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瀬戸忍者捕物帳 5話 『神室心中』2

次郎に案内された心中の現場は、橋からそんなに遠くなかった。

男女の遺体は大きな木にもたれかかり、座ったまま息絶えていた。また、遺族の者と思われる冷たい表情をした30代の女と50代の男が離れた場所に立っていた。

「死んだ女性の方は外傷はありませんが体に発疹ができています。一方男性の方は腹を自ら割いて死んでいます。腹に刺さったままの小刀に男の右手が握られたままなので、彼が自決したことは断定できます。」

次郎は丁寧に説明する。

「問題は女の方ね。服毒自殺?なんで死に方が違うのかな?」

次郎の側で茜は顎に手を当て考える。この短時間で茜と次郎の距離はぐっと近付いたように感じる。その様子を少し後ろから見ていた皐は相変わらず頬を膨らましていた。

「それはわかりません。現場に残っている遺留品としましてはあそこに転がっている水筒と、おそらく食料を包み込んでいたと思われる笹の葉が2枚あります。おそらくそれぞれお弁当として持って来ていたのでしょう。」

次郎が指をさした先には竹で作られた水筒と米粒がわずかに付着した笹の葉が2枚落ちていた。虎吉は水筒を確かめたが、中に入っていたと思われるお茶はほぼ全て流れ出ており、空の状態だった。虎吉は水筒の中を匂った。

「ただのお茶だと思うが・・・これで毒を飲み込んだって事か?女の所持品からは何か毒物は見つかったのか?」

虎吉が次郎に聞くと次郎は首を横に振った。

「女は一人分の毒物しか持ってなかったということですかねえ?心中にしては、なんとも用意が不十分な女性ですねえ。」

と皐が不思議そうに言ったが、その時同時に地面に描かれた不思議な文様のような物を遺体の近くで見つけた。

「これはなんでしょうか?」

皐はしゃがみ込みよく記号を見た。その後ろから茜、虎吉、次郎が覗き込んだ。

「なんでしょうね?何かの記号のようですが・・・」

恐らく指で描かれたであろう何らかの記号が土の上にあった。その記号は漢字の『十』の字の真ん中の重なる部分を消したような形をしており、さらにその十字の記号の右下の方に点が2つ記されている。

「そう言えば、女性の右手の人差し指の先端に土が付着していました。この女性が描いたもので間違いないでしょう。」

次郎は補足した。

「どういう意味が込められてるんですかねえ。虎くん、この記号を見て何を思い浮かべますか?」

皐は虎吉に意見を求めた。

「うーん、わからねえが、例えばそれぞれ東西南北を示しているとすれば、この点々の方角に何かあるとか・・・」

「あんた奇抜なアイデアを出すわね。それじゃあ何?この方向に進んでいれば埋蔵金でも見つかる訳?」

茜は虎吉の自由すぎる推理に突っ込みを入れた。

「虎くんに聞いたのが間違いでしたか。」と言う皐に「うるせえな!」と虎吉は顔を赤くして怒った。

「あっはっは!まるで宝探しみたいですね!推理大会の中悪いですが、特にそんなに深い意味はないんじゃないでしょうか?」

次郎は大笑いした。

「死に方の違いがあるにせよ、特に不審な点はなかったので、心中で処理しようと思ってます。男性の奥方様にもそれで了承頂きました。」

と次郎は少し離れたところに控えている二人に目を向けた。

「するとこの死んだ女性は愛人で、彼らが本当の家族って事?」

「そのようです。死んだ男性・・・名前は道広さんと言うらしいですが、道広さんとこの死んだ女性は不倫関係にあったようです。あそこにいらっしゃるのが奥方様、そのとなりの男性がそのお父様です。良ければ話を聞いてあげて下さい。それから死んだ女性の方は隣町の長屋に一人暮らししている恵美(えみ)という女性で、道広さんとは旧知の仲だったそうです。」

