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デカダンス/憧憬



東京はいずれ海になる。
ペトリコールは破滅の匂いがして、この季節は私にある種の安心をもたらす。
白濁した夜に、生温い風を受けながら屋上で煙を吐く。
ざあざあ。
やっと終わるかもしれない。
このまま雨が街を侵食し、灰色のビルは風化してゆくかもしれない。
あの赤い点滅は今一体何を示すのだろうか。
生命の浪費が生む、地上の星。
光が滲み出して、私は妙に浮かれている。
ジーン・ケリーなら、きっと雨に唄うだろう。

近頃、名ばかりの太陽は熱を増すばかりであった。

晴天、赤い広場。
鐘が鳴っている。
光を浴びた英雄は干からびた死体の上に立ち、讃えられている。
それはまるでドラクロワの絵画のようで、ショパンのポロネーズでも聴こえてきそうである。
あんな曲は嫌いである。
私は今にも干からびて、英雄の下敷きになってしまいそうだ。
しかし愚かな人々は名ばかりの太陽を讃え続けた。
英雄は尚も講釈を垂れた。

いよいよ異常気象を来し、大洪水がやってくる。

花束を受け取る時、この星の裏側に銃声が鳴る。
理性の囚人はこんなことを考える。
私は脆弱である。
愛と金は私を悪人にするので、恐ろしい。
争いの産物は、美しくとも醜いものばかりである。
私は頂を忌避する。
嗤えばよい。
いずれにせよ、東京は海になるのだ。
私と文明の贖罪。

波の音を聞いて、民衆は屋上へ登った。
深い青がざわめく視界で、光が渦になる。
濁流はまるで総てを孕んだ羊水のようで、都市を呑み込もうとしている。
温かくて、暗い。
ざあざあ。
何故か故郷の山河を思い出した。
赤い点滅が遂に皆、途絶えた。
方舟も不要だ。


沈む文明を眺めて
最後の晩餐も終えましたから
ガーシュウィンに葡萄酒を頂戴
雨に唄い、雨に踊るわ
血が雨になるまで
心臓が樹になるまで

東京が海になるまで

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