ロマンポルノ無能助監督日記・第4回[根岸組『情事の方程式』で優秀な助監督と思い込みながら初日に忘れ物をする]

僕は、「根岸組」サードに編入されて台本をもらった。

ナゼ映画のタイトル『オリオンの殺意・情事の方程式』じゃなくて、監督の名前に「組」を付けるだけなのか、ヤクザから由来でもあるのかよ、と不思議に思ったが・・・

ひとつの撮影チームには、それぞれの「部」がある。
ロマンポルノの「組」では、「演出部」が、監督、チーフ、セカンドと続き、通常は、助監督が二人しかつかない。

「根岸組」は、セカンド那須博之さんで、チーフは上垣保郎さんだが、上垣さんは根岸監督より先輩で、二歳年上なのだが、もっと上に見えた。
見習いとしてのサードがつくのは、その組が優遇されている、と言える。

撮影部⇨森勝カメラマンと助手3人。照明部⇨田島武志技師と助手5人。
制作部⇨主任の山本勉さんと助手の制作進行。特機部⇨田中じっちゃん。
美術部⇨菊川芳江デザイナーと現場の組付助手。
装飾部⇨蔵(くら)さん。衣装部にヘアメイク。
で、現場にはいつも20人以上のスタッフが常時、いる。

プロデューサーは岡田裕さんだが、常に現場にいるわけでは無い。

あ、あ、あ・・・スクリプターの白鳥あかねさんを忘れてはならない。
あかねさんは「スクリプターはストリッパーではありません」という本を上梓されている。

この本のタイトルは、あかねさんの師匠である秋山みよさんが、あかねさんのことを叱った言葉で・・・秋山さんは衣笠貞之助監督のスクリプターだった。
スクリプターには「部」はないが、演出部に属していると言える。
監督のお守りでもあり、お目付けでもある、という感じだ。
現場のいろいろを記録し、いろいろを良く見ている。

聞くと、秋山みよさんは、溝口健二と衣笠貞之助先生のセットを「譲れ」「譲らない」のケンカの場面を目撃していて・・・秋山さんが「先生」と呼ぶのは衣笠貞之助のことで、ご自身も女学校の先生から撮影現場へ・・・
・・と、どんどん脱線してゆくから元に戻す。歴史は深い。

とにかく根岸組で最初にお世話になったスクリプターは、白鳥あかねさんだ。

広い制作部の部屋。
制作デスクの背後にある大きな黒板には、磁石付きのネームプレート「根岸組」が貼られ、その右側に、社員スタッフ名のプレートがペタペタ貼られてゆく。

監督の名前に「組」の付いたプレートは20枚くらいあって、黒板の右側に固まっている。この人たち=契約監督たちは、今は休んでいる訳だ(いや、脚本作ったりしてるのだろうが、僕らには何しているのか分からない)。

いつも、4、5組が稼働しているから、そのぶんのスケジュールが黒板に一目瞭然となっている。

縦書きのスケジュールカレンダーに白墨で記入されるのは・・・
準備(2週間以内)で、「イン」(撮影2週間)で「アップ」。
AR(アフレコ)2日間〜編R(編集ラッシュ)二回〜総R(オールラッシュ)〜効果〜選曲〜FB(フィルムダビング)二、三日空けて、現像所での0号、撮影所での初号。
というところまで書かれてあって、これで、1ヶ月先くらいまでの人生の予定が我々社員には分かる、という訳だ。

売れてる監督は年に4、5本撮るから、タイトルは邪魔になる訳か、なるほど、やっと分かった、それで「組」か・・・

「上垣さんは醒めた人で、ボソボソと聞き取りにくい喋り方で面倒臭そうに話す」
と、描写しているサード(僕)が向こうを見ると・・・

根岸吉太郎監督が現れた。

入社四年目で監督昇進!
まだ、チーフ助監督を『危険な関係』一本しかやっていない。
というか、監督昇進が決まったので、会社が慌てて師匠筋の藤田敏八監督作のチーフにつかせた、という噂である。
浅草木馬館を運営していた根岸興行の息子だとか聞いても、良く分からない。
「血筋がいいから出世が早いんだよ」と言ってるスタッフもいた。

「根岸監督もやはり醒めていて、銀座の洋服屋の兄ちゃんのような感じの人である。肩に力は入ってないが、やる気があるのか無いのか疑いたくなってくる」

って、また、すいません・・・こんなこと書いてるんですねー(汗)

みんな熱く、懸命にやってるけれど、それを敢えて表には出さないようにしているのが、入ったばかりの僕には分からない。

那須さんだけが、熱く見えて、他の人は、「醒めて」たり「疲れて」たりしてるように見えていたのだな・・・
みんな「仕事なんだから」という気持ちで、日常的にわざわざ熱気を発散する必要も無かったろう。

