見出し画像

世紀末お肉バトル伝説 オニクカ・メーン | #第三回お肉仮面文芸祭

 勇者オニクカ・メーンの死から五十年後。世界は核の炎に包まれた。海は枯れ、地は裂け、あらゆる生命体は絶滅したかに見えた。しかし、人類は死に絶えてはいなかった――。

「ヒャッハー!」

 乾いた空気に野蛮な叫びが木霊する。この物語の主人公はデンガク。彼の故郷であるササミ村は今、恐るべき野盗の群れに襲われていた!
「お許しください! そのお肉は……そのお肉だけは!」
 すがりつき、懇願する壮年の男。その男を、
「あ~?」
 と、あからさまに悪そうな面構えのモヒカン頭が一瞥した。その手に抱えられているのは新鮮な生肉。そしてその腰には、凶悪なマサカリがぶらさげられている。「ご慈悲を……」壮年の男は涙ながらにモヒカンに訴えた。
「それは……わたしたち家族が生きていくための蓄えなのです! それがなければ……それがなければ!」
「あぁ~?」
 モヒカンは耳に手をあて、明後日の方向を向きながら言いはなった。
「聞こえんなぁ~!」
「そんな……そんな、どうかご慈悲を!」
 ゲハハ!
「こいつ、ご慈悲だってよォ~!」
 いつの間にか、男を下卑た笑いが取りかこんでいた。
「ヒィッ」
「じゃあよぉ~!」
 モヒカンは腰にぶら下げていたマサカリを振りあげる!
「かわりによぉ、てめえをひき肉にしてやんよ~!」

「待ちたまえ、諸君」

 その声に、モヒカンたちの表情が変わった。声の主……それは、超マッチョでムキムキな大男であった。その顔は美しいが……どこか狂気を感じさせた。そしてなによりも目を引くのは、その背に担いでいる、棺桶を連想させる巨大な箱だった。
「お、お頭……!」
 そう、その男こそ野盗たちのボスであった。
 その名も……ギアラ!
 恐怖のあまりへたりこむ壮年の男の顔を、ギアラは優しげな笑みを浮かべて覗きこんだ。
「助かりたいか?」
「え……?」
「生肉を取り戻したいか?」
 男は震えながら、こくこくとうなずく。
「お前、名前は?」
「ト、トンソクです……」
「うむ、よろしい!」
 ギアラは満足げにうなずいた。
「ちょうど退屈していたのである! ではトンソク、この生肉を賭けて……」
 その巨体は強烈な陽を浴びて、まるで輝いているかのように見えた。

「このギアラと、お肉バトルで勝負だ!」

 モヒカンたちが喝さいをあげる!
「やったー! お頭のお肉バトル、久々に見れるぞぉ!」
 一方、トンソクの顔面は蒼白になっていた。

 お肉バトル!

 それは肉が至上価値となったこの世界において、肉を用いて戦い、肉を賭けて闘う……文字通りの決闘であった!
「そ、そんな……わたしにはバトルをするための肉が、もうありませぬ……!」
「安心したまえ」
 ギアラの巨体がゆらりと揺れた。その瞬間、背負った棺桶じみた箱がプシューッと開き、冷気が放たれた。
「あぁ!?」
 その中には、整然と詰めこまれた新鮮なお肉があった! ギアラは獰猛に笑う。
「好きなお肉を選べぃ!」
 トンソクは震えた。
「好きな、お肉を……?」
「そうだとも。なんでもよい。お前の好きな肉を選ぶがいい!」
「マジですか……?」
「マジだ!」
 トンソクの顔に卑屈な笑みが浮かび、
「では、これとこれと……」
 その指がおずおずと肉を指さしていく。
「あとこれを……」
「よろしい!」
 ギアラがそう言い放つと、棺桶から肉片が飛びだした。濃厚な肉の香りを漂わせ、三枚の新鮮なお肉がトンソクの手の中へと飛びこむ。トンソクは喜色を浮かべた。
「や、やった……やったぞ!」

