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牧歌的トルファン、今は昔――米中が歩む衝突への路

 青森県の八戸市を中心とする県南部で広く読まれている地元紙「デーリー東北」。同紙の人気コラムで複数の寄稿者が執筆する『私見創見』を2020年から2カ月に1度のペースで書かせていただいています。第4回は、2020年9月15日付から。「シルクロード」への憧れから学生バックパッカーとなって訪れた中国・トルファンの思い出から、米中対立激化の先を考えました。
(※掲載時の内容から一部、変更・修正している場合があります)

初めて海外に出たのは1991年10月2日、上海から鉄道とバスに乗って中国本土を横切り、パキスタン、イランを抜けてトルコ最大都市のイスタンブールまでユーラシア大陸の大半を横断する旅だった。

旅人はその途中で「沈没」することがある。沈没とは、ひとつの街に長く滞在することをいう。筆者の初沈没は中国新疆ウイグル自治区のトルファンであり、次が同自治区西部にあるカシュガルだった。いずれも、とても牧歌的で異文化情緒にあふれる街並みが一気に好きになったからだ。

どちらもタクラマカン砂漠の外周部にあるオアシス都市。長いポプラ並木では哈密瓜ハミウリ(メロンの一種)を乗せた荷車をロバが引き、横を流れる用水路で子供たちが水遊びに歓声をあげている。ヒツジを乗せたトラクターが猛スピードで走る自動車とぶつかりそうになるが、あまりケンカもおこらない。そんなゆるい空気が流れていた。

トルファン近郊には『西遊記』に出てくる火焔山かえんざんや、後に世界遺産になった交河故城など遺跡も多い。街中は強い日差しをさえぎるため、歩道にブドウ棚がトンネルのように覆いかぶさり、看板に「ブドウ盗むと罰金5元」とあってほほ笑ましい。

漢民族も地元ウイグル族も違和感なく一緒に暮らしている。緑が美しいオアシスは、かくも人の心を癒やすのかと感じ入ったものだった。

そんな思い出の場所に現在も日本人が気軽で自由に行けるかというと、事情は厳しそうだ。

トルファンが今月(※執筆時の2020年9月)、国際ニュースで注目された。米ディズニーの新作映画『ムーラン』の制作に、トルファン市公安当局など新疆ウイグル自治区の8つの政府機関が関与していたと欧米メディアが報じたからだ。

同自治区は、中国共産党政府がウイグル族を弾圧していると伝えられている。英BBCなどによると、過去数年間に収容施設に入れられたウイグル族と他の少数民族は100万人強もいて、強制労働のほか「断種」と呼ばれる不妊手術の強要による民族弾圧などの人権侵害が報告されている。

そんな政府当局に対し、映画のエンドロールで「謝意を伝えていた」と問題視され、人権団体だけでなく欧米の政府・政治家からも反感を食らったのだ。

中国政府はここ数年で、周辺諸国や経済的に影響が及ぶ国に対しての拡大政策を隠さなくなった感がある。

香港の民主化運動弾圧は一段と無慈悲になりつつある。国境に派兵してインドと小競り合いを起こしている。内モンゴル自治区では小中学校の教科書からモンゴル語の記述をなくして中国語に切り替えようとして反感が強まっている。日本政府も尖閣諸島で中国側の領海侵犯が日常化しており手を焼いている。

米トランプ政権(※執筆当時)の対中感情も悪化の一途だ。新型コロナウイルスの発生源として中国を「口撃」したトランプ大統領の発言ばかりでない。7月下旬にはマイク・ポンペオ米国務長官が米カリフォルニア州で演説して中国の共産主義と全体主義を批判、「世界各国が自由(米国)と専制(中国)のどちらを選択するかの問題だ」と世界に呼び掛けた。

この「最後通告」的なポンペオ演説の意味は重く、2020年代は「米中新冷戦」の10年間となる可能性が出てきた。米軍三沢基地との縁が深い青森県南地方も、中期的にはこの流れから影響を受けざるを得ない。

トルファンはじめ「ゆるい」空気が流れていた新疆ウイグル自治区をめぐる状況が30年で激変した原因は、やはり中国政府の「変質」だ。急激な経済成長を背景に、いわば“金持ち”になった中国はその経済的影響力を世界の各地に行使してきた。

当初はビジネス的利得の面で中国に傾倒してきた欧米諸国だったが、力で押し切る中国政府の“覇道”的な政策を疑問視し始め、今や反中国の機運で占められている。

先の大戦から75年を経て、世界は再び「避けられないcollision courseコリジョンコース(衝突する進路)」を歩んでいるように思えてならない。

(初出:2020年9月15日付「デーリー東北」紙:社会状況については掲載時点でのものです)


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