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瀬戸忍者捕物帳 5話 『神室心中』4

「じゃあ決まりですね!この家を徹底的に捜索させて頂きます!うーん、なんか宝探しみたいで楽しいですね、茜さん!」

ワクワクする皐であったが、茜はそんな皐の頬をまたぎゅーっとつねって叱る。

「子供みたいな事言うんじゃない!これは遊びじゃないのよ!」

いつもの茜と皐の戯れを見ていた虎吉だが、内心不安でどうしようもなかった。無邪気に楽しんでいる2人だが、これだけ大風呂敷を広げて、もしもこの屋敷から何も出てこなかったらどうするつもりであろうか?茜は同心の笑い者になるのではないかと本気で心配した。

「ね、姐さん 本当に大丈夫なのか?」

「何言ってんの?早速始めるわよ!あたしはまず一番怪しい台所から攻めるわ。」

茜が言うと、

「確かに台所は一番毒物を隠していそうなところですものね!では僕は別の場所に忍びこみましょう!虎くん、行きますよ!」

と皐は虎吉の手を取り部屋を出て行こうとした。訳もわからず、手を引かれるまま皐月と共に部屋を後にする虎吉。

茜一行の奇妙な行動を見ていた信三、雪、勘太は呆気にとられていたが、やがて住み込みの勘太は片付ける仕事があるからと言ってその場を後にした。信三も付き合いきれないと言った様子で部屋を後にし、庭で働く男達の仕事を監督しにいった。

残された雪はその名の通り冷たい表情で台所を探る茜を注意深く観察していた。雪は茜に近寄り訪ねた。

「ねえ、あんた 本気で私たちを犯人だって思ったるわけ?」

「そんなに気になるの?あれほど好きなだけ探せっていってたくせに。」

茜は振り返りもせず、台所の棚をあさり、毒物を探す。

「まあね。自分の家をこうやって隈なく探されるのは嫌なもんさ。意図しない恥ずかしいもんだって出てくる可能性もあるでしょ?」

「そんな後ろめたい生活を送ってるの、あんたは?」

「別に。どっちかっていうと道広のほうだろ、後ろめたい生活を送っていたのは。浮気なんかしてさ。」

「あんたも辛いこと味わってきだんだね。」

女の子同士の会話が弾んできた。茜も雪の遣る瀬無い気持ちを理解できるのであろう、2人はしばしの会話に花を咲かせた。

「ところでさあ、犯人第一候補は私なわけ?」

雪は無表情に茜に尋ねたが、返ってきた茜の言葉は意外であった。

「ううん、雪さんは犯人じゃない。そうでしょ?」

「えっ?」

意外すぎる茜の言葉に逆に驚かされた。雪は自分が疑われているのだろうとばかり思っていたからだ

「この台所には『アレ』は無かった。やっぱり自分の部屋に隠してるのかな。きっと今頃、皐の奴が真犯人を捕まえている筈よ!」

茜の言葉に雪はますます混乱するばかりであった。


竹田屋の屋敷のとある六畳の部屋にある人物が襖を開けて入ってきた。その者は部屋の隅に置かれた小さな収納箱の前に座った。小さな引き出しから、ある小袋を取り出し、中身を覗いた。小袋の中には白っぽい粉が詰まってあった。その者はその小袋を持ち、窓の方へと近づいた。そして窓からその白い粉を捨てて撒こうとした時、自分の後ろから突如声が聞こえた。

「なるほど、それが恵美さんを殺した妖術の粉ですか。」

その者は心臓が弾け飛ぶほど驚いた。ビクンと体を反応した後、振り返らずに硬直した。

「あなたが犯人だったとは。勘太くん。」
音もなく部屋に現れ、声をかけたのは皐であった。恐る恐る振り返ったその者は紛れもなく、住み込みで働く勘太だ。

「君の部屋に忍び込んだ甲斐がありましたねえ。その袋に入っている物、見せてもらえますか、勘太くん?」

皐はニッコリと右手を差し出したが、勘太は暫く迷った挙句、窓から身を乗り出して外に逃れ、そのまま逃走しようとした。だが窓の向こうの外に待ち構えていたのは虎吉だ。

飛び出してきた勘太の腕を掴み、そのまま前に倒して、その掴んだ腕を後ろ手に回して極めた。虎吉の固め技から逃れられるものはそうはいない。

「暴れるんじゃねえ!観念しな!」

勘太は最初は虎吉から逃れようと抗ったが、やがて体力が尽きて諦めた。

そうこうしているうちに騒ぎを聞きつけた茜と雪も勘太の部屋に到着し、大工達を監督していた信三も虎吉の側へと駆け寄ってきた。

「ちょっと!どういう事よ!なんで勘太を捕まえてるの!?勘太が何をしたって言うの?」

雪は理解が追いつかない。

「やっぱり雪さんは何も知らなかったんだね。と言う事は信三さんも何も知らないと言うことね?」

茜は信三にも確認をとったが、信三は目をパチクリしたまま首を振り、何も知らないと言った。

「どうやら勘太くんの単独犯の様ですねえ。」

と皐が言うと、信三は、

「犯人だって?勘太が2人を殺したって言うのか!?どうやって!?」

信三は何が何だか分からないと言う様子だったが、それは虎吉も同じであった。取り敢えず虎吉は皐から勘太が逃げ出したら捕まえろ、とだけ言われていたので捕まえたが、茜と皐が何を考えているのか全く分からなかった。