「なんで女性の方の情報がそんなに分かるの?」

茜は不思議に思った。

「奥様に伺いました。どうやら愛人との密会はバレバレで、素性も知っていたようですね。」

「そもそも奥さんがいるのになんで愛人なんて作るんだ?俺には全く理解できねえ。」

腕組みをして言った虎吉の表情からは道広に対する怒りが見て取れた。

「ふふふ。男女関係に疎い虎くんには分からないんですよ!禁断の愛こそが男を燃え上がらせるんじゃないですか〜!」

と皐はニヤニヤしながら言ったが、すぐさま茜に頭を殴られた。

「こら!虎は純情なんだから、余計なことを言うんじゃない!」

「はい・・・すみません・・・」

しゅんと縮こまった皐を見て次郎はくすくすと笑っていた。

「あはは!あなた達は面白いチームですね!さて、それでは僕たちは遺体の処理をします。茜さん、ごきげんよう。」

次郎はぺこりとお辞儀をして、手下達に指示を出し、遺体を運び出した。

「いいわねえ、出来る男は違うわねえ。」

茜はうっとりとした目で次郎を見ていたが、やはりここでも皐は次郎の存在が気に食わないらしく、横から口を出して来た。

「そうですかあ?彼なんかより僕や虎くんのほうが男前だと思いますけどねえ。ねえ、虎くん?」

「だから困った時に俺に振るのは止めてくれ!」

こういう時に振られるのが虎吉にとっては一番困る。

「ふん!あんたらなんて次郎くんに比べればシラミみたいな存在なんだからね!変態忍者に女恐怖症なんてオモシロ大道芸人じゃないんだから、もういい加減にしてって感じ!」

茜は虫の居所が悪いようだ。

「お、おい!俺までなんか攻撃の対象になってるぞ?」

いつもは皐ばかり叱る茜はだが、今回はなぜか虎吉にまで攻撃範囲が及んでいて、虎吉は皐と顔を見合わせて驚いた。

「ちょ・・・ちょっと最近茜さんは嫌なことがあって、ご機嫌斜めなんです。」

と皐は虎吉に耳打ちしたが、その行動がまた茜をイライラさせるのであったのであった。

「なにヒソヒソ喋ってるの?奥さんに話を聞きに行くわよ!」

ピリピリした空気のまま3人は道広の遺族だと言う者達に声をかけた。30代の女の方は道広の妻・雪。夫が死んだというのに終始無表情でこちらのやり取りを見ていた。50代のひょろりとした白髪まじりの男は雪の父親・信三。道広から見れば義理の父にあたる。こちらもあまり悲しんでいるという素ぶりは見せず、むしろ死んだ道広に対して苛立ちを感じているようにも思える。まあ、それも当然だろう、娘婿が不倫をして挙げ句の果て心中してしまったのだ。自分の娘に対する道広の仕打ちは許されるはずがない。

「何でえ?話ってのは?奴らは心中したんだろ?それで話は終わりじゃねえか!」

信三は腕組みしながら指をしきりに二の腕にトントンと打っていた。

「まあ そうだけど。一応事件を記録するために色々話を伺わなくちゃいけないのよ。」

それを聞いた信三はめんどくせえな、というしかめ面を見せたが、それならば店でじっくり話をしようということで、信三の材木店・竹田屋に案内された。雪の方は相変わらず無表情で父の後について店まで向かった。皐はそんな雪の表情を注意深く観察していた。


材木店の庭では上半身ほぼ裸の活気溢れる男達が、あるものは材木を鋸(のこぎり)で挽いて、またあるものは鉋(かんな)挽きを 、またあるものは2人組で成形された10mほどの材木をせっせと運び出していた。

だがこの店の者達の様子を見て茜は少し不思議に思った。恐らくもう自分たちの主人の娘婿が自殺したと言うことはもう知られているだろう。それにもかかわらず、妻・雪、 父・信三を含め、悲しんでいる様子を見せるものなどただの一人もいなかったのである。淡々とそれぞれの仕事を進めている。

「あまり悲しんでないようですね。自分達の主の娘婿が死んだというのに。」

皐は前を歩く信三と雪に聞こえないように小声で茜に言った。

「 そうね、道広って人は人望が無いみたいね。」

「そりゃそうだろ。結婚してるのに他に女作るくらいの男なんだからな。」

虎吉がそう言ったとき、雪が首だけをこちらに向き虎吉を睨みつけた。虎吉はギョッとした。虎吉の声が元々人よりも大きいと言うこともあるが、それでもこの距離から聞こえるような音量では無かったはずだ。この雪という女、地獄耳なのだろうか?虎吉は慌てて苦笑いを返した。

広い庭を抜けた先に立派な屋敷があり、一行は客間に案内された。客間に隣接するところに台所があり、信三は住み込みの者の勘太に指示をし、茶を用意するように言った。長細い食卓の片側に茜を真ん中に三人は着席し、その反対側に雪と信三が座った。10畳ほどの客間は質素でほとんど飾りが置いていないが、唯一壁にかかった浮世絵が目を惹く。絵には綺麗な着物を着て優しい微笑みを浮かべた女性が繊細なタッチで描かれていた。

