見出し画像

炎の魔神みぎてくんキットバッシュ 5.「みなさん一応…コンバージョンの範囲で」

5.「みなさん一応…コンバージョンの範囲で」

 さて、ことがこういう状況になってしまうと、コージたちももう少し積極的に動かざるを得なくなってしまった。もちろんポリーニやシュリの参加を阻止するとか、お店のほうに手を回すとか、そういうネガティブな方法はタブーである。なにせ魔神は今回ネットで注目のキャラなので、下手なことをしようものなら、それこそ(善悪はともかく)晒されてしまいかねない。となると、三人にできることはコンテストに参加しつつ、ポリーニたちのトンでも作品についてこっそり警戒しつつ、何とか丸く収める方法を探るしかない。それこそ脳筋魔神であるみぎてでなくても、難易度が恐ろしく高い話である。
 幸いディレルは先行してお店の人や常連さんとコンタクトをとっているので、多少は事前工作が可能である。といってもできることといえば、「結構とんでもないギミックを仕込むのが好きな人が参加しますよ」とか警告を流すぐらいであるのだが…

「コージ、みぎてくん…もうヤケになってきましたよ…」
「ディレルがヤケって相当だよな。俺さま、時々見るけど…」
「…まあそうですけどね」

 基本的には穏やかなディレルだが、実は年に何回かはヤケになる光景がある。つまりコージたちの講座ではディレルの頭が痛くなるようなドタバタが年に何回かあるという意味である。

「で、どうしたんだよ、あの話だろ?」
「昨日ちょっとショップ行ったんですけど…心配するの、意味ない気がしてきたんですよね」
「えええっ?」

 ディレルの爆弾発言にコージもみぎてもさすがにびっくりする。基本心配性のディレルが「心配しても意味がない」と言い切るということは、それなりにぶっ飛びな事態が起きているということである。

「コージたちはまだ知らないと思うんですけど、実はショップの常連さん…けっこうヤバイ人が多いんですよ」
「え…」
「ポリーニの珍発明品に匹敵って意味なのか?」

 目を丸くした二人に、ディレルは何とも言い難いという表情になる。

「まあ…そういえないこともないというか、もちろんああいうはた迷惑なギミックはないと思うんですけど、みんな個性豊かだから…ポリーニの発明くらい平気かもしれない…」
「マジ?それある意味すげぇ!」
「…個性豊かってすごく抑えた表現だな」

 どうやらアウトプットの形式は違っても、あそこの店にいる常連たちは多かれ少なかれ「マニア」らしい。そんな中に発明マニアの二人が作品を提供した場合、出てくる答えは大うけである。正直心配するのがあほらしくなるわけである。コージにはディレルがこんなことを言い出す理由が手に取るようにわかる。つまり…

「もしかしてディレル、昨日ショップでポリーニの話、してみたんだろ?」
「まあそうなんですよね…」
「で、みんな大喜びというか、期待満々って反応だったんだろ?」
「そうなんですよ」
「それどころか、対抗してみんな何作ろうかとか、そんな話で盛り上がったんだろ?」
「…よくわかりますね、コージ…」

 いつものディレルの話の持って行き方から想像する限り、事の深刻さがしっかりと伝わっているかどうかは若干の疑問の余地がある。育ちがいいというか、おっとりした性格のディレルだから、こういう肝心の話を穏やかに説明してしまっている可能性は大いにあり得る。こういうところはもう少し大げさに話したほうがいいような気もするのだが、こればかりは性格も絡んでいる話なので、どうにもならない部分ではある。いずれにせよ、今回はさすがにコージも一度お店の様子を確認したほうがいいかもしれない。

「まあ一応俺たちも、今日の帰りにお店寄ってみるよ。店長さんにコンテストの話とか聞いてみたいし、それに…」
「ちょっと僕が頭痛くなった状況を確認しておきたい、ですよね」
「まあそういうこと。さすがにね…」

