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炎の魔神みぎてくんアルバイト 5.「うさみみがダメ」

5.「うさみみがダメ」

 結局コージたちはその日大学を休んで、再び蒼雷そうれい神社へと向かうことなった。というか、セルティ先生も一緒に行くのであるから、もうこれは講座丸ごとがお休みというのに等しい。留守番は准教授のロスマルク先生だけである。
 コージ達は大慌てで準備をして、大学のグラウンドへと集合した。日帰りで対処するつもりなので、着替えのほうは必要ない(はず)なのだが、結構荷物は多い。特にポリーニは前回以上の荷物を抱えて後者の階段を下りてくる。

「あ、ポリーニ大丈夫か?」
「みぎてくん、ちょっと手伝って。これだけじゃないのよ」
「了解、任せとけって…あ、結構重いじゃねぇか」

 といいながらもポリーニが両手に抱えた紙袋を受け取り、みぎては楽々階段を下りる。魔神の怪力はこういう時には本当に頼りになる。

「さすがに結構かさばる物が多いですね。っていうか、これなんに使うんですか?」

 袋の中をのぞいたディレルは怪訝そうな声を上げる。コージとセルティ先生はディレルの指差す紙袋の中をのぞいて首をかしげた。そこには色とりどりの布とか、小さな金属板のようなものとか、ヘッドライトのようなものとか、それこそジャンルも何もわからないほどいろんなものが詰め込まれていた。

「役に立ちそうな発明品を持ってこい、って言ったんだけどなぁ」
「…役に立つのかはちょっと微妙ね」

 コージだけでなくセルティ先生も、さすがにわけがわからない発明品の数々に呆れる。といっても今回はどんな発明品でも役にさえ立てば文句はない。というよりこの中で一つでも大当たりがあれば、それで十分という気もする。

 荷物がそろってコージたちはグラウンドで迎えが来るのを待つことにした。今回は事態が事態だけに、蒼雷のほうから迎えがくるということなのである。蒼雷が飼っている霊獣、天之鳥船くんに違いない。シラサギの大型精霊なので、全員を乗せても高速バスよりはずっと早く地獄谷温泉へ運んでくれるはずである。
 彼らがしばらく缶コーヒーを飲みながら時間をつぶしていると、グラウンドのほうからなにか騒ぎ声が聞こえてくる。部活をやっている野球部やサッカー部の連中だろう。みんな一様に空を指さしているのだから、理由は簡単である。

「あ、来た来た」
「みんな霊獣ってびっくりするのね。まああたしも初めて見たときはびっくりしたけど…」
「うーん、僕たちなんかバスターミナルの駐車場に座っていたのを見ましたからねぇ…」

 ああいう乗用の大型霊獣は、交通ルール上は自動車と同じなのである。道路を走るときは左側通行だとか、信号で止まるようにだとか、休憩は駐車場でだとかいうのがちゃんと決まっている。首からちゃんとナンバープレートを下げているのだから、税金上も車なのだろう。(自動車税は正式には「自動車・霊獣税」らしい。)
 天之鳥船はグラウンドの開いているところにふんわりと華麗に降り立った。が、いつもと違って蒼雷は乗っていない。この霊獣は蒼雷に頼まれて一人で来たのである。霊獣といっても人間並みに賢いので、ちゃんとコージたちの言葉もわかるらしい。ディレルが首筋をなでてやると、うれしそうにうなづく。

「じゃあ僕がナビゲーターやりますね。前にもやったことがあるし」
「だな。こいつもそうしてくれって言ってるみたいだし」

 実はディレルは一度蒼雷の代わりにこのシラサギのナビゲーターをやったことがあるのである。今回は前回ほどナビゲーターが必要なきわどい飛行というわけではないだろうが、経験者がいればナビゲーターをしたほうがいいのは当然である。
 ということで、コージたちは荷物を天之鳥船の背中に積み込むと、急いで乗り込んだ。ディレルが首筋を軽くたたくと、シラサギの精霊はうなずき、翼を広げてばたばたと助走を始める。そしてグラウンドの端まで行くと、そのままふんわりと空中に飛び上がった。そして一路北へ、蒼雷の待つ地獄谷温泉郷へと向かったのである。