 その様を、固唾をのんで見守っている老人と少女たちがいた!
 村の古老ヤゲン爺とハツ婆、そして二人の孫であるセセリである。
「ハワぁッ」
 と、奇妙な声をあげたのはヤゲン爺だった。
「どうしたの、爺ちゃん!?」
 ヤゲン爺の左目には片メガネ状の機械がかけられており、その機械からはピコピコピコ……とピコピコ音が鳴っていた。ヤゲン爺は早口でまくし立てる。
「この機械はスカウターというんじゃ! ワシが苦労して電車を乗り継いでアキバで買ってきたんじゃが、スカウターを使うとの、対象の人間が持つお肉ヂカラ……つまりはお肉バトルの戦闘力を数値化して計ることができるのじゃ! 常人のお肉ヂカラはたったの5……ゴミめ……と言ったところじゃが、やつの……やつの、ギアラのお肉ヂカラは……バ、バカな、こんな! 信じられん……!」

 そのお肉ヂカラ……なんと驚異の322である!

「そんな……!」
 セセリは手で口を覆った。お肉バトルに敗れたものの末路は哀れである……その魂は肉に対する渇望を失い……肉を食えなくなり……人生の喜びが消え……体は衰え……その生命はいずれ……。
「いかんぞトンソク! やつには絶対に勝てんぞ!」

「では、はじめようか」
 ギアラは優雅な手つきで、トンソクをうながした。
「お前のターンからはじめてもよい」
「で、では……!」
 トンソクは一枚の肉片をかざした。
「わたしのターン……鹿児島黒牛のA5肩ロース!」

 鹿児島黒牛のA5肩ロース
 攻撃力: 80
 防御力: 80
 魔力 : 100
 お値段: 100グラム2,200円

「ほう、バランスのよいお肉を選んだな? なかなかの目利きだ!」
 ギアラは感心したように顎に手を当てる。

 当然だ……!

 トンソクは内心ほくそ笑んだ。俺もかつては「肉のトンちゃん」と呼ばれた男……今でこそ家族の安住のためにこの村に落ちついたが、かつてはお肉バトル武闘派として世界中をブイブイ言わせていた男よ!
「では、俺の手番だな?」
 ギアラの手がゆらりと揺れた。その手がかざしたものは……。
「あ……あぁ……!?」
 トンソクの目が驚愕のあまり見開かれていく。そのお肉はあまりにも……あまりにも神々しかった!
「俺の肉は……松阪牛のテンダーロインッ!」

 松阪牛のテンダーロイン
 攻撃力: 400
 防御力: 90
 魔力 : 110
 お値段: 100グラム3,500円

「グワーッ!」
 トンソクは吐血! その手に持つ鹿児島黒牛のA5肩ロースが弾け、あたりに飛び散っていく!
 ギアラは陽光を背に勝ち誇った!
「まずは俺の勝利のようだなッ!」

 その様を見守っていたヤゲン爺が叫んだ。
「あぁ、マズいぞぃ!」
 その見つめる先……トンソクはガクガクと震えだし、その目は虚ろとなっている!
「もうダメかもしれん。トンソクは、トンソクの魂は……すでに負けを認めてしまっておる! ギアラのお肉ヂカラに圧倒されたのじゃ! このまま続ければ、廃人まっしぐらは避けられん……!」
「そんな……!」
 セセリは手で口を覆った。

 ギアラは容赦なく言い放つ。
「では、続けるぞ?」
 トンソクは震えたまま、よだれすら垂らしている!
「今度は俺の手番からだ……」
 ギアラの手がゆらりと揺れる。
「い、いかんぞ、いかん、トンソクが!」
 ヤゲン爺が叫んだ、その時だった!

「やめろーッ!」

 その瞬間、風が吹き荒れ、砂が舞いあがった。砂嵐じみた風の中、独りの少年がたたずんでいた! 少年は叫んだ。

「お肉は、人を傷つけるための道具じゃねぇーッ!」

「ほぅ?」
 ギアラは興味深げに首をかしげる。少年は燃える眼差しでギアラを見すえていた。
「俺と……」
 その手が、ギアラを鋭く指さした!

