』という長編小説が発売されました。

金木犀とメテオラ帯ナシ書影

『金木犀とメテオラ』安壇美緒・著
集英社/1700円+税

北海道の中高一貫の女子校を舞台に、東京生まれの宮田佳乃(みやたよしの)と、地元生まれの奥沢叶(おくさわかなえ)、ふたりの女の子の視点から描かれる青春群像長編です。装画は、漫画家の志村貴子さん

著者の安壇美緒さんはまだ新人作家ですが、この作品はすごい!と、目利きの書店員さんに猛烈プッシュしていただくなど、

じわじわと反響が広がっています。

そんな『金木犀とメテオラ』について、「劇団雌猫」のひらりささんが、熱い書評を書いてくださいました。(小説すばる3月号掲載)。このたびご許可を得て、noteに全文転載させていただきます!ぜひご一読ください。

決して美しくはないが鮮烈だったあの感情は、一体どこに行ったのだろう。

 自分に物心がついた時期を覚えているだろうか? たとえ幼少期の記憶があるとしても、親から聞いて、まるで覚えているかのように刻みつけられてしまっただけだという気もしなくはない。先日、小学校の担当教諭が18年保管していたタイムカプセルの中に、自分が合格した中高一貫女子校の受験票と、「完全合格!」と真っ赤なペンで手書きしたイラストカード(漫画雑誌『花とゆめ』の付録)が入っているのを見て、心底びっくりした。当時好きだった男の子へのラブレターを入れたと長年思い込んでいたからこそ、それを葬るべく、気乗りしない同窓会に参加することにしたのに。

 12歳の時点ですでに、私は確かに何者かで、間違いなく物心もあったのだろう。でもそのかたちを、正確に思い起こすことは難しい。たえず環境や人間関係の波に干渉されながら、洗われて流されて削られてきた「自分」の、どこか一瞬のすがたは心身の端々にこびりついていても、それはやっぱり砂紋でしかなく、たまに遺物を掘り返すと、その隔たりに目眩を感じる。

 北海道の中高一貫女子校を舞台に、少女たちの葛藤と人間関係を、12歳と17歳のふたつの時期に焦点をあてて描いた『金木犀とメテオラ』を読むことは、誰にも内緒で埋めておいたタイムカプセルを開くかのような体験だった。女子御三家へ進学するはずだったのに異郷の新設校に来てしまい、根強い鬱屈と“一番”への執着を手放せない、東京育ちの宮田佳乃。入学生総代をつとめた特待生で、容姿も群を抜いており周囲の羨望の的だが、あるコンプレックスゆえに“仮面”をとることができない、地元育ちの奥沢叶。互いを意識しながらも体裁を保つ二人だったが、流星群の夜、佳乃は、叶が隠しきれなかった綻びを目にすることになる。

 二人をはじめ、世間から隔絶されたメテオラ(修道院)のような学び舎で共に育つ少女たちには、それぞれの物心がある。それらは互いに触れ合い、反発しあうことで、少しずつ在り方を変化させていく。著者の筆致は、その繊細さをとりこぼさずにつづるから、何もかも読み逃すまいと、息をひそめてページを繰る。するとなぜか、こちらの心の底にあったらしい、記憶や感情の粒子までもが浮かび上がってくるのだ。「百合」好きとして少女たちの硝子の花園を堪能していたはずが、自分がかつて抱いていた焦燥ややりきれなさ、そして未来への渇望が、生々しく再生されていく。決して美しくはないが鮮烈だったあの感情は、一体どこに行ったのだろう。作中でそこに身を置く彼女らが羨ましいとすら思えてくる。私と同じく同窓会なんて普段行かないような人にこそ、感想を聞きたい一冊だ。
  
           (ひらりさ /小説すばる2020年3月号に掲載)

『金木犀とメテオラ』は、いまコミュニティメディア「she is」にて、試し読み連載を実施中です。気になった方はぜひこちらも。↓

https://sheishere.jp/series/mioadan/

『金木犀とメテオラ』集英社公式

https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=978-4-08-775452-0


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