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言葉のマジック「白タク」と「ライドシェア」

今朝の日経新聞朝刊の記事にインスパイアされました:

政府・与党内で一般ドライバーが乗客を運ぶ「ライドシェア」解禁の議論が急浮上してきた。インバウンド(訪日外国人)旅行客数の回復などでタクシー需要が高まる一方、運転手の減少に歯止めが掛からないためだ。菅義偉前首相や河野太郎規制改革相らが旗振り役を担う。

日本経済新聞2023年9月21日朝刊政治・外交面
ライドシェア解禁が急浮上  タクシー運転手、10年で3割減 需要回復も安全なお懸念 - 日本経済新聞 (nikkei.com)

《ライドシェア》とは、一般ドライバーが自家用車を使って有償で乗客を運ぶサービスです。米国でアプリを使って大々的にこのサービスを始めたUber Technologiesが有名ですよね。

実はあの国の田舎町ではこうしたサービスは昔からあり、例えば、小さな大学町のホテルでタクシーを頼むと、近辺の暇な大工さんや塗装工のようなオジサンが自分のバカでかい乗用車でやって来て、
「え? 空港までかい? なら、$30かな」
などと、別にボルわけでもなく、ほぼ相場の金額で送ってくれることがあります。
そして、タクシーの中では、
「お、日本からかい? コンニチワ! どうだい、クニの景気は?」
など、世間話に花を咲かせることになります。
荷物をトランクに載せてくれるので$2ぐらいチップを渡すと大喜びしてくれました。

要は、《白タク》です。

事業用車の緑ナンバーではなく、自家用車の白ナンバー車を使うことから、こう呼ばれました。

私が《白タク》で想い出すのは、新婚当時住んでいた北松戸で、駅の北側(つまり、松戸競輪場側)の雑踏です:

常磐線で競輪場に来る客は、北松戸駅で降りたらすぐ、帰りの切符を買います ── スッテンテンになっても帰れるように。
レースが終わり、『負け組』はポケットにあるこの切符を使いますが、『勝ち組』は違います

「さあ、船橋方面、いないかいないか、船橋方面、……」
路上駐車した車の運転席から出て特徴的な低めの声で雑踏に呼びかけるオジサンがいます。
「はい、あとひとり、いないかいないか……」
などとも聞こえます。
定員いっぱい詰め込むのが理想ですが、既に車内にいる客を待たせ過ぎてもいけないので、適当なところで発車します。

《白タク》営業はもちろん、当時も違法でしたが、なんだかんだ抜け道があったのでしょう。

脇道に逸れますが、野球場近くには《ダフ屋》という、やはり違法でしたが、指定席チケットを安く買って高く(といってもたいしたことはない)売る人がいましたね。
まあ、今のネット購入チケット転売などと違って、細々としたビジネスだったのでしょう。

悪(非合法)であった《白タク》が、時代の要請と共に善(合法であり救世主?)となる(かもしれない)『価値観の大転換』はたいへん興味深く、かつ、この『大転換』が他国に比べて大きく遅れたところに、この国の政治の特徴があるのでしょう。

ただ、ここで私が関心を持ったのは、『言葉』です。

一般ドライバーが自家用車を使って有償で乗客を運ぶサービス ── 日本ではずっと《白タク》と呼んでいたのだから、その呼称のまま合法化しても良さそうなものですが、やはり『略称感』は否めないし、非合法時代のイメージもある。
《ライドシェア》と、既に海外では巨大ビジネスになっている、ファンシーな舶来言葉を使って議論を始めるようです。

この種の、
名称を日本語から外来語に変えて古いイメージを払拭する
というのはけっこう行われています。

例えば『日本セラミックス協会』という学協会があります。この社団法人は、30年ちょい前までは『窯業協会』という名称でした。
おそらくその改名にあたっては、
「『窯業』っていうとレンガや便器しか連想しない。これじゃ、若い会員が入って来ないよ」
というような(想像ですが)議論があったのではないでしょうか?

某大学工学部の金属材料系の学科も、教養部学生の進学先として不人気に悩んだ末、『マテリアル工学科』と改称し、一躍人気学科に躍り出たそうです。
……なるほど、日本語の『材料工学科』ではそうはいかなかったかもしれません。

当初はファンシーなイメージだったけれど、実態が知れ渡るにつれて《賞味期限切れ》になった言葉もあります。

自動車はかつて『マイカー』のように『カー』をやたら使っていましたが、これも使われ過ぎてダサいイメージになったのか、最近では『ヴィークル(乗り物)』をよく見ます。

一時期使われていた、《援助交際》は、実態に伴い、次第に古臭く(=ダサく)非合法なイメージに変化していったためか、《パパ活》という新語に置換されました。この言葉もいずれ寿命が来ることでしょう(もう来てるかな?)。

ある行為に言葉をあてはめた後、行為の範囲がどんどん膨らんでいくこともあるでしょう。

例えば、《いじめ》という言葉。
昔から使われていましたが、なし崩しに範囲を広げた結果、何度も暴行を受け100万円以上の金額を脅し取られ自殺した中学生に関しても、いつまでも《いじめ》というあいまいな言葉で報道されていました。やはり『暴行傷害』『恐喝』という用語を使うべきではなかったでしょうか。
教師も指導段階からこうした用語を使っていれば、早期に警察を介入させることができたのではないか。
3人の男に川に突き落とされ溺死した若者に関しても、
『普段から《いじめ》を受けており、《いじめ》がエスカレートした』
と報道されていましたが、この『広すぎる』言葉を安易に使うのではなく、その中身を取材して適切な用語で記述すべきだと思うのです。

白タク/ライドシェア記事からここまで話が来たのは、さすがに『広すぎる』かもしれませんね。

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