だが、那須さんは、いつもいつも熱気を発散しているようで、「俺たちはすげー面白いことをやってるんだ」という顔をしていたのだった。

この時、同期の瀬川正仁は、小原宏裕組・団鬼六原作『縄地獄』についていて、帰りに調布でビールを飲むと、「現場でしゃっくりが止まらない」と言っていた。
ずっとセットの片隅で緊張している、と。

普通はそうなのかも知れない、俺は図々しいのかな、と思って瀬川を見た。
爪を噛んでいる。2歳年上だが、同じ年のように感じた。

翌日は、渋谷のキティミュージックに台本を届けるように言われて、受付に届けた。初仕事だ。
音楽の浅岡典史さんが、キティの人だったからだろうか。
撮影所に帰って衣装部に上がり(二階にある)、主演の山口美也子さんの衣装合わせをした。

した、というか、まだ見学してるみたいなものだが、セカンドの那須さんが、衣装部と相談して、前もって奥の衣装倉庫から出して来たものを山口さんに着てもらって、根岸監督にプレゼンし、説明して決めてゆくが、なかなかハッキリ「うん」とは言わない監督。
僕は、決まったものを、自分の台本に書き写すだけだ。
「○シーンから○シーンは、赤のワンピース」という具合に。

衣装部にあるものだけでは足りないので、翌日、伊勢丹での買い物に、那須さんと山口さんに付いて行った。
伊勢丹の店員に、映画の撮影なんだぜ、と自慢したかったが、何も聞かれない。

山口美也子は、曽根中生監督『新宿みだれ街・いくまで待って』で日活デビューした演技派。自由劇場出身だ。
ふわっとした髪を、首の動きでゆする仕草がなんとも色っぽい。
このような女性と、今までの人生で会ったことは無い。

決定稿を届けて、夕食もご馳走になったというご恩も忘れられない。

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更に、大島渚監督の映画やTVの悪役で良く見ている戸浦六宏さんの衣装合わせ。・・・声の迫力、すごいな・・
「初めてなんだって?フフ」
と優しく声をかけられた。
そのフフはなんだ・・・頑張れ、か?
いろいろ聞きたかったが、その余裕は無い。
お会い出来たのは、この映画でだけ、である。

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男の主役の加納省吾くんは、これから売れそうな感じがするハンサムガイ。
撮影中に、どうして俳優をやろうと思ったのか聞いたら、
「やっぱり、金ですかね」
と、爽やかに言っていた。嫌味がまったく無かったが・・・
この後、何本か出て、いつの間にか見なくなった。

画像3

那須さんに連れられて、撮影所の奥の装飾倉庫に行くと、「蔵ちゃん」と那須さんが呼ぶオッさんというかアンちゃんというか、まさに裏方という感じの人に紹介されて、倉庫から小道具を調達に行く。
本名は小俣蔵之介さん。
那須さんは「じゃあ、あとは蔵ちゃんと打ち合わせするように」と言って、去って行った。

セカンドは衣装を担当するが、サードは小道具を担当。

加納くんの友達役の松風敏勝が、バイクに加納くんを乗せるシーンがあるので、バイク用の風防グラスが必要になる。それを見つけて、根岸組の棚に置く。
この当時は、バイクに乗るのにヘルメットは必ずしも義務では無かった。

後から、那須さんから「蔵ちゃんが、あいつ初めてじゃないだろ、って言ってたぜ」と言われて、ムフフと嬉しくなった。
そう、映画は初めてじゃないんだ、俺は。
8ミリの監督を7年もやってるんだからさー。
「優秀な助監督」という言葉が脳裏をよぎっていた・・・

『情事の方程式』のストーリーは・・・

朝、俊彦(加納省吾)の部屋に、父の後妻・麻子(山口美也子)が色気ムンムンで起こしに来る。胸の谷間を近づけて・・・
父は宝石商・浩三(戸浦六宏)で、離婚した前妻・僚子(根岸明美)の店に、俊彦は遊びに行って父のことを話したりしているが、特に実母に思い入れがある様子では無い。

俊彦は、麻子が自分の日記を読んでいることを知っている。
セロテープを机の裏に貼っているのだ。
が、麻子が男とホテルに行ったのを目撃したことは書いていない。
俊彦は「浩三を殺す」と、日記に書く。本気かどうか分からない。
それを読んだ麻子は、愛人の北畠(古川哲晶)に、その日に合わせて浩三の殺人を依頼して、俊彦の日記を証拠にしようと計画する・・・

俊彦の趣味は、「ライトプレーン」とか「インドアプレーン」とか呼ばれる、室内をゆっくり、ふわふわ飛ぶ模型飛行機だった。

この模型飛行機の先駆者である野中繁吉さんのお宅へ、撮影に使わせてもらう飛行機を取りに行く、という役目をもらって、組み付きのドライバー比嘉くんの車で行き、帰って来たら、もう翌日はクランクイン。