「お肉バトルで勝負だッ!」

「そんな……!」
 セセリは手で口を覆った。
「彼はデンガク……わたしの幼馴染で優しくて、たまに良い角度になるとハンサムに見えて、ちょっといいかも……って思わせてくれる、デンガクじゃないの……!」

 ギアラは大きく笑った。
「よかろう!」
 その表情は、実に楽しげだった。
「ただし……」
 と、トンソクを指さす。
「この男のお肉と、お肉バトルのターンを引き継ぐこと、それが条件だがな!」
 そして「さぁどうする」と言わんばかりにデンガクを見た。
「そんなの無理よッ!」
 セセリは手で口を覆った。だが……。
「出来らあっ!」
 デンガクは叫び、太陽輝く空に向けて跳躍した。くるくると宙を回転。トンソクのそばへと三点着地を決める!
「ふむ……」
 ギアラは目を細めた。
「なかなかおもしろい小僧よな……おかげで退屈がしのげそうだ。では、始めるぞ! 俺の肉は……!」

 ロイヤルマンガリッツァ豚のロース
 攻撃力: 200
 防御力: 250
 魔力 : 140
 お値段: 100グラム3,300円

 ヤゲン爺が叫んだ。
「い、いかん! やつめ、なんというお肉ヂカラ……なんというお肉に対する嗅覚と目利きか!」
 対するデンガクは……。

 熊本あか牛のサーロイン
 攻撃力: 90
 防御力: 70
 魔力 : 60
 お値段: 100グラム2,000円

 これが、トンソクのおっさんが残していった最強の手札……これではやつには勝てない! だが、俺は!

 刹那、デンガクの手が閃いた。
 ヤゲン爺が叫んだ!
「な、なんじゃー! デンガクは何をやっているのじゃ!? すばやすぎて何をしてるのかまったく見えんぞい!」
 デンガクの手が虚空を切り裂くように、縦、横、斜め……縦横無尽にすさまじき速度で動いていく。そして……!

「おあがりよ!」

 その手に完成したのは……。

 熊本あか牛のサーロイン肉寿司
 攻撃力: 300
 防御力: 300
 魔力 : 150
 お値段: 時価!

「バ、バカなーーッ!」
 ギアラは絶叫し、吐血。その手に持つロイヤルマンガリッツァ豚のロースが弾けとんだ!
 セセリは手で口を覆った。
「もったいない……!」
 ギアラはたたらを踏んで後退。はしゃいでいたモヒカンたちの顔面が、蒼白へと変わる。勢いこんでデンガクは吠えた!
「さぁ、これで一勝一敗の五分だ! 今度は俺の手番……これで、決めてやるぜ!」
 そうしてその手が再び閃こうとした、その時だった。
「待て。もういい……」
 待った、の姿勢でギアラがそう呟いた。デンガクは眉根を寄せる。ギアラの顔はうつむき、その表情はうかがい知れない……。モヒカンたちは唾を飲みこみ、ささやきあっていた。
「お頭はマジだ……はじまる……はじまるぜ……」
 ギアラの巨体がゆらりと揺らぐ。その刹那、棺桶じみた箱から何かが飛びだした。それは……!

 飛騨牛のリブアイ
 攻撃力: 500
 防御力: 100
 魔力 : 300
 お値段: 100グラム5,500円

「!?」
 デンガクの目が驚愕に見開かれる。
「フシュー……」
 ギアラが不気味な呼気を放った。その手に持つのはマサカリじみた骨付き肉……それは、お肉と呼ぶにはあまりにも異形だった。
 だが、デンガクは怯まない。
「ギアラ……たしかにあんたはすごいお肉ヂカラだ。でも俺は、それすらも創意工夫で乗り越えてみせる!」
 ギアラは笑った。
「バカが……」
 狂気じみた笑みだった。
「もういい。そう言っただろうが、このバァカが! これはなぁ、このお肉はなぁ……」
 その巨体に力がみなぎり、筋肉が脈打った。輝く太陽の下で、マサカリじみた骨付き肉が振りかざされ……そして!
「このお肉は、こう使うんだよッ!」

 バチコーン!

「グワーッ!?」
 直後、デンガクはロケットじみた垂直移動で空へと打ち上げられていた! ギアラの強大な膂力によって、骨付き肉は文字通りの凶器と化したのだ!
「は、反則じゃ~!」
「デンガクくん……ッ!」
 デンガクは薄れゆく意識の中で、ヤゲン爺の叫びとササミの悲鳴、そして、モヒカンたちの大爆笑を聞いた。デンガクは切りもみ回転しながら……

 あれ……?

