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おかえり ~虹の橋からきた犬~/新堂冬樹

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飼い主の女性を守るため生まれ変わる一途な犬との物語。感動長編!
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おかえり ~虹の橋からきた犬~ 第十六話/新堂冬樹

【前回】  「細胞診の診断結果が出ました。小武蔵君は、悪性リンパ腫でした。腸にできる消化管型リンパ腫で、発生頻度の低い珍しいタイプの腫瘍です」 「東京犬猫医療センター」の診療室――西沢獣医師が、テーブルに置いた診断表を見せながら言った。  菜々子は、足元に寝そべる小武蔵に視線を移した。検査結果を聞いても、菜々子に驚きはなかった。  浮き出した背骨と肋骨、艶のない被毛、力のない瞳……十日前に自宅で嘔吐を繰り返してから、小武蔵の体調はみるみる悪化した。  ドッグフードをまったく

おかえり ~虹の橋からきた犬~ 第十五話/新堂冬樹

【前回】   大丈夫……大丈夫……大丈夫……大丈夫……大丈夫……大丈夫……。 「真岡動物病院」へ向かう道すがら、菜々子は心の中で自らに言い聞かせるように何度も繰り返した。  池尻大橋の商店街を元気に歩く小武蔵が病魔に蝕まれているなど、ありえなかった。  茶々丸からの贈り物に、もしものことなどあるはずがない。  小武蔵が振り返り、笑顔で菜々子を見上げた。  ママ、心配しないで! 僕は大丈夫だから!  小武蔵の声が、聞こえてくるようだった。  そう、自分がしっかりしなけれ

おかえり ~虹の橋からきた犬~ 第十四話/新堂冬樹

【前回】   シェパードとテリアのミックスのメルシーと小武蔵が、一メートルほどの棒の左右の端をくわえ、人工芝を全速力で駆け回っていた。  瀬戸はクラウドファンディングで募ったお金で、「セカンドライフ」から五十メートルほど離れたビルの地下室に人工芝を敷き詰め、屋内ドッグランを作っていた。  ビルのオーナーが愛犬家で、レンタルスペースに使われていた三十坪の地下室を、屋内ドッグランに改造させてくれたのだ。 「セカンドライフ」にきたばかりの頃のメルシーは人間不信で、スタッフにも他の

おかえり ~虹の橋からきた犬~ 第十三話/新堂冬樹

【前回】  「あの、こちらに仁科さんという刑事さんはいますか?」  菜々子は、高輪中央署の受付の職員に訊ねた。  麻美から、瀬戸が佐久間の家で揉めて逮捕されたと連絡が入り、小武蔵とタクシーで駆けつけたのだった。 「仁科……ああ、刑事課の仁科警部補ですね? どういったご用件でしょうか?」  受付の職員が、菜々子の抱く小武蔵に視線を向けながら訊ねてきた。 「瀬戸さんという方が、こちらにお世話になっていると聞いたのですが。私は、『セカンドライフ』という保護犬施設で働いている小谷と

おかえり ~虹の橋からきた犬~ 第十二話/新堂冬樹

【前回】  「このお店のようですね」  瀬戸が言いながら、路肩に車を停めた。 ≪焼肉一番星≫  菜々子は、麻美から送られてきた画像と車窓越しの店を見比べた。 「ここです! 行きましょう!」  菜々子は、助手席のドアを勢いよく開け車を降りると、焼肉店のガラス扉を引いた。 「いらっしゃい……」 「すみません! 小武蔵の飼い主です!」  菜々子は、女性スタッフを遮り言った。  こぢんまりした店内には、三組の客がいた。 「小武蔵……ああ、迷っていたワンちゃんのことですね」  女性ス

おかえり ~虹の橋からきた犬~ 第十一話/新堂冬樹

【前回】 「小武蔵ー! 小武蔵ー!」  小武蔵の名前を呼びながら、菜々子は首を巡らせた。  既に池尻大橋の商店街を二往復していた。路地裏まで探したが、小武蔵の姿は見当たらなかった。  商店街の道行く人々に訊ねたが、誰も小武蔵を見かけた者はいなかった。  ヒューヒューという笛のような音……呼吸から漏れる息の音が聞こえた。  菜々子は商店街を抜けて、山手通りを渋谷方面に走った。  視界の端を流れる景色が、かなり遅くなった。  放射線治療で炎症を起こしている子宮に痛みを感じた。そ

おかえり ~虹の橋からきた犬~ 第十話/新堂冬樹

【前回】  菜々子は小武蔵にハーネスを装着し、財布とスマートフォンをトートバッグに入れた。 「小武蔵、行くよ!」  菜々子は小武蔵を抱っこし、外に出た。  小武蔵を地面に下ろすと、ダッシュした。菜々子も駆け出し、あとを追った。  子宮頸がんになったことが嘘のように、菜々子の体調はよかった。  放射線治療を始めて半月が経った。  菜々子に大きな副作用は見られず、「セカンドライフ」を休むこともなかった。  二、三十メートル走ったあたりで、菜々子は突然、眩暈に襲われた。  菜々子

おかえり ~虹の橋からきた犬~ 第九話/新堂冬樹

【前回】  池尻大橋の商店街――「セカンドライフ」に向かう菜々子の足は、鉄製のスニーカーを履いているように重かった。  足を踏み出すたびに、外照射した骨盤の周辺と腔内照射した陰部の周辺が、軽い火傷をしたようにヒリヒリと痛んだ。  いや、ようにではなく軽い火傷と同じ状態だ。  だが、我慢できないほどの痛みではなかった。  それよりも、倦怠感がひどかった。  副作用なのか緊張が解けた安堵のせいなのかわからないが、小学生の頃にプールで泳いだあとのように全身がだるかった。  リニア

おかえり ~虹の橋からきた犬~ 第八話/新堂冬樹

【前回】 「ステージⅡ期……ですか?」 「成徳総合病院」の診察室の椅子に座った菜々子は、松島医師の言葉を繰り返した。 「仁科産婦人科」から紹介状を書いてもらった菜々子は、一週間前にMRI検査とCT検査を受けた。  ステージⅡ期という結果に、菜々子の胸は安堵と不安が綯い交ぜになっていた。  安堵……がんが末期でなかったことに。  不安……初期のステージⅠ期でなかったことに。 「ええ。詳細に言えば、ステージⅡ A1期です。病変の大きさが四センチ以内で、骨盤壁には達していないⅡ期

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皆さんこんにちは。 Web集英社文庫にて連載しておりました、新堂冬樹さん「おかえり ~虹の橋からきた犬」がnoteにお引越し! プロローグから第7話までは以前のページでご覧いただけます。 各話へは以下から。 【プロローグ】 【第一話】 【第二話】 【第三話】 【第四話】 【第五話】 【第六話】 【第七話】 今後の更新もお楽しみに!