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《絶滅危惧職》保存館にようこそ【2/3】(短編小説;2100文字)

私はサイレント映画の弁士。劇場の仕事はほとんど絶え、国立《絶滅危惧職保存館》に呼ばれ《職業展示》を行っている。

 将棋棋士の次のブースには、間違いなくAIによって《絶滅危惧》に追いやられた職業が展示されている。

「ママ、あの人は? 椅子に座って腕組みしているだけじゃない?」
「えーと、あの人はね……ほら、ここに書いてある……ショーセツカなんですって! お話を作る人らしいわね」
「お話? ……でも、何もしていないみたい」
「そうねえ……今、お話を考えてるんじゃないかしら。あ、ほら、何か書き始めた……と思ったら、まだ腕組み!」
「あんな怠け者がクラスにいたら、間違いなく、ココロ担当のセンセイに個別指導されるわね。アタシたちにも作文の時間があるけど、登場人物やテーマをストーリープロセッサに入れたら即、作文原案が出力されるもの ── 気に入らないところを指摘してまた入れて、10分もあれば完成しちゃうんだから」
「そうよね。ショーセツカってのはお話作るのに時間がかかる上に、意味がわかりにくいし ── 『タイパ』が悪いから、苦労してまで読みたいという人がどんどん減っちゃって……コアなファンがいる、ほんの数人しか残っていないらしいの」
「そんなおシゴト、ゼツメツするはずよね!」
 ブースの外側で交わされる会話が小説家の耳に入らないはずはないが、彼は目を閉じて腕組みしたまま、ほとんど動かなかった。この作家のペンネームと代表作が標記してあったが、少なくとも私は聞いたことも、作品を読んだこともなかった。

 その隣のブースには騒がしい行列ができていた。ここだけはいつも盛況だ。
 30人ほどだろうか、並んでいるのはほとんどが老人 ── おそらく後期高齢者ばかりであり、運営側が手配した椅子にかけ、世間話に打ち興じている。
 ここも、AIによって駆逐された職業 ── 医師のブースだ。

 実際、医師と言う職業は、実質的には完全に《絶滅》していた。
 医師免許を持つ者はいるが、彼らの仕事は患者をAI問診に誘導するだけで、受付業務と何ら変わらなかった。後は、AIの指示に従って看護師や検査技師が採血や血圧などのデータを取り、その数値をまたAIが膨大なデータベースを参照して病名を診断し、瞬時に対処法を出力する。
 医師らしい仕事といえば、AIの指示した処方箋を患者に示し、
「お大事に」
 と声をかけるくらいだった。
 かつては高収入の職業だったらしいが、今は病院での地位は看護師や検査技師より低く、若者の『医師離れ』が指摘されて久しい。── 久しいが、特に何の問題も起きていない ── 必要ないからだ。

「お母さん、この仕事 ── お医者さん? ── すごい人気だね!」
 また、あの小学生だ。
「そうね、どうしてかしら……《絶滅危惧職》とは思えないわねえ」
 そのブースでは、初老の女性医師が、もう80を過ぎているであろう男性患者を診察していた。
「……それでなあ先生、相変わらず、夜中に何度も目が覚めちまってさあ……」
 患者は、彼の日常生活の問題ばかりか、家族や近隣に対する愚痴をだらだらとこぼしていた。
 女性医師は、相槌を打ったり、時折聴診器を形ばかり患者の胸に当てたり脈をとったりしながら、辛抱強く話を聞いている。
(要は、無駄話の相手を求めて医者に来ているのだ)
 女性医師が脈を取る時、爺さんの口もとがほころびるところを見ると、求めているのは話し相手だけではなさそうだ。

 効率第一のAIはもちろん、実態はその下僕にすぎない世のニンゲン医師も、こんな患者は歓迎しない。
 AI問診の途中で、
「診断不可能!」
 と結論付けることだろう。
 かつて開業医の待合室は健康な老人たちのサロンと化していた、と聞いたことがあるが、この保存館では絶滅から守っている。
(人気ブースのはずだよな……でも、ここが医院、相手が医者である必要、あるんだろうか?)

(── 今日はひとつ、《絶滅職ゾーン》に行ってみるか)
 私たち活動映画弁士がそちらに移るのも時間の問題だろう。いや、絶滅職業があまりに多くなったため、《活弁》のように超マイナーな職業は、《保存》の対象外にされるかもしれない。

 スマホで構内タクシーを呼んだ。
 《保存館》はかつての巨大な展示場を利用しているため、とてつもなく広い。VRの普及後、モーターショーもフリーマーケットもバーチャル空間に移行したため、ほとんど利用されなくなった建物を政府が買い上げたのだ。

「どこまで行きましょう?」
 やってきたタクシーに乗り込むと、運転席に人がいて、ギョッとした。
(あ……そうだった!)
《絶滅職ゾーン》の入り口までお願いします。……いや、ひさしぶりだなあ、ニンゲンが運転するタクシーに乗るのは」
「どこも自動運転ですからね。ここだけですよ、《絶滅危惧職》の展示を兼ねてお情けで使ってもらっていますので」
 見事に禿げあがった老運転手は自嘲気味に言った。

 車内ではひとしきり世間話をした。
 自動運転タクシーでも、車内モニターで『会話モード』を選べば運転手と ── 実際はAI相手だが ── 世間話をすることはできる。
 でも、ニンゲン運転手との世間話は ── なんて言えばいいだろう ── 予定調和的でないことが新鮮だった。

「さ、着きましたよ。《絶滅職ゾーン》です」


【3/3】に続く。

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