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炎の魔神みぎてくんキットバッシュ 6.「ここで俺さまたちがなにもしないで帰ろうとしたら」

6.「ここで俺さまたちがなにもしないで帰ろうとしたら」

 さて、さすがにこうなってしまうと、コージたちも本気を出してコンテスト用の作品を作ろうということになる。まあとはいえ、コージにせよみぎてにせよ、ペイントに関しては初心者なので「参加することに意義がある」というか「ポリーニの暴走を監視するために参加する必要がある」という状況である。

「みぎてくん、コージ、どう?決めれそう?」
「俺さまは予算内だと…これかなー」

 数日後、コージとみぎて、ディレルの三人はコンテストに出すためのフィギュアを選ぶため、ショップに顔を出した。もちろん先日買ったゲーム用のフィギュアでも構わないのだが、コンテストに出してしまうと一月くらいは投票のために展示されてしまうので、その間ゲームができないということになってしまう。そういうわけで、コンテスト用に別途フィギュアを一体購入することにしたのである。遊ぶことよりも飾ることが目的になるので、先日購入したセットと関係ないフィギュアでも構わない。
 魔神が手にしたフィギュアは先日のセットについてきたフィギュアより一回り大きな、宇宙海賊っぽいフィギュアである。箱絵を見る限り悪役という感じだが、その凶悪さが格好いい。

「あー、これって悪役だけど格好いいですよね。僕も塗ってみたいフィギュアの一つなんですけど…」
「だろ?俺さまこういうの、ちょっと他人に思えないキャラだから好きなんだよな」

 まあ魔神社会の中では明らかにはみ出し者(人間界に住んでいるところが特に)な、みぎてなので、こういうワルとかのキャラも憎めないというか、好きというのもこの魔神らしい。装備とか、髪型とかも格好いいので、人気もあるようである。

「うーん、迷うなぁ。これだけあると…」

 コージはなかなか決められず、かなり悩んでいる。実はキャラものとか、格好いい部隊もいいのだが、今回魅かれているのは建物のフィギュア…テレイン(地形)なのである。コンテナとか廃墟とか、謎の配管とかのキットが独特の存在感でいけている気がする。よく廃墟や廃材の写真が不思議と魅力的だというのと似ている。それに…これは理由がよくわからないのだが、普通の部隊のフィギュアよりなんとなく(大きさの割に)安い。

「あー、テレインだ!それは思いつきませんでしたよ。渋いところですね」
「だろ?なんとなく魅かれるじゃん」

 ディレルは意外なコージの選択に舌を巻く。テレインのフィギュアは何がいいといって、コンテストが終わった後、ゲームをするのに使える。

「この手のやつって、傷とかさびとか汚れとかがいっぱいあると格好いいよな」
「あ、それそれ。難しそうだけど…なんとかしたい」

 魔神もコージの萌えポイントはよくわかるらしい。いや、こういう武骨系なセンスはコージ以上にみぎても好物のジャンルである。しかし魔神の言う通り、こういう廃墟のテレインの場合、きれいなペイントというのは面白くない。傷とか、さびとか、汚れとかそういうやつを描いてやらないとつまらないものである。

「あー、ウェザリングってやつですね、それがあるとなしでは大違いですよ」
「だろ?」

 ディレルが専門用語を教えてくれる。ウェザリング…気象による腐食や風化とかを表現する技法というやつである。プラモデルのジャンルでは一般的なテクニックらしい。
 ところがここで、ディレルから予想外の発言が飛び出した。

「えっと、戦車プラとかロボプラの技法だったら…マルスが詳しいですよ」
「え?マルスって…」
「ディレルの甥っ子さんだろ?あの…」

 コージとみぎてはびっくりして顔を見合わせた。マルスというのはディレルの甥の、当然ながらトリトン族で、今年バビロン大学に入学したばかりである。一、二度コージたちもあったことがあるし、とても素直でいい子という印象である。ただ一つ、ちょっと大変な点をのぞいては…である。

