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すぐそこにある《現地現物》 (SS;2,500文字)

このお話は、下記《見える化》の続編にあたります:

ねえ、ターさん、フルーツ盛り合わせ頼んでいい? ……景気悪いこと言わないで、ね、いいじゃない? ……あ、何よ? 誰、あなた? ここは子供が来るようなお店じゃないの。……一緒にいるのは……お母さん? ……どうしたの、ターさん、何うろたえてるの?」

「どうも、お邪魔します。ボクは経営コンサルタントのユウタです。今、オバサンの ── 文字通りの ── フトモモに手を伸ばしている ── 八百屋『八百異』のオジサンの、ここキャバクラ『キャンパス萌えルン♬』における経済活動を《現地現物》でチェックするために来ました」

は、何言ってるか……よくわからないんだけど。で、ボクの横にいるのは?

「クライアントにあたる『八百異』のおかみさん ── 今、フルーツ盛りを頼もうか迷っていたオジサンの奥さんです」

え! ホント? ……ま、いいわ、ターさん……このお客さんは、ただ静かにお酒を飲んでいるだけなんだから……これ! 手ぇ引っ込めなさい! 奥さんの前でしょ! ……ホラホラ、どこもさわっていないでしょ?

「八百屋のオジサン、動揺しないで、落ち着いてください。実は今日、ウチのお母さんがうっかり、オジサンが商店街の寄合だって言いながらこの店に入りびたってるって、おかみさんに話しちゃったんです。で、おかみさん、怒り出しちゃって、もう店番なんかしない、オジサンとも別れるって、すごい剣幕だったんですよ。あ、オジサン、酔っぱらって赤くなっていた顔色が徐々に変わってきましたね。そこでボクが、
『実態を見ないで判断してはいけません。やはり《現地現物》での検分が必要です』
と説得してこのお店に同行した ── そんなわけです」

《現地現物》って何なの? それから、オバサンじゃなくておネエさんでしょ? このお店は一応『キャンパス』ってうたってるの。働いてるのは全員女子大生のアルバイト、っていう触れ込みなんだから……。

「女子大生! ……かなり無理がある設定のようですが、それも経済活動の一環なのでしょう。《現地現物》っていうのは、問題が起こった時に、従来の常識や思い込みを排除するために、何が起きているのか? 何が問題なのか? ── 事実を徹底的に確認する手法です。そのために ── この場合で言えば、ウチのお母さんからの情報を鵜呑みにしないで、実際にこの現場『キャンパス萌えルン♬』に立ち会って、どんな経済活動が行われているか、冷静に調査しましょう、とおかみさんに提言したわけです ── 経営コンサルとして」

へえ、子供経営コンサルねえ。……いいわ、面白そうだから、全面的に協力するわよ。

「ではまず、このお店の前に『セット料金30分3000円ポッキリ』と書いてありましたが、あれは?」

あれはね、ビール1本、おつまみ2品ついて最初の30分間、おネエさんと遊べるっていうわけよ。

「うーん、おつまみは柿ピーのような安い袋物とはいえ、オバ……いえ、おネエさんの時給とこの店の家賃を考えると、それでは赤字のように思いますが……」

そのセット料金はね、いわば『撒き餌』なのよ。30分なんてすぐ経つからね、その後は自動延長で、次の30分は5000円になるわけ。

「ほう……それは、ここに小さく書いてあるだけですか。巧妙ですね」

そう、しかも、セットだけじゃなくて、ボトルを入れるように勧めるわけ。それから、アタシ、おなかすいちゃった、とか、カクテル頼んでいい? とかお客におごらせるのよ。それでほら、これくらいの金額になるってわけ。

「なるほど。でも、お客の側にも予算があるから、そう簡単にOKしないのでは?」

そういう客には冷たくするのよ。ボディータッチも厳しく制限するの。男はみーんなスケベだし、やっぱり女のコに嫌われたくなくって、いいカッコするわけよ。そこに付け込むのがこの商売。そうこうしている間にオヤジたちみんな、酔いが回って正常な判断力を失っていく、って寸法よ。

「いやいや、お見事です! えーと、オバサン、じゃなかった、おネエさんの売り上げと歩合給は? なるほどなるほど……これはすごい! 祖利益率も、収益も、八百屋やってるよりはるかにいい! コンサルタントとして、本日のクライアントであるおかみさんには、転職をおススメします。……トシだからダメだって? そんなことないです、十分イケますよ ── このおネエさんと比べるのは失礼になりますが……」

子供のくせに口がうまいわね。……あれ? あなた? ターさんの奥さん、エミちゃんじゃない? ほら、闇雲中学でテニス部だった……? アタシよアタシ、あなたの2年先輩でキャプテンだった、ミハルよ! 想い出した? ホント、久しぶりね!

「お! 意外な展開! 中学で2年違い? ……ということは?」

そうよう、エミちゃん、あなた、アタシより2歳も若いじゃない! できるわよう、この仕事! え? 何よ、ターさん? ……そうよ、いいじゃないの、歳ぐらい多少、サバ読んでいたって! え? 2,3歳ならともかく、30もサバ読んだら反則だって? あんたねえ、この世界はキツネとタヌキの化かし合いよ! 誰とは言わないけど、この店には私より年長の女子大生だっているんですからね!

「お、開き直りましたね。ともかく、年齢問題はクリアです。お、おかみさん、その気になってきたようですね」

そうしなさいよ! アタシよりきれいだし、若く見えるんだから。この仕事、いいわよう! お酒飲めなくても大丈夫、スケベオヤジたちに気がある素振りして、フレッシュジュース飲みたい、とか、フルーツ盛り合わせ頼んでいい? とかオネダリすると売り上げが上がるんだから! え? 八百屋の仕事、そんなもの、このオヤジに任せておけばいいじゃないの!

「なるほど。ここでおかみさんが働いていれば、オジサンはここには来れない ── この店でお金を使わなくなるし、第一、仕事が忙しくなるから使う暇もないし、いいことづくめですよ! おかみさん、ここで働きましょう! ……あれ、オジサン、帰り支度始めちゃいましたね……」

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