 コージ達が蒼雷神社についたのは、昼の一時頃であった。さすがに空を飛ぶ霊獣ということで、バビロン大学からここまでわずか一時間半である。高速バスなら最低でも四時間はみないといけないということを考えると、やはり素晴らしく速い。
 蒼雷神社の境内にシラサギが降り立つと、その音を聞きつけてか蒼雷が本殿から飛び出してきた。昨日会ったばかりなのだが、今日はもっと蒼白な表情である。

「来た来た!コージ!みぎてっ!」
「蒼雷っ!より分けのほうはすんだのか?」
「さっき済ませた。外に出してある」

 コージは霊獣から飛び降りると、蒼雷のところに駆け寄って状況を確認した。蒼雷は境内の石畳の上に置いてある紙の束を指さす。まだ煙こそ吐いていないが、たしかに変色しているものがある。

「和紙でよかったぜ。コピー用紙よりは丈夫だからさ」
「やっぱりそうなんだ。作ってるときは全然問題なかったから」

 ジオーラ先生は「関係ない」と言っていたが、それはあくまで故障していないお札の場合であって、今回の失敗作のようなお札の場合は、魔法的に耐久性が高い和紙のほうが発火の危険ははるかに減る。その点でも今回コージたちは運がよかったのである。
 が、しかし問題は終わったわけではない。

「で、蒼雷、なくなったお札のほうは手がかりはあるのか?」
「それが…」

 蒼雷は困った顔をして首を横に振った。間違えてゴミ回収に出してしまったとか、押し入れに閉まってしまったというわけではない。どうも明らかに誰かが持ち出してしまったのである。蒼雷がいる本殿ではなく、無人の社務所の側においていたのが敗因だろう。
 コージ達は蒼雷と一緒に社務所へいって現場の確認をしてみることにした。ドアを開けて中に入るとそれほど荒らされている様子はない。ただ段ボール五つに詰めたはずのお札が、たしかに一箱だけ消えている。そしてお札を売るためのガラス窓が丁寧にガラス切りで切られていた。これは明らかに計画的な物取りである。

「お札以外を狙っていないんですね。まあそれしか置いてないけど…」
「お札だって神社以外で売れるものじゃないわよ。どういうことかしら…」

 ディレルもセルティ先生も首をかしげながらそんなことを言う。お祭りの後の賽銭箱を盗むならともかく、お祭り開催前の無人の社務所からお札だけを狙って、それも全部ではなく一箱だけ盗むというところが、ちょっと変わった泥棒である。ただわざわざガラス切りまで用意しているというところを見ても、手口のほうはかなり計画的である。
 しかしポリーニの感想は違うようだった。

「何言ってるのよあんたたち。蒼雷神社のお札っていえば、今すごい貴重品よ!ネットオークションで高値で売れるんだから」
「ええっ?そうなのかっ?」
「あ…それかっ!」
「イケメンドラマの影響ですねぇ…」

 ポリーニの指摘に、コージもみぎてもびっくりである。どうやら例のドラマ以来、蒼雷神社のお札といえばおばちゃんがたの間で大人気となっているらしい。ネットオークションでも結構な高値で取引されてるというのだから、段ボール一箱分もあればかなりの額になる。

「でも、それならなぜ全部持って行かなかったんでしょうねぇ」
「それは…ちょっとわからないわよあたしだって」
「いや、全部持ち出したら、お祭りが中止になるからだろ。本物のお札が出回らないと、足が付きやすくなるからじゃないのか?」

 数年前ならいざ知らず、最近のネットオークションは警察の指導もあって、盗難品の取引はなかなか簡単にはできないようになっているはずである。もしお札を全部盗み出して、お祭りが中止になったりお札の販売を取りやめたりした場合、ネットに出回っているお札は自動的に盗品であることがばれることになる。そういうことを考えて一箱しか盗まなかったとすれば、相手はそれなりにプロということになる。もっとも単に紙束が詰まった段ボールが重くて、二箱以上持ち出せなかっただけということもあり得るのだが…
 が、今は犯人の動機とかを検証している場合ではない。いや、お札が盗まれたことも大変なことなのだが、それ以上にお札が「欠陥品」であることが最大の問題なのである。このままお札がネットオークションに出品されて世界中にばらまかれてしまうと、そこかしこで火災事故が発生するという恐れがある。