 まあこの辺は長年の付き合いということもあって、お互い何を考えているかはすぐわかるわけである。

*     *     *

 その日の夕方、コージは早めに作業を済ませ、定時ぴったりに講座を後にした。もちろんみぎてとディレルも一緒である。ポリーニにも(一応儀式として)声をかけたのだが、野暮用があるとのことで、遅れてゆくという話になった。まあ今回はできればポリーニのいない状況で調整をしたいので、そのほうが都合がよい。多分三十分くらいは相談する時間があるだろうというのが、コージの予想である。
 前回と同じく大学帰りなので、時間的に大急ぎだという状況は変わらない。ディレルが青息吐息になる状態も同じである。出迎えた店長さんが苦笑するところまで同じになってしまうのは必然だろう。

「あ、魔神さんたち、いらっしゃい」
「ちーっす」
「こんちわー」

 前回来た時には余裕がなくて見えていなかったのだが、店には今日も常連さんらしき人が数名いる。種族も結構まちまちで、奥の対戦コーナーではオーク族とドワーフ族のおじさんが対戦中である。手前のペイントコーナーでは熊人族らしい獣人族のペインターさんが、熱心に何かをペイントしているという状況である。皆熱中しているのか、魔神が店内に入ってきてもあまり注意を向けているようではない。コージ的には結構びっくりする状況である。

「みんな熱中してますね」
「ははは、ポリーニとかも熱中してると、いつもあんな感じだぜ。」

 魔神はどうやら「注目される」のも「スルーされる」のも慣れているらしく、あまりこの辺は気にしていないようである。
 さて、店長さんはにこにこ笑ってコージたちに話しかけてくる。

「どうです?その後、ペイントとか進んでます?」
「あ、はまってます。いろんな意味で…」
「まあそうだよな…はまってる状況だし」

 フィギュア沼にはまっているというか、発明品問題にはまっているというのか全く区別がつかないのだが、表現としてはおおむね間違いない。

「まあまとまった時間がなかなか取れないから、塗るのちょっとづつなんだけど、隙間の時間でもできるのがいいよな」
「ですよね、僕もそれで続いているんですよ」

 魔神の意見にはディレルやコージも納得である。いつも忙しいコージたちなので、隙間時間でちょっとずつでもできるペイントは、息抜きとしては非常にいい。

「まあ先日お買いになった部隊が塗り終わったら、また是非来てください。今度は自分のアーミーですから楽しさも格別ですよ」
「おっ!やりたいやりたい!」
「僕もポイント合わせて部隊持ってこようかな。せっかくですからね」

 早速次回の話になって盛り上がる一行である。このあたりは何の問題もない。ディレルも今まで塗ってきたアーミーで参加表明である。ポイントというのは、ゲームバランスをとるためそれぞれのフィギュアについている点数のことだろう。当然強い部隊ほど高いポイントなのである。
 さて、ここまでは無難に雑談をしているコージたちだが、当然ながら肝心の問題は忘れるわけにはいかない。というか遅れてくるポリーニが登場する前に、少しでも話をしておかなければならない。

「あ…ところでディレルから聞いたんですが…ペイントコンテストの話」
「あ、興味あります?ぜひ参加してくださいよ」
「コンテストってなんだか難しそうだよな。みんなすごそうだしさ」
「大丈夫ですよ、初心者部門もありますし」

 実は三人の間ではコンテストとか初心者部門の話については、すでに確認済みである。それでもみぎては「初めて知った」と言わんばかりのセリフを言うのは、期待通りの単細胞魔神像を演出する高等戦術、「ネットで何を流されるかわからない」魔神なりの芝居である。まあ十年近く人間界で生活していると、いろいろ覚えるものである。