「おい!いい加減に説明してくれよ!なんで勘太が2人を殺したってことになるんだ?」

虎吉の頭の上にクエスチョンマークがたくさん浮かぶ。

「正確には勘太くんは恵美さん1人を殺したと言うことですねえ。」

皐は付け加えたが、それがより一層虎吉の頭を混乱させる。

「はあ?どう言うことだ!お、俺にもわかる様に説明してくれ!」

「では説明は茜さんの方から。」

と皐は紳士の様に右手を茜の方へ差し向け頭を下げた。急なリクエストに「なんで私なのよ?」と茜は戸惑ったが、皐は構わず続けた。

「ふふ、今回珍しく茜さんの推理が当たったんですから!その記念にどうぞ詳しい説明を。」

皐の珍しくという部分が妙に引っかかったが、茜はリクエストに応じ一歩前へ出た。

「相変わらず嫌味な奴ね、皐は。まあいいわ、あたしが説明する。まず勘太!あんたの持っているその小袋の中身。それをまず説明しないとね。虎!その小袋をこっちに。」

茜は虎吉に抑えられた勘太の右手に持つ小袋を指差した。勘太の手から無理やり袋を奪った虎吉は、それを窓越しに茜に投げた。袋を縛る紐を解き、中身の白っぽい粉を確かめた茜は、袋の中に小指を入れ、先端にその白い粉を付着させた。そしてそのまま迷いなく茜はその粉のついた小指を舐めた。

「ちょっと、あんた!大丈夫なのかい!?それは毒なんじゃ・・・」

慌てる雪であったが、そんな心配する雪に対して笑顔を見せる茜。

「大丈夫。この毒はあたしには効かないから。」

茜の答えにますます混乱する雪。「どう言うことよ!その粉は一体何なの!?」と詰め寄る雪に返した茜の答えは驚くべきものであった。

「これは・・・なんて事はない、ただのそば粉よ。」

茜の答えに一同ははっとした。信三は思わず出て口を押さえ、息を飲んだ。

「そ、そば粉?まさか 聞いたことがある。蕎麦を食べるだけで息が詰まってしまい、中には死んでしまう人もいるってことを。」

いわゆる蕎麦アレルギーのことである。

「そう、その勘太はこの蕎麦粉を使って、恵美さんを殺害したんだ。あんた、何故かは知らないけど恵美さんの体が蕎麦に弱いことを知ってたんでしょう?」

茜は窓に近づき、窓の外で体を抑えられている勘太に問いただした。勘太は答えず、「うう、うう」っと項垂れているだけだった。

「つまり、恵美さんの体にあった赤いブツブツは、蕎麦を食べる事でおきる発疹だったんだ。」

「ちょっと待てってよ!どうやってその毒、蕎麦粉をあの女に飲ませたのよ!」

雪の問いに、茜に変わって皐が答えた。

「それはおそらく竹製の水筒のお茶に蕎麦粉を混ぜていたんでしょう。お茶であれば2人で共有する可能性は弁当より高いですからね。事実、お弁当の笹の葉は二枚落ちていたのに対して、水筒は1つしか無かった。それにここのお茶は香りが強く、多少蕎麦粉が混じっていてもそうは気づかないでしょう。」

「じゃあ道広は 道広は何で死んだの!?」

この雪の問いに対しては、言葉に詰まる皐はチラリと勘太の方に目をやった。

「うーん、これはあくまで僕の予想ではありますが。」

と断りを入れてから説明を始めた。

「恐らく、勘太くんの狙いは恵美さん一人だったんじゃないでしょうか?だって元々2人を殺すつもりなら、蕎麦粉なんか使わずにもっと確実性のある毒を使えばいい話ですからね。僕が思うに道広さんまで死んでしまったのは、それこそ意図せぬ事故だった。」

皐は窓から取り押さえられてる勘太を見た。

「違いますかねえ、勘太くん?」

皐の問いに、またううっと暫く項垂れていたが、ようやく勘太が口を開いた。

「すいあせん、おいらは道広さんまで死んでしまうなんて思ってなくて・・・」

涙ぐみ始めた勘太に怒りの様相で近づいた信三は、倒れた勘太の頭近くに膝をつき、乱暴に勘太の髪を鷲掴みにし、顔を上げさせた。

「てめえ!なんて事をしてくれたんだ!竹田屋の名を汚しやがって!」

と信三は怒りをぶつけた。

「父ちゃんやめて! お願い、勘太を解放してやってくれないかい?きっちりと目を見て話がしたいんだ。勘太はもう犯行を告白してしまったんだ。今更逃げるってこともないだろ。そうだね、勘太!」

