第63話「道化師は嗤う」 #死闘ジュクゴニア
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<前回>
ハンカールは目を見開いた。その男の胸には輝いている。まるで、青天に轟く霹靂のごとき四字のジュクゴが──それこそは!
天 上 天 下 !
(くくく……くくくくく!)
ハガネの脳裏にフシトの笑いが木霊した。
(くく……懐かしい……実に懐かしい!)
「お前ら! 無茶苦茶やってくれたようだがなぁッ!」
長髪の男は、太陽のような輝きとともに不敵に笑った。
「世界の終わり? 上等だぁッ! この俺様が止めてやんぜ……この、天上天下のフシト様がなッ!」
☆
ピエリッタは芝居かかった所作で、恍惚と告げていた。
「さぁ、同志諸君。はじめようではないか。創世の大戦を」
「貴様……」アガラが唸るようにそれを遮る。その瞳に輝く無敵の二字が、怒りに滾っていた。「同志だと? バカがッ! ピエリッタ……貴様のくだらん小芝居にはもう飽きた。渡せ……お前の、創世の種をッ!」「あららら? んー?」ピエリッタは首を傾げた。
「"同志だと?"……ですって? "くだらん小芝居"……ですって? んんー。あれあれあれー? おっかしいなぁ? あー、もしかして、もしかして?」
「……ヴォルビトン」「あぁ」ピエリッタを見据えながら、エシュタとヴォルビトンは言葉を交わす。「あいつ……危険だ。なんだかよくわからないけど、とにかく危険だ」「わかっている、エシュタ。あのアガラって奴よりも先に……」「そうだね。まずはあいつを……あのピエロを殺る!」エシュタが刀の柄を握りしめた、その時!
「あっはははははは! おっかしー!」ピエリッタは顔を歪めて嗤い出していた。
「あれあれあれー? ほんとにほんとに? マジで見えてなーい? アガラさーん。もしかしてお見えでない? そんなそんな。そんなバカな! いるじゃないですかぁ、同志たちが。ほんと面白いなー。雑魚が! 私たち、ずぅっと一緒だったのになぁ。寂しいなぁ、ねぇ、同志諸君!」
その顔に狂気じみた笑みが浮かぶ。エシュタは戦慄した。ぐにゃり。空間が、奇妙に歪む感覚がした。
☆
──過去!
「ぬぅぉぉぉおおお……!」
天上天下の四字を煌めかせ、フシトは決死の形相で世界五分前仮説の力を抑え込んでいた! そのこめかみには血管が浮かび、ビュッと血が噴き出していく。目からは血涙が流れ、鼻からは噴水のごとき血が猛烈に溢れ出していた!
ミリシャもまた血涙を流しながら、狂ったように笑い力を暴走させている。ハンカールも、フォルたち四人も、ただ呆然とその様を見つめていた。「フシト……これが噂の……天上天下のフシト……!」
(これは……過去のお前なのか……)ハガネの問いにフシトが答える。(くく……そうだとも。これがかつての余だ。まだ力を知らず、限界も知らず、粗野で、野卑で、ただの人間だった頃の……余だ!)
ハンカールは我に返り、そして呟いた。「駄目だ……! フシトでも……この力でも、世界五分前仮説を抑えることは……できない!」
「おいッ! そこのお前ぇッ!」フシトが吠える。「わたしの……ことか……?」ハンカールが応える。「おうッ、お前ッ、名はッ!」「……ハンカール」「よぉしよぉしッ! ハンカールッ!」フシトは血を噴き出しながらも、決死の形相の上に不敵な笑みを浮かべた。
「お前なら……できる。できるに決まっているッ!」「なんだと……?」ハンカールには意味がわからなかった。しかし、フシトはその全身に力を込めながら、なおも続けた。「ぬぅぅぅおぉぉ……このフシト様にはわかるッ! お前も、俺様も! まだまだ無限の可能性を残しているッ! まだまだ、ジュクゴに秘められた真の力を発揮できてないのだッてなあ!」「……!」
その瞬間、ハンカールは不思議な感覚に捉われていた。極彩色渦巻く因果地平の彼方。その向こうへと、静かに落ち込んでいく……そんな、奇妙な感覚に。フシトは咆哮する!
「やってみせろッ! そこの四人にやったようにッ! お前自身に、そしてこの俺様に! 力を与えてみせろ、ハンカールッ! そしてお前と俺様が、世界を救ッてみせようじゃねぇかッ!」「わたしたちが……世界を救う……」「そうよッ! 無理だとは言わせんぞ、ハンカール! 選択肢など……ないんだからなあッ!」
ハンカールは目をつぶった。世界が静寂に包まれる。以前から予感はあった。摩訶不思議。そのジュクゴの持つ真の可能性について。しかしハンカールは恐れていた。摩訶不思議の可能性、それは人の認知を超えた高みに存在する。その領域に踏み込むことは、ハンカールという人格の消滅をも意味するのではないか──ミリシャが、そうであったように。
「ビビっているなッ? ハンカール」「あぁ、そうだとも。わたしは恐れている……だが……」ハンカールは目を見開き、ミリシャを見た。「我が力で世界が……ミリシャが救えるのであれば! わたしは、この身がどうなろうと知ったことではないッ!」
「よくぞ言ッたッ!」フシトは右手を振り挙げた。「お前のその覚悟に……このフシト様が、気合を入れてやるッ!」振り下ろす!「喝ァーッ!」
ゴゥン……!