「で、蒼雷、お札の場所って検知できないのか?」
「えっ?無理だぜそれは。だってこの町にお札どれだけあると思ってるんだよ」

 お札といっても魔法の製品である。蒼雷やみぎてのような魔神族の感覚なら、強力な精霊や魔法の存在なら検知することができる。ましてや今回は蒼雷自身の神性力で作られたお札なのだから、ひょっとすると察知できる可能性があると思ったのである。
 しかし問題は蒼雷神社のお札は、この地獄谷温泉の町にはそれこそ一軒に一枚は最低あるということだった。毎年初詣の時期には町中の人がお札をもらうことになっているのだから当然である。この状態ではどれが盗まれたお札なのか検知することは不可能に近い。ましてや蒼雷の守護する地獄谷温泉の外に逃げられてしまうと、完全に不可能になってしまう。
 しかしコージは食い下がった。

「蒼雷のお札ならともかく、みぎてのお札だぞ。あれなら検知できるんじゃないのか?」
「あ…そうか」
「そうですね!炎の魔力が入っているお札ですから、この街にはほとんどないはずですよ。失敗作だけど…」

 ディレルがそういうと、思わずコージたちは笑い出した。この緊張した状況の中で爆笑するのはちょっと場違いかもしれないが、それでも爆笑したことで一気に肩の力が抜けて楽になる。これぐらい笑っていたほうが彼らは実力を発揮できる。
 そう、まだ何とかなる…コージは今までの経験でそう確信していたのである。

*     *     *

 ということで、一同はさっそく霊的な感覚を使って、町の中にある炎の精霊力を探すために手分けして巡回を始めた。実は魔法的な知覚力は蒼雷やみぎてのような魔神族にしかないものではない。コージ達だって魔道士なのだから、そういう魔法的なものを見つける感覚は十分にある。
 ただ問題はお札は魔法としてはとても低レベルの、初歩的といってもいいものである。数がまとまっているので絶対無理というほどではないが、ある程度近づかないと検知は難しい。それに町はそれほど大きくないといっても、徒歩で巡回していると結構疲れてくる。いや、もっと問題は相手が市街地にいるとは限らないことである。当然捜索範囲をもっと広げるとなると、徒歩では難しくなってくる。
 日暮れも近くなってきて、コージたちは蒼雷神社に再集合して作戦を練り直すことにした。このままやみくもに歩いて捜索しても、どうも発見は難しいようである。故障したお札がいつ発火するとも限らない状況では、もう少し知恵を絞る必要がある。

「市街地から出ちゃってる可能性もそろそろあるわね。こまったわ…」
「だとしたらちょっと探すの難しくなってくるぜ…」

 セルティ先生が心配そうにそういうと、みぎても頭を掻きながらうなづく。さっきからこの魔神は町の中の炎の精霊力を探知しようと必死に神経を集中していたので、結構疲れているようである。といってもなにかうまいものでも食べさせれば、あっという間に元気を取り戻すのは間違いないのだろうが。
 しかしたしかにこれだけの時間がたってしまうと、お札が市街地から持ち出されている可能性もだんだん大きくなってくる。そうなると捜索範囲が広くなるので車が必要になってくる。ところがディレルはそんなみぎてたちの不安を否定した。

「大丈夫ですよみぎてくん。だってネットオークションだったとしたら、民家のあるところじゃないとできないじゃないですか。」
「あ、そうか!」
「それに手口から見ても、結構蒼雷神社のことをそれなりに知っている人だと思うんですよ。少なくともよその町からわざわざ来るなんて思えないんですよねぇ」

 たしかにあの日、蒼雷神社でお札づくり大会をしているなんてことを知っているのは、地元の人でしかありえない。ということはまだ町から出ていない可能性が一番高いだろう。

「でもさぁ、これだけ探して見つからないんだぜ?どうやったらいいんだよ?」
「うーん、思ったよりもお札って、反応弱いんだよな」

 みぎてはそういって境内におかれている失敗作のお札を指さした。たしかにこんな近くにあるにもかかわらず、感じられる炎の精霊力はさほど大きなものではない。となると、単にパトロールだけでは見つけるのは難しいかもしれない。
 ところがその時である。どこからともなくへんなファンファーレが流れてきたのである。(というかこれは明らかに口三味線である。)