「えっと、気になってるんですけど、初心者って条件とかあるんですか?」

 コージは一番引っかかっていることを質問した。実は今回のペイントコンテストだが、条件としてあるのは「ホビーショップ・工業惑星」で売っている、ミニチュアゲームのフィギュアであること、だけである。参加条件がなにかあるわけではない。ましてや初心者部門の「初心者」という条件だが、ゲームを始めて1年以内とかそういうルールが明示されているわけではなさそうである。一番難しいのは「ミニチュアゲームは始めたばかりだが、プラモのペイントは十年選手」とかいう人をどう扱うかである。というか、このゲームを始める人の半分くらいそういう人ではないかという気がする。そうでなければそもそも興味を持たないように思える。(ちなみに残りの半分は、プラモは全然経験ないが、ボードゲームは大好きというタイプである。)
 案の定店長さんの返事はこうである。

「あ、まあ自薦というか、私が納得すればですね」
「…やっぱり」
「境界線があるものじゃないですからねぇ」

 まあ初心者とかいう称号は車の免許みたいな決まりごとがないかぎり、定義が曖昧なのはしかたがない。主催である店長さんの判断でというのは適切だろう。

「まあ僕は無理として、みぎてくんが微妙なところですね。銀細工とかうまいし」
「ペイントはやったことないけとさ。まあ俺さまあまりこだわってないんだけど」

 みぎて本人としては、初心者部門にエントリーできるかどうかは、あまり気にしていないらしい。単純にペイントが楽しいということなのだろう。大変素直でお祭りを楽しむ正しい姿である。
 さていつまでも雑談というわけにはいかないので、コージは肝心の話を切り出す。

「ところで…大学で聞き付けたんですが、お隣の講座のシュリ先生がなんだかコンテストに参加するって…」

 ところが店長の返事は意外なものだった。

「え?シュリ先生?誰だろうそれ…」
「モシャモシャ頭の、痩せた変人博士」
「コージ、手厳しいですねその表現…」

 ところがコージか極めて正確な形容をして、シュリのことを説明したにも関わらず、店長は思い当たるキャラがいないらしい。あれだけ特徴的な人物だから、魔神並みにインパクトが強いはずである。ということは、まだ話が来ていないということなのかもしれないが…

「その方もモデラーとか、ペインターの人なんですか?なら大歓迎ですよ」
「まあ…立体物にはやたら強いな」
「ヤバイ立体物だけど…」

 コージは渋い表情でディレルにいう。さすがにシュリのやばさをなにも知らない人に伝えるのは難しいからである。単純にここで過去の実例を話しても、とても信じてはもらえないような気がする。
 とはいえ何も言わずにすごすごと帰ると、何のためにショップに来たかわからない。コージはもう少し切り込んでみることにした。

「えっと、あと質問なんですが…改造って良く聞くんですが…」
「あ、キットバッシュとかですね。みんな普通にしますよ」

 店長さんはにこにこ笑いながら答える。そして近くのショーウィンドウを開けると、中からジオラマつきのフィギュアを取り出す。主砲が二つついた戦車の上に、何人かのキャラが乗っている作品である。見ただけでもワクワクするような臨場感で、まだあまりペイントの経験のないコージでもそのすごさがわかる。コンバージョンはパーツを多少入れ替えるくらいだが、キットバッシュというのはもっと大々的に改造したり、複数のプラモデルを合体させるような大掛かりなものをさしているようである。

「こういうやつですよね。この武器や戦車はもともとこのフィギュアのセットのやつではないんですよ。あと、当然ですがジオラマなんかは自分で作りますよね…」

 店長さんの説明にコージはうなずくしかない。やはりどうもフィギュアの改造とか、ジオラマの自作は全く普通にやるものらしい。ということは、ポリーニやシュリがとんでもない発明品をフィギュアに仕込んでも、ルール的には全く問題ないということになる。

「いやまあ、といっても制限はありますよ。要項にかいたんですが…元々のフィギュアがなんだったのかわかる範囲でとか、極端な十八禁でないこととか…」

 やはりフィギュアといえば美少女エロがつきもの…ということで、どうやらこんなバトルゲームのフィギュアでも、人によっては十八禁にしてしまう人がいるのだろう。ちょっと見てみたい気もするコージだが、一応マナーとして口にはできない。ところが…