 自分に呼びかけてくる、不思議な声を聞いていた。

 デンガク……
 デンガク……
 デンガクよ……

「は!?」
 気がつくと、デンガクは光に包まれ、神秘的な空間の中にいた。神々しい空気。精妙なお肉の気配。
 ここは、いったい……?
 再び、自分に語りかける声が聞こえる。

 デンガクよ……

 そして、デンガクは……見た!

 絢爛たる玉座に座る、神秘の怪人物を!
 その顔には……!

 お肉の……仮面!?

 不気味だった。だが不思議と恐怖は感じなかった。むしろデンガクは、穏やかで静かな感覚に満たされていた。そして、自分がここにいることの必然性すらも。
「あなたは……いったい……?」
 我が名はオニクカ・メーン……
「勇者じゃん!」
 デンガク……我が後継者になり得る者……
「後継者! マジで!?」
 デンガク、ピンチであっても決してあきらめてはならない……お肉バトルの本質を、お肉と人との真の関係性を……お前は、見極めることができる男……
「マジで!?」
 マジだ
「マジなんだ……」

 さぁ、行きなさいデンガク
 自分を信じて……

 お肉とともにあらんことを……

「デンガクくんーーッ!」
 乾いた空気に、セセリの嘆きが木霊する。デンガクは放物線を描き、あばら屋の屋根を突き破って落ちていった。

 グワーハッハッハッ!

 ギアラの勝ち誇った笑い! 誰もがデンガクの死と、村の滅亡とを覚悟した。その時!

「まだだ!」

「むぅ!?」
 ギアラが怪訝に見つめるその先で、不可思議な力であばら屋が爆散! 渦巻く力が、その破片を空へと巻きあげていく。そしてその中心には……
「デンガクくんッ!」
「バ、バカな……!」
 そう、デンガクがいた! そしてその両手には、双剣じみて生ハム原木が携えられていた!
「あ、あれは!」
 セセリは手で口を覆った。
「あばら屋の持ち主、ナンコツさんがつくっている村一番の生ハム原木……村一番の生ハム原木じゃないの!」

「バカがッ!」

 ギアラが獰猛に叫ぶ。
「死にそこなったか? 死にきれなかったか? ではもう一度、殺してやる!」
 デンガクもまた吠えた。
「やってみろッ!」
 そして駆けだす。その速度は音速をも超え……ソニックブームをうみだした!
「きゃっ!」
 セセリがスカートを押さえる。
「貴様!」
 ギアラは骨付き肉を振りろおし迎撃する!
 次の刹那!
「バカなーッ!」
 デンガクの生ハム原木がギアラの骨付き肉を粉々に打ち砕いていた!
「ヒョエッ!?」
 ヤゲン爺が素っ頓狂な声をあげ、次の瞬間……

 ボムッ!

 スカウターが爆発した!
「こ、これは……」
 呆然とするヤゲン爺。
 セセリは手で口を覆った。
「ヤゲン爺、いったいどういうこと!?」
「スカウターの計測力限界値は、無量大数をも超えるのじゃ! しかし、今まさにその限界値すらも突破した……つまりデンガクは……いまやデンガクのお肉ヂカラは……!」

 ∞(インフィニティ)……


「そ、そんな……」
 ギアラの顔が恐怖に引きつる。
「言ったはずだ……」
 デンガクは生ハム原木の双剣を高々と振りあげた……その脳裏に、様々な想いが、今まで調理し、食べてきたお肉たちの姿が……浮かびあがっていく。
「お肉は、人を傷つけるための道具ではない……」
「いやちょっと待って……」
「お肉とは……食べ、食べられ、生きて、生かされる……自然の循環……命……絆……そういった大切なもの……」
 デンガクは、今まで出会って来たお肉たちへの想いとともに、生ハム原木を振りおろす!

「お肉とは、愛だ! この世界を貫く、愛の力だッ!」


「いや待っておかしい……傷つけちゃダメなんでしょ?」

 バチコーンッ!

【おしまい】

【おまけ】
本当は出すつもりだったけど時間がなくて省いたお肉たち。

 神戸牛のシャトーブリアン
 攻撃力: 500
 防御力: 400
 魔力 : 700
 お値段: 100グラム10,800円
 近江牛のフィレミニョン
 攻撃力: 600
 防御力: 800
 魔力 : 300
 お値段: 100グラム11,000円

きっと励みになります。