「それは私よ。道広が描いてくれたの。」

雪はここで初めて口を開いた。だが絵と反して冷たい表情であった。

「道広は絵が上手だったからね。昔はよく描いてくれた。」

娘は声の抑揚もなく言ったが、その横で信三が決まり悪そうに顔をポリポリ掻いた。

「みなさんあまり悲しんでおられないようですね。まあ、道広さんが家族の信用を裏切ることをしていたのは分かりますが、それでもあまりに道広さんの死に対してみんな無関心というか。道広さんはあまり皆さんから信用されてなかったのではと思うのですが、如何ですか?」

皐はニコニコ顔で聞きにくいこともズバスバと切り出す。茜はこういう時に話を切り出すのが苦手であるから、こういう時は助かると思っている。

「まあ、ね。浮気してることなんか、とうの昔に知ってたからね。ここにいる者もほとんど知ってるはずだよ。」

雪は表情を変えず答えた。父信三もそれに続ける。

「俺はたびたび道広の奴を注意してきだんだ。だが奴はいくら言ってもあいつは と会っていたんだ。浮気のたびにこっちから離縁の話を切り出すんだが、その度にそれだけは勘弁してくだせえ!って言いやがる。またしばらくするとまたコッソリと女と会ってやがる!」

信三は怒り心頭の様子で乱暴に言い放った。

「父ちゃんは怒ったってそんなに怖くないからね。」

コツコツと机を繰り返し叩く信三とは対照的に雪は淡々と言った。

「す、すまない。父ちゃんがもっとしっかりしてりゃあ良かったんだがな。おい、お茶はまだか?」

信三は気が立った様子で台所にいる勘太を呼んだ。

「は、はいもう少しです!すいあせん!」

勘太の慌てた声がむこうの台所から聞こえてきた。勘太は歯並びが悪く、それゆえ滑舌があまり良くなく、いつも謝る時に「すいあせん」といってしまう。また力仕事が苦手なもので材木関係の仕事には携わらず、こうして炊事の方を手伝っている。決して手際が言いとは言えず、いつもこうやってみんなから怒られる。その度に「すいあせん」といって謝るのだ。なかなか愛嬌のある顔で、皆から怒られながらも店の者からは人気がある。

「それにしてもそんなに女が好きなら、さっさと離縁を選んじゃえば良いのに。なんでいつまでもこの家に道広さんはいたのでしょうか?雪さんへの女性としての興味も無くなっていたのでしょう?」

皐のこの発言にはさすがに茜もまずいと思い、

「さ、皐!失礼でしょ!」

と皐月の脇腹を肘で小突いた。

「良いんだよ。本当の話だからね、私に対して興味が無いっては。あの絵を描いてくれたのも随分前だ。最近材木業は儲かってるからねえ。結局ウチで働くほうが金が稼げるから、ウチを出て行きたくなかったんだろ。」

雪は頬杖をつき、伏し目がちに言った。その様子を見て茜もだんだん道広に対して腹が立ってきた。

「最低な男ね!その道広って男は!女を作るわ離縁は嫌だわ、なんてだらしのない男なの!クズね!」

「茜姐さんも結構失礼なこと言ってますよ?」 とツッコミを入れた虎吉に対して茜は即座に虎吉の脇腹にパンチを入れた。茜のパワハラは日増しに酷くなってきていると虎吉も皐も感じた。

雪は続ける。

「今日も表向きは山の手入れをしてくると言って出て言ったんだけど、あの女と密会してるって事はもう分かっていたのさ。」

「死んだ女性、えーと恵美さんでしたっけ?恵美さんとは面識があるんですか?」

皐は2人に聞いた。

「面識はないが素性は知っている。ウチの者に調べさせたんだ。道広の後をつけさせてな。道広とはどうやって知り合ったのかは知らねえが、もうずっとあの女に取り憑かれたようだった。小さい頃から目をかけてやって、こいつならと信用して娘と結婚させたのに・・・。どれだけ娘を傷つけりゃ気がすむんだ!あんなやつ死んで当然だ!」

信三は手を震わせて嘆いた。

「なるほど、信三さんはよほど道広さんの事が許せないんですね。雪さんは道広さんのことについてはどう思っていますか?」

「どうって、別に。何も。まあ、死んでくれて良かったかな。私も次の相手せるし。」

雪も道広への感情はすでに乾いていた。どうでもいい、と言うのが彼女の本音だろう。道広はいくら言ってもあの性格は治らないであろうし、それを分かっていた雪は道広に対して何も期待しなかった。

「なるほど、ではお二人とも十分に道広さん、恵美さんを殺害する動機はありそうですね。」

皐の発言に一同は驚き、一斉に皐の顔を見た。

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