天上天下の衝撃がハンカールを襲い、その首がのけぞる。「あ……」ハンカールの脳内で、雷撃のごとき思考が迸っていく。
ジュクゴの可能性……
概念の力……
概念そのもの……
概念そのものとなる……
人ではない……
ジュクゴ……
人ではなくなる……
摩訶不思議……
人を捨て……
摩訶不思議の概念そのものとなる……
わたしは……
人を捨て……
摩訶不思議となり……
そして……
その瞬間、ハンカールの意識は跳躍し、因果の網を超えていた! 爆発的な情報が極彩色の煌めきとなって流れていく。ハンカールは見た。フシトの根源を。天上天下のその向こうに、唯一絶対の可能性を見出した。そして、その力を取り巻く宿星のように……十三の煌めきが、極限の輝きを放っている様を幻視した。
ありとあらゆる可能性がハンカールの中を過ぎ去っていく。
未来が……見える。
「ふふ……ふふふふ……」ハンカールは超然と微笑んでいた。「おい……」フシトが声をかける。「ぐは……?」フォル達四人が怪訝そうにハンカールを見つめた。「ふふふ……ふふ……」
「ふふふ……フシトォ! あなたはッ!」
その瞬間、摩訶不思議の輝きがフシトを貫いた。
ドクン……!
フシトの時が静止する。「おぉぉ……」フシトもまた見たのだった。己の奥底に眠る、巨大な、余りにも巨大な唯一絶対の力を! 「あぁ?」フシトは眉根を寄せた。次の刹那。無慈悲にも力はフシトを飲み込み、そして、フシトという人格は消え去った。
考える間もなく、疑問に思うこともできずに、天上天下のフシトは……野蛮で、義侠に溢れ、素朴で、魅力的なこの若者は……終わりを迎えた。
「うおぉぉぉおおおおおおぉぉぉぉおぉおおおぉぉお!」
フシトの雄叫びが世界を揺るがす! いや、そうではない。フシトの放つ力によって、世界が、宇宙が鳴動している。それは全てを超えた力! 唯一無二、絶対の力! フシトの胸から凄まじき光明が放たれ、世界を貫いていく! それは!
天 上 天 下 唯 我 独 尊 !!
フシトは笑っていた。その野性的な肉体が、まるで彫刻のような絶対的な美へと変貌を遂げていく!
「清々しい……すべてが……何もかもが違って見える……俺様は……いや、余は……すべてを超越する者だ……これより創世される世界において、すべての頂点に立ち、そして、すべてに君臨すべき者……」
「ふふ……そうです。それでいい……」ハンカールもまた笑っていた。「御身は……これより世界五分前仮説の力を用い、世界を再創造する! それこそが定められし未来。この世界を滅びより救う、唯一の道!」
☆
ぐにゃり。空間が、奇妙に歪む感覚。「これはッ……!?」エシュタは叫ぶ。直後、頭上から降り注いだのは莫大なるジュクゴ力であった! その正体! それはジュクゴ使いの爆発的出現である!
「エシュタ……!」空を見上げるヴォルビトンの頬に冷たい汗が流れる。「バカな……」アガラは言葉を失っている。
上空。ジンヤを包囲するように、ジュクゴ使いの軍団が空を埋め尽くしていた。それもただのジュクゴ使いではない。
核融合、荷電粒子砲、熱的死、大量絶滅……
恐るべきジュクゴを刻んだ、あり得ざる超常の軍団である!
「あははははははは! 見えましたかぁ? ずうっと傍に居たのにさぁ、よぉうやく、気が付きましたかぁ? クソ雑魚の皆さーん! まぁわたくし、見えないようにしてたんですけども!」
……ズンッ……ズンッ……ズンッ!
鼓動のような轟き。その音ともに、光が波涛となって押し寄せる。「うっ……!?」エシュタ達は顔をしかめた。それは尋常ならざるジュクゴ力の波涛であった! その波涛をまといながら、ひとりの男がエシュタたちの眼前に降り立つ。その男の体は灼熱している。そして、その体には刻まれている! それは!
超 新 星 爆 発 !!
「バカなッ!?」アガラは吠えるように叫んでいた。想像を絶する、圧倒的なジュクゴ力がその眼前には存在していた!
「あっははははは! 楽しいなぁ! いよいよだ! お祭り! 祝祭の始まりだぁッ! あはは!」
ピエリッタは狂ったように嗤っている。その瞳に不気味な輝きが宿り、そして、その輝きは禍々しき二字のジュクゴを刻んでいく!
【第64話「虚構」に続く!】
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