那須さんから「明日は初めてのロケーションだからな。忘れ物をしないように」と言われ、「はいっ!」といい返事をした。

だが、バイクの風防グラスを忘れた。

何故忘れたのか・・・
42年経ってから推理すると、翌日に予定しているシーン数は3シーンくらいのもので、全く多くなかったが、シーンナンバーを見落としていたんじゃないかと・・・「優秀な助監督」という言葉を頭で繰り返しながら・・・

クランクインの一番ては、渋谷の道頓堀劇場であった。

ストリップショウを見に来た敏彦が、トイレで奇妙な女、紋子(亜湖)に出会う。

トイレの一部は、撮影所でセットを組んだ。

亜湖さんは、『星空のマリオネット』で、鮮烈なイメージだった。
なんと日活でヒット中の『桃尻娘』はまだ見ていなかった。

「奇妙な女」というのが似合う。エへへー!と笑ったり、不可思議なポーズをとったりして驚かす。
ギリギリにキャスティングが決まったか、お使いに行って立ち会ってなかったか、で、衣装合わせの記憶が曖昧だ。

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朝のロケバスで隣の席に座った最初の女優さんで、緊張したが、少しは会話も出来て嬉しかった。
肌が真っ白だったのを強烈に覚えている。

道頓堀劇場では、歌謡曲に合わせて、本物のストリッパーさんが着物を脱いでゆくシーンを撮っている時は、ボーッと見ていただけだった。

カメラ切り返して、それを見ている敏彦、というショットの時は、加納くんに、そのシーンのシチュエーションを説明していると(台本をそのまま説明していただけだが)、根岸監督が来たので、譲って、後ろに下がった。

その時、この次のシーンがバイクのシーンだと分かり、ドキっとなり、蒼ざめた。
風防グラスは・・・?
蔵さんに聞いたら、「(装飾トラックには)のせてねえよ、おまえから聞いてないからよ」と言われ、ゾッとなったまま、那須さんに報告したら、

「だから言ったじゃねえか。自分でなんとかしろよ」

とガツンと言われ、それはチーフ助監督に報告すべき事柄か、と思ったが、上垣さんが怖かったので、根岸監督の方が優しいと思い・・・

加納くんに指導しているのを一時休んでいるように見えた監督に・・・

「あの、監督、すみません。次のバイクのシーンで、友達のバイクの風防グラスを忘れてしまいました。すみません」

根岸さんは黙っている。
僕の方も見ようとはしない・・・
これは、言う相手とタイミングを間違えたんだな、とさすがに分かった。

「すみません」
とまた言って、再度、蔵さんに言いに行ったら。

「買ってこい」
と言われて、金を渡された。5千円だったか・・・

劇場の表にいる山本勉さんに、バイクの風防グラスを売っているところが無いか聞いて、焦って渋谷の街を探し回ったら、意外に早く眼鏡屋で見つかり、道頓堀劇場からの移動時間には間に合った。

バイクの走りのシーンは、撮影車での「引っ張り」で撮ったので、助監督は必要ないから、その場にはおらず、その間、スタッフと一緒に待っていた。
2時間くらいかかったろう。
ドライバーの比嘉くんの、芸能界の裏話を聞いて、ちんたら面白がっていた。
助監督って、意外と暇だな・・とか、思っていたのか・・・

完成した映画を見ると、ワンカットだけ、バイクで風防グラスを付けた友人が、後ろに敏彦を乗せて走っている。
見る度に、思い出す・・・

忘れものをした日のことを、というより、クランクアップして、アフレコの日に、吉祥寺で根岸さん、上垣さん、那須さんらと飲んだ時のことを・・・

「初日さ、俺が最初のカットを考えてる時さ・・」
と、根岸さんが言い出した。
「金子が、バイクのグラス忘れました、って言いに来てさ・・・」
と言われるまで、そのこと自体を忘れていた・・・
「なんだっつうんだよ、俺がコンテ真剣に考えてる時にさ・・・だから、こいつ殴ってやろうと思ったんだけどさ・・」
え、え、え、・・・汗汗汗・・・
「新人監督が、撮影初日に、新人の助監督殴った、って言ったら、それでもうお終いじゃん、この組はさ、だから、やめたんだよ」

背筋がゾォーっとなりました。

上垣さんが
「わかったろ」
と言い、那須さんは、
「そういうもんなんだよ、な」
と言って、ニヤッとしたのだった。

「な」というのが優しいので、出社拒否にならず・・・てゆうか、みなさん全員、優しいです(涙)。


・・・to be continued

(以下は『情事の方程式』スケジュールと次回予告/チャリンの方見れます)

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