「そういや、マルスって相変わらずなのか?」
「うん、まあ…あれってもう生まれつきっていうか、天然じゃないですか」
「だよな、あれは俺さま視点だと、才能だぜ」

 コージは魔神の意見に苦笑する。実はマルスは全く普通のトリトン族で、性格もとてもいい子である。素直だし、まじめだし、ちゃんと将来のことを考えてバビロン大学を受験したとか、そういう計画性もある。ちょっと天然ボケなところなどは愛嬌である。
 問題は彼の体質…みぎてにいわせれば才能だった。実は彼は「精霊にとても好かれやすい体質」だったのである。実は精霊なんてものはどこにでもいるので、誰でも一緒に住んでいるといっても間違いではないのだが、普通は精霊はこちらからなにか呼び掛けたりしないかぎり、コージたちの生活に干渉してくることはない。まあ魔法という技術の一大ジャンルである「精霊魔法」は、こういう精霊とかエレメンタルなどに呼び掛け、うまく仕事をしてもらうというものである。
 ところがマルスの場合、どうしたことか精霊がやたら彼のことを好きらしい。頼んでもいないのに勝手に出現して、洗濯やらなにやらを勝手にしたり、ふざけてポルターガイストのようなことをしてみたり、騒がしいことこの上ない状態なのである。まあ小さい精霊たちでは、大したいたずらはできないので、生活には支障はないようなのだが、初めて見た人はびっくりしてしまう。もっとも生まれた時からこの状況が当たり前なマルス本人は、もう完全に慣れきってしまっていて、少々精霊がいたずらしようが走り回ろうが全然気にしないようだが…なれとは恐ろしいものである。
 自身が魔神族…精霊族の一種であるみぎてに言わせると、これは精霊との親和性が人並外れているということで、きちんと精霊魔法を習得すれば立派な精霊魔法使いになれるということらしい。というかみぎて自身、マルスのことを無条件に好意的に見てしまうようである。これはもはやジゴロ…精霊相手のジゴロというのに近いかもしれない。さらに凶悪なのは、本人に一切そういう自覚がないところである。

「でもマルスがプラモとかやってるって知らなかったけど…想像するとやばそう」
「まあ、正解ですよね…マルスの下宿、結構プラモいっぱいですよ…問題はそれじゃないですけどね」
「…想像つく」

 ディレルと似て几帳面な性格のマルスなので、こういうプラモデル作りもやはり凝っているようである。が、ディレルの「それだけではない」というのは、たぶん精霊たちがプラモに乗り移って遊んでたりする光景がしょっちゅうある、という意味である。小さな精霊たちにとっては、プラモデルは遊園地みたいなものに違いない。そう考えるとマルスがプラモデルにはまると言うのはとても自然である。
 コージはその時あることに気がついた。

「…もしかしてディレル…フィギュアゲーム始めたのって、マルスの影響?」
「あ、そうですよ。マルスが教えてくれたんですよ。」

 どうやらディレルがフィギュアボードゲームを始めたのは、どうやらマルスがバビロン大学に入ってかららしい。甥っ子と言うことで、バビロン入りした時からいろいろ世話をしているのだろう。(大学に入る前は、バビロンから南の沖合の島、ザイオス島にある、海洋種族の町に住んでいたのである。)もっとも甥といっても、年齢は十も離れていないのであるが…
 ここでディレルはちょっとした秘密を暴露する。

「実はマルスと一緒にプレーするとすごく楽なんですよね」
「楽って?」
「フィギュアが勝手にルール通り移動してくれるんですよ。ちゃんと精霊たち判ってるんですね」
「えっ?マジ?」
「それある意味ホラーじゃん…」

 どうもマルスと遊ぶゲームでは、周囲の精霊たちが引き起こすポルターガイストで、フィギュアが勝手に「ゲームのルール通り」移動するらしいのである。どういう方法でか知らないが、なついている精霊たちにゲームのルールを教えているとしか思えない。が、ポルターガイストでガタガタ机が鳴りながら、(移動力分だけちょうど)フィギュアが勝手に移動するというのは、想像するだけでホラーである。その中で平然としているマルスの姿はもはや頭がおかしくなる光景に近い(あくまで想像図だが)。たしかにこのゲームは移動がちょっと面倒なので、フィギュアが勝手に移動してくれるというのはありがたいのだが…少なくとも普通のゲームではないだろう。
 ともかく、マルスがプラモデルやジオラマに詳しいというのは間違いなさそうである。

「まあこの辺は直接マルスに話を聞いてみるのが一番ですよ。きっと彼も大喜びですよ。」
「そうだな。じゃあ飯でも誘おうか、ひさしぶりだし」
「あ、なら中華にしようぜ!安くてたくさん食べれるし」
「みぎて、食い意地張りすぎ」