雪の言葉にコクリと頷く勘太。虎吉は勘太を解放してやった。ふらふらと力なく立ち上がった勘太は窓のそばにいる雪に近づく。

「勘太・・・どうしてこんな事を・・・?」

すいあせん、おいら どうしても許せなくて。雪さんを困らせるあの女の事が。雪さん・・・ここのところ何年もずっと笑ってなくて。その原因があの恵美って女だったから、おいらそいつを許せなくて。そいつさえいなくなれば、雪さんを困らせる事もなくなる。だからおいらは・・・おいらは・・・」 

とうとう勘太の目からは大粒の涙がボロリポロリと流れだした。それにつられて雪の目にも涙が浮かぶ。

「あんた・・・そんな小さなことで。」

「小さなことじゃありあせん!おいらにとっては大きな事なんです!だって もう雪さんが悲しむところなんか見たく無かった。おいら、この店にご奉公して、ずっと雪さんにお世話になってた。昔はよく笑っていた雪さんが おいらなんかに優しくしてくれる雪さんが大好きだったんだ!」

「勘太・・・。」

「だけど、 あの女と道広さんが付き合うようになってから、雪さんの笑顔を見ると事が少なくなってきて。ひぐっ!雪さんは それこそ雪のように冷たい表情しか見せなくなって。だからおいら・・・また雪さんの笑った表情が見たいと思ったんだ。ひぐっ!」

「勘太・・・なんて馬鹿な事を・・・」

雪もポロポロと涙を流す。

「あの女さえいなくなれば、雪さんはまた道広さんと仲良くなって、また笑ってくれる。そう思って・・・ぐひっ!でも道広さんまで自殺するなんて思ってなぐで !ひぐっ!ほ、本当に・・・すいあせん・・・!」

「バカね、あんたは ・・・いつまでたっても。」

雪は小柄な勘太の体を優しく包み込んだ。


勘太にとって一番の誤算は、恵美の死を目の当たりにした道広が自ら死を選んでしまったという事だった。2人が共に死んだという知らせを聞いた時、どうしようもない事をしてしまったと思うと同時に、雪の笑顔を見る事がもう絶望的だと分かり、生きた心地がしなかった。それでも自ら自分が犯人ですとも名乗る勇気もない勘太は、おどおどしながらも犯行を隠すことにしたのだ。

「でも、すいあせん、なんだおいらが犯人だと分かったんですか?」

目をゴシゴシこすって涙を拭き、茜の方を見た。

「あの記号よ。」

茜のその言葉を聞くは勘太ははっと口を手で抑えた。

「さっき見せてくれた、あの意味不明な記号のことか?」

信三は茜に尋ねた。

「そう、普通に見れば単なる記号に見える。だけど、あの時彼はお茶をこぼした時、『こんな文字見た事ない』と言った。そう文字と。」

「文字?文字には見えねえが。」

不思議がる信三に茜はさらに説明を加えた。

「あたしも不思議に思った。なんで勘太くんは記号ではなく、文字と言ったのか?それで考えて見たんだ。あの時書いた記号・・・虎、地面に書いてくれる?」

「お、おう。確かこんな感じだったよな。」

虎吉は地面に記号を書いて見せた。

土の上に十の文字をかき、交差する真ん中の部分をささっと手で消し、さらに右下に点々を加えた。 

「普通に見ればなんの意味もない記号に見える。だけど、あの時勘太には別の物が見えていたはずよ。勘太はその記号を斜めの方向から見ていた。虎吉、そこから斜めの位置でその記号を見てみて。」

虎吉は立つ位置を45度ほど左にずらして立った。

「分かる?」

「あっ!これは!」

虎吉は思わず叫んでしまった。

「斜めから見ると、バッテンの真ん中の部分が消えていて、上半分の部分がカタカナのソ、下半分がカタカナのハに見える。そして点々が合わさって、カタカナでソバと書かれていることに虎吉は気がついた。

「そう、『ソバ』よ!蕎麦のことが頭にあって、斜めからその記号を見ると簡単に気付くよね。

「茜さん!よくこの謎が分かりましたね!」

と茜を褒めた皐だが、茜は「あんたも分かっていたんだろ!」と思って素直に喜べなかった。皐も分かってなくて、茜だけこの謎が解けたと言うなら別だが、やはりへらへらしているが、この皐という男の洞察は鋭いと思わざるを得なかったし、茜にとっては悔しかった。茜は気を取り直して、説明を続けた。

「あの時、 お茶を汲む時に、 勘太は斜めからお茶を注いでいた。ハナから蕎麦のことが頭にある勘太はその時にこの記号を真っ先にソバと認識した。だからあの時の皐の問いにも、こんな文字は知らない、という受け答えになってしまった。そして慌ててお茶をこぼし、紙の文字から注意をそらした。そうだね勘太?」

茜の推理がおおよそ当たっていたのだろう、勘太は深く頷いた。

「あんたが 雪さんの事を心配してたのはわかる。でもそれは立派は犯罪よ!決して許される行為ではないわ!」

茜は口調を強めて言ったが、そうするとまた勘太は目に涙を浮かべた。

「わ・・・わかってます。おいらとんでもない事をしちまった。罪を償います。すいあせん。」

勘太は深々と頭を下げた。

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