「じゃじゃーん!そんな時こそあたしの出番よね!」
「来ましたね…」
「来ちゃったわね…」

 ディレルとセルティ先生は顔を見合わせて苦笑した。そう、恒例のポリーニの発明品タイムがやってきたのである。最初のほうに説明したとおり、彼女のライフワークは「魔法製品の発明」であるから、発明品を彼らに実験させるのは日常茶飯事である。というか、わざわざ今回はコージが彼女に「何か役に立つ発明品を持ってこい」と言ったのだから、登場しないほうがおかしい。もちろん役に立つ可能性は五分五分かもしれないが、この状況ではないよりましである。

「ポリーニ、先に言っておくけど危ないやつはだめだぞ」
「何言ってんのよコージ!あたしの蒼雷君のピンチに、そんなことするわけないでしょ?」
「…蒼雷、よかったな…」

 コージがくぎを刺すと、ポリーニはあっさり爆弾発言である。まあもっとも蒼雷とポリーニの間がいい感じであるということは、最近は周知の事実であるので(そもそも今回のきっかけとなった手紙もポリーニ宛である)、この程度では驚くにあたらない。というか、とにかく役に立つ発明品が出てくれば今回はOKである。
 彼女は持ってきた紙袋をがさがさと漁る。中からは最初に準備していた例の巫女さん服とか、幣とかそういうもののほかに、変なうちわとか、懐中電灯みたいなものとか、とにかくわけのわからないものが次々と現れる。

「このうちわ、なんだよ?」
「あ、これ?あおいだら熱風が吹くわ」
「…ドライヤーね」
「こっちはなんなんですかねぇ…」
「これ?携帯用電子レンジよ」
「それ危ないから…」

 懐中電灯は実はマイクロ波が出る電子レンジらしい。これは明らかにちょっと危険な発明品である(人に向けて照射しては絶対いけない)。が、ともかくこの辺は今回は役に立たないことは明白なので、どうでもよいとする。
 さて彼女が見つけ出したものは、変なゴムバンドに、白いふわふわしたものが付いたものだった。

「…なんだよこれ?」
「どう見てもウサギの耳みたいですよね…うさみみバンド」
「バニーガールが付けてるやつじゃないの…」

 コージもディレルも、そしてセルティ先生も意外なアイテムにあっけにとられる。たしかにディレルの言うように、ポリーニが手にしているものは「ウサギの耳バンド」…一部で大変人気のあるうさみみそのものである。バーなんかで登場するバニーガールが付けている、あれである。
 彼女は平然とそのバンドを手に取ると、説明を始めた。

「これはそんなに最新作ってわけじゃないんだけど、精霊力探知を増幅するうさみみよ。かわいいでしょ?」
「…まあかわいいよな。バニーガールが付ければ…」
「これをつければ、精霊力の異常とかが通常の二十倍の感度で見つけられるはずだわ。今回の用途にぴったりじゃない」
「まあそうだよな…バニーガール向けだけど…」

 すでにコージたちはこの後の展開を予想している。というか、このうさみみバンドがいくつあるのか知らないが、誰かがこれをつけてお札探しをしなければならないということである。効果のほうは絶大なのかもしれないが、街中をこんなものをつけて練り歩かなければならないというだけで、赤っ恥を通り越して拷問である。
 が、彼女は袋の中からこのうさみみバンドを、なんとちゃんと人数分取り出した。つまり…全員がこんなものを頭につけて、地獄谷温泉郷を行進しなければならないという、最低のイベントが待ち受けていたのである。