絵 武器鍛冶帽子

*     *     *

「でもそれってちょっと残念じゃない?あたしそういうのも見てみたかったのに」
「えーっ?さすがにポリーニにばれたらなに言われるか…ってポリーニいつの間に!」

 驚いてふりかえると、そこには三つ編みヘアーの女子がにやにや笑いながら立っている。遅れていたはずのポリーニが、早くも到着してしまったのである。こうなるとさすがに彼女の発明品が危険だなど、ストレートには言い出せない。
 やむなくコージはもう少し一般化して話をすることにした。

「えっと、今、店長さんにコンテストの制限事項とか聞いていたところ。改造とかはオッケーだけど原型を残すこととか…」
「だいたい聞いてたわよ。完全オリジナルじゃメーカーも困っちゃうし、まあ趣旨は判るわ」

 説明しながらコージはドキドキしている。序盤のシュリの話を聞かれていたらと思うと冷や汗ものである。いや、今の時点でもシュリの話が出ようものならポリーニがヒートアップするのは確実なので、決して油断してはいけない。

「まあそうですねぇ。あとは十八禁の話でもお分かりいただけるとは思うのですが、この店に来るお客さんは、いろんな種族や性別のかたがおられますので、皆様が不快にならないよう気を付けていただければ大丈夫ですよ。」
「あ、それは大事だよな。俺さま結構そっち系で痛い目見たことあるからわかるぜ」
「さてはみぎて、つい口を滑らせて失敗したとかだろ?」
「それそれ!結構やらかしてる」

 前にも触れたが、魔神はこう見えてもコージ達よりはずっと年上(百二十歳くらい)なので、いろいろ魔神人生で失敗もやらかしているらしい。ついうっかり失言して怒られたり泣かれたり…いや、みぎての波乱万丈な冒険談をたまに聞いているコージは、みぎての失敗がもっとひどい結果…けが人や死人が出るレベル…を意味しているのも想像がつく。にこにこ笑っている炎の魔神だが、結構言っていることは重いのである。…もっともそれがみぎてがフェミニストの傾向がある原因なのかもしれないと思うのだが。

「それは大事よね。女性蔑視とかそんな作品だったら、あたしだって腹立つわ。まあ解釈がいろいろあることもあって、簡単じゃないんだけど…」
「その辺はまあ、事前にお互い確認しましょうよ。自分で見ていても気が付かないこともありますし」

 ディレルはすかさず「事前チェック」を提案する。作品を店に出す前に、事前チェックをして「危険な発明品」だけは阻止してしまおうという、素晴らしいアイデアである。表向き「問題のある表現の有無」の確認という名目なので、非常に当たり障りがない。
 さしものポリーニも今回は同意である。

「そうね、今回は納得。じゃあ提出前に相互事前チェックね。うふふ、燃えてきたわ!」

 話がだいたい決まってきたということで、ポリーニはなんだか上機嫌である。ディレルとコージ、みぎての三人は、妙な盛り上がり方の中に漂う危険の匂いに顔を見合わせる。
 そして案の定、コージの恐れていた最悪の事実が明らかになったのである。

「シュリも出るって聞いた以上は、後には引けないじゃない!もう、ブリブリにすごい発明品を組み込んで、みんなをあっと驚かせてやるわ!」
「…やっぱり知ってた…」
「まあそんなことだと思いましたよ…」

 ポリーニの「発明品」のリスクを全く知らない店長さんだが、彼女の変な盛り上がりにさすがに一抹の不安を感じたのだろう。苦笑しつつ、一言だけ言った。

「えっと、みなさん一応…コンバージョンの範囲でお願いしますね」

 コージやディレルは、店長さんの一言が哀願のように聞こえたのはいうまでもない。

(6.「ここで俺さまたちがなにもしないで帰ろうとしたら」へつづく)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?