 というわけで、コージたちはマルスを誘って皆で会食をしつつ、いろんなプラモデルの話を聞くことにしたのである。

*     *     *

「あ、叔父さん~、みぎてさんとコージさんもだ!」
「叔父さん?ディレルのことだよな」
「叔父さんって言われるとショックなんですよね」

 開口一番マルスから「叔父さん」と呼ばれてディレルは悶絶である。血縁上はたしかに叔父さんになるのだが、なんだかすごく老けた気分になってしまうのはよくわかる。まあこれは現実なのでしかたない。
 久しぶりに会うマルスは、前回見たときよりちょっとおしゃれになったようである。前は田舎のトリトン、という感じのファッションだった彼だが、やはり都会のバビロンに来て少しあか抜けた服装になっている。といってもお金はあまりない大学生であるから、洗いざらしのシャツとかハーフパンツとかなのだが、ちょっとおしゃれな差し色が入っていたりするところが良い。

「お久しぶりです、コージさん、みぎてさん。ご無沙汰してました」
「だよなー、バビロン大、無事に入れたってディレルから聞いてたんだけど、なかなか会えなかったもんな」

 マルスは相変わらずの良い笑顔でコージたちに挨拶する。彼の特技はこの良い笑顔である。トリトン族らしい穏やかな笑顔は、精霊種族でなくても好印象だろう。
 さて四人はさっそく近所の大衆中華料理店に突入する。大皿料理をいくつか頼んで乾杯である。

「ええっ!?コージさんたちもフィギュアゲーム始めたんだ!」
「そうなんだよな。マルスはもう長いの?」
「まだ二年ですよ。プラモはもっと前からだけど…あ、こら、スプーンで遊ばないの」

 フィギュアゲームの話になると、マルスは目を輝かせて喜ぶ。誰でも趣味の話は興奮するものなのである。が、もちろん彼の回りの小さい精霊が中華スプーンでいたずらしているのを止めるのは忘れない。

「ジオラマは楽しいですよね。100円ショップでいろいろ素材も集まるし」
「ええっ?そうなのか?」
「専用のなにかがないと無理だと思っていた…」
「そんなことないですよ。というか材料はほとんど全部揃いますよ」

 ジオラマ作りについてのマルスの説明に、コージたちはビックリである。あのすごいジオラマがほとんど100円ショップ素材だというのだから、これは驚くしかない。
 コージはせっかくなのでジオラマのことについて、もう少しマルスに詳しく聞いてみることにした。

「マルス、よかったらジオラマの作り方の基本とか、教えてくれないか?」
「俺さまも知りたいぜ、頼むよ」
「もちろんいいですよ。っていうか模型仲間が増えるのって最高だし」

 コージたちの頼みをマルスは快諾である。別に隠すほどの内容ではないし、新しい模型仲間が増えるのは趣味人として最高なのである。
 ということで(中華料理を食べながら)マルスの簡単ジオラマ講座のスタートである。

*     *     *

「ええっ?発泡スチロール?」
「ですよ。スチロール。大まかにカッターで切って、その上から水で溶いた石膏を塗るんですよ」

 中華料理店のあと、コージたちはそのままマルスの下宿に行くことになった。ジオラマの作り方については、一応さっき聞いて何となくはわかったのだが、実際に一緒にやってみないとわからないところが多い。ということで、マルスの下宿見物ついでに、皆でジオラマ作りを実際にやってみようという話になったのである。
 当然のことながら、先に100円ショップにいって簡単ジオラマ用の素材をゲットである。が、これがコージたちには驚きだった。発泡スチロールの板、石膏粉末(これだけはさすがに模型屋)まではわかるのだが、コルクの薄い板やら園芸用砂、ネイル用のビーズまで、全くコージたちには予想もつかない代物が素材になる。木工用ボンドやアクリル絵の具、スプレー塗料もちゃんと100円ショップには売っているので、たしかにほとんど全部の素材は揃うことになる。

「これってまあ、アイデアなんですよね」
「すげぇ、マジ俺さま尊敬する」
「っていうかこれいったいどうなるのか予想できない…」
「コージもですか?僕もですよ…」

 みぎてはマルスのことを手放しで絶賛しまくる。さすがにコージやディレルは現段階では絶賛というより呆然に近い。この素材がどんな感じでジオラマに化けるのか想像がつかないのである。
 マルスはそんな彼らに自信たっぷりの笑顔を見せる。

「まあ見本を見せますから。意外と簡単ですよ」

 ということで、一同はいよいよマルスの下宿に向かうことになる。

「えっと…ちょっと散らかってるけどその辺は気にしないでくださいね」
「大丈夫、我が家もなかなかひどいし」
「まあコージんちが整理整頓されてるって想像つかないですね」

 ディレルは苦笑してコージたちに突っ込む。二人の家の状況については、ディレルはしょっちゅう遊びに来るのでよく知っているのである。男二人暮らしで、かなりルーズな性格のコージとみぎてだから、まあ当然だろう。
 マルスの下宿はディレルの家(銭湯潮の湯)から通り一つ離れた場所になる。この辺はバビロン大学の学生向け下宿が結構集まっていて、いかにも学生街という雰囲気である。大学に通うのも五分くらいなのでとても便利なのだが、ちょっとおしゃれさにはかける。
 「ドミトリー・バビロン」という下宿がマルスの家だった。ドミトリーという名前からいうと、なんだか相部屋の寮か山小屋みたいだが、ちゃんと一人一部屋の個室になっているようである。ただ食堂やお風呂のような部分は共用らしい。コージが大学に入った頃にはもうあったので、それなりに昔からやっている下宿なのだろうが、壁とか階段はとてもきれいである。
 一同が共用部の階段を昇ると、ざわめきのような気配を感じる。どうやら突然の魔神の登場に、下宿にいる精霊たちが興味津々らしい。普段から魔神と生活しているコージにとっては、こういう気配はよくあるといえばそうなのだが、いつもより騒ぎが大きい気もする。

「ホントに精霊たくさんいるぜ。マルスんち」
「やっぱりそれなんだ」

 みぎてはとても面白そうにコージにささやく。下宿の一室を中心にたしかに精霊たちが集まっている気配がある。まがりなりにも魔法使いであるコージから見ると、まるで野良猫の集会所みたいな状況である。
 コージたちが部屋に近づくと、みぎての巨大な精霊力に、小さい精霊たちはいささか眩しそうな様子である。集まっている精霊はみぎてのようなエレメントの精霊は少ない。お菓子の精霊とか、本の精霊とか、どちらかと言えば身近な生活密着タイプの精霊がほとんどである。まあ町中にいる精霊は普通そうなので、数を除けば驚く話ではない。

「入って入って。すぐなにか飲み物出すね」

 マルスは自室の扉を開けるとコージたちを中に招き入れる。部屋は八畳ほどの洋室で、ソファーベッドと小さなパソコン机、それからテレビ兼用のディスプレーなどがおかれている。予想していたよりはきちんと片付いている気がする。
 ただし普通の家と唯一違うのは、ベッドのそばにおかれたショーケースのような棚だった。なんと中にはぎっしりとフィギュアやプラモデルが飾られていたのである。コージたちが始めたばかりのフィギュアバトルのものだけでなく、ロボットアニメのメカとかのプラモデルも多い。そしていくつかは立派なジオラマの上におかれている。

絵 武器鍛冶帽子

「マルス、これって…」
「あ、それそれ。手作りジオラマです」

 鍾乳洞のような空間のジオラマはとても発泡スチロールと石膏でできているとは思えない迫力である。ところがマルスは苦笑した。

「えーっ、結構雑なんですよこれ。うまい人はもっとずっとすごいし」
「でもこんなのあると、フィギュアすごく映えるよな、やっぱり」
「あ、それはそうですよね。だからお勧めなんですよ」

 さてコージたちはマルスの部屋の床に座る。いよいよ簡単ジオラマ練習会である。ふと気がつくと彼らのそばにいつの間にかカッターやらスチレン用ボンドやらが置いてある。

「あれ?いつの間に?」
「さっき精霊たちが用意してたぜ」
「ええっ?そんなことまで精霊たちがやってくれるのか?!」

 コージやディレルが全く気付かない間に、どうやらマルスの精霊たちは、今回の目的を察知していろいろ道具を出してきたらしい。驚くほど仕事ができる精霊たちである。
 が、自信が精霊族であるみぎては笑いはじめる。

「まあそうなんだけどさ、ちび精霊たち、みんなジオラマ楽しみにしているんだぜ。まるわかり。」
「そんなに楽しみにしてるのか?」
「ここで俺さまたちがなにもしないで帰ろうとしたら、ドアが開かないとおもう」
「えええっ!?それってヤバイじゃん」

 魔神の爆弾発言にコージやディレルはぎょっとする。まあもちろんコージたちも一応魔法使いなので、ちび精霊の恐怖に対応できないわけではないのだが、やはりマルスの下宿はホラーハウスと紙一重なのである。

(7.「こんな平和なイベントなんて、俺さまもおかしいと」へつづく)

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