*     *     *

 コージ達はうさみみバンドをつけて、いよいよ地獄谷温泉めぐりをはじめた。幸い秋ということで、この時刻になると結構薄暗い。とはいえ温泉の繁華街の中は照明も明るいので、温泉客やら店の人やらが彼らのうさみみバンドを見てくすくす笑う。というか、うさみみバンドは女の子のポリーニや年齢詐欺師の美女セルティ先生などが付けている分には、ちょっと変わっているという程度で似合わないわけではない。が、コージやディレルのような男性が付けると、もはやかなり変態の域である。ましてや筋肉ムキムキの大男であるみぎてや、これまた筋肉質の蒼雷がつけようものならもはや警察に連れて行かれそうなレベルと言ってもいい。特に蒼雷の場合は、上半身は羽衣やアクセサリーをつけただけのほとんど半裸だし、下半身も腰布と飾りの多いブーツという明らかな祭神スタイルなので、ここでうさみみバンドは犯罪である。
 しかし困ったことに、このうさみみバンドの「精霊力検知」増幅機能は効果抜群であった。たしかに普段わからない精霊力の塊がぼんやりとわかる。普通は気にしていないちょっとした便利なアイテムとか設備に使われている魔法まで、ちゃんと全部感じられるのである。こうして改めて確認してみると、コージたちの生活は精霊力なしには全く立ち行かないということが実感できるほどである。
 とはいえ代わりにちょっと普通の視界が見づらいという欠点もある。実は精霊力検知は普段コージたちが見ている視界とは違ったものなので、直接重なって見えるというものではない。しかし実際に使っていると、なんとなく注意力が精霊視界のほうにとられて散漫になってしまうという問題はある。実際何度か通行人にぶつかりそうになったりしたので、結構気を付けないといけないだろう。

 さて、コージたちが通りをおっかなびっくり歩いていると、なんとなく妙な波動が向こうのほうから伝わってきた。気になったコージはうさみみバンドを外して、周囲を見回す。どうやらここは温泉町にありがちな、夜の街らしい。斜め前にはストリップ劇場、それから隣には田舎のキャバレー、そして雑居ビルに家庭料理居酒屋やら大人のおもちゃの店という、なんだかありがちなお店が並んでいる。

「どうしたんですか?コージ…」
「ん、何か感じたんだ。一応念のため…」

 ディレルはコージが歩みを止めたのを見て気になったらしい。

「あらやだ、こんなところでうさみみバンドなんて、ほんとにキャバレーの人みたいじゃないの」
「っていうかそれは先生だけですって。僕たちなんて単なるお笑い集団ですよ」
「まあそれもそうねぇ」

 ディレルの突っ込みにセルティ先生は笑うが、ともかくコージの直観は少し気になる話である。コージはみぎてと蒼雷の二人に聞いてみた。

「みぎて、蒼雷。何か感じるか?」
「…俺さまも感じる。絶対俺さまの炎の魔力だ」
「だな。間違いないぜ。この店の裏側ってことは…たしか」
「?」
「去年できたネット喫茶だぜ」
「あっ!」

 コージ達はうなづいた。ネット喫茶ならネットオークションに転売するにはもっとも手軽で足がつかない場所である。それに二四時間営業だから、昨夜の犯行のあとここに泊まっているというのも十分あり得る。とにかく確認してみる必要がある。なにせ放置していれば、火が出て大変なことになりかねない。
 ということでコージ達は大急ぎでその「ネット喫茶 バンブー」に向かったのである。

 「ネット喫茶 バンブー」はよくある「マンガ喫茶+ネットができます」という、都会ではちょっとすたれてきている昔風のお店だった。入口のところで会員証を作って、中で自由にドリンクを飲みながら、リクライニングシートでのんびり漫画やネットを楽しむことができるというやつである。その気になればパンとかカップラーメンくらいは売っているので、長居するには最適だろう。
 しかし彼らは警察でもなんでもないので、「盗難品がここにあるはずだ」とかなんとかいって踏み込むことはできないのは当然である。一応町の守護鬼神である蒼雷なら、多少強引に踏み込むことも不可能ではないのだが、こういう新しいお店の場合はなかなかそういう(暗黙の)町のルールに従わないことも多い。ここはとりあえず全員で会員カードを作って、お客のふりをして入店したほうがいいだろう。

「コージ、あそこの部屋だぜ」
「うん、俺にもわかる…どうする?」
「そうだなぁ、ノックして普通にこんにちわ、じゃだめかなぁ」
「…うーん」

 なんだか相手は泥棒なのだから、そんな生易しいことをする必要はない気もするのだが、かといって(さっきも言ったが)警察みたいなことをするわけにもいかない。たしかにみぎての言うとおり、礼儀正しくドアをノックしてあいさつするのがいいのかもしれない。
 ということで、コージはしかたなく疑わしい個室の前に行き、そっと耳を澄ませて中の様子を確認する。パタパタと忙しそうなキーボードの音が聞こえるところを見ると、ひょっとしてネットオークションに出品する準備をしているのかもしれない。とにかく中に明らかに例の「不良品お札」の精霊力が感じられるのだから、ここで間違いないだろう。
 と、そこでコージはちょっとしたいたずらを思いついたのである。

「みぎて、あのさ…」
「なんだよコージ?」
「中のお札、この距離ならお前コントロールできない?」
「えっ?でも故障してるから…」
「ちょっと熱くなるくらいがいいんだけどさ」
「…あ、俺さまもわかった」
「いたずらですねぇ…」

 お札になっているとはいえ、もとはといえばそこにある魔力はみぎてのものである。炎の魔神の力がこもったお札ということは、その源であるみぎてがちょっと力を加えれば、コントロールすることも可能ということになる。もっとも故障しているお札であるから、力を加えると煙くらいは吹き出すかもしれないが…お仕置きにはちょうどいい。
 みぎてはコージ以上にいたずらっ子らしい笑みを浮かべて、精霊力を発揮し始めた。と、すぐに中から大声がして、人が飛び出してくる。

「わああっ!」
「ほらっ!残念でした。お札、返してもらうぜ」

 飛び出してきたのは学生っぽい年齢の青年である。ちょうどオークション用の写真を撮ろうとしていたところらしく、手にデジカメを持っている。青年は飛び出してきたところで待ち構えていた蒼雷の体に激突し、そのままあっさりつかまってしまう。さすがに泣く子も黙る町の守護鬼神、蒼雷につかまれたら、普通の人間では脱出などできようはずがない。観念しておとなしく捕まるしかないだろう。
 部屋の中をのぞいたコージは、盗まれた段ボール箱と、パソコンの前におかれているみぎてのお札失敗作が、ちょっと焦げているのを見つけた。

「ふう、まだほかのお札は大丈夫みたいだな。たすかった…」
「ごめんな。お前が盗んだお札、欠陥商品で火が出ることがあるんだよ…」
「えええっ!そんなっ…すいません。蒼雷さま」

 泥棒の青年はあまりの意外な結末に力なく肩を落として謝り始める。なんだかそんな様子を見ていると、ちょっとかわいそうになってくるくらいである。まあ本来なら警察に突き出すとかそういうことをするのが正しいのだが、そうなると「欠陥商品お札」の問題も突っ込まれることになる。蒼雷のお説教で勘弁してやるのがちょうどいいところかもしれない。
 そんなことを考えながらコージは泥棒に諭す蒼雷を見ていたが…

 どうしても笑いがこみあげてくることを我慢できなかった。

「蒼雷、蒼雷!それだめ、迫力ない…」
「えっ?コージ、なんだよ」
「うさみみがダメ」
「あっ!」

 蒼雷は「精霊力探知増幅うさみみ」をはずすのをすっかり忘れていたのである。お説教をして頭を動かすごとに、ふわふわのうさみみが揺れておかしいことこの上ない。鬼神の迫力も何もあったものではない。
 真っ赤になりながら大慌てでうさみみを外す蒼雷に、コージたちは今度は爆笑したのはいうまでもないだろう。

絵 武器鍛冶帽子

*     *     *

 というわけで、欠陥商品のお札をすべて回収し、このドタバタはようやく幕を下ろした。といってもお祭り本番はまだ始まってもいないのだし、お札の数はこれでますます足りないということになってしまう。コージたちはその晩遅くまでかかって、あと五〇〇枚ばかりお札を作ることになった。もっとも今度はみぎての代わりにセルティ先生が参加しているので、はるかに安全でまともなお札である。ちなみにみぎては紋章描きではなく、紙折り担当ということでやっぱり大忙しとなった。当然ながら泥棒の青年も罰ということで紙折り奉仕に参加である。これくらいの軽作業でお目こぼしというのだからずいぶん軽い罰という気もするのだが、代わりに欠陥お札でびっくりさせたということもある。まあ二度とこんなことはしないだろう。
 本日のノルマが大体終わったところで、ようやくコージたちは晩御飯となった。先日と同じ旅館の仕出し弁当である。

「あーあ、あたしせっかく巫女さんできると思ったのに。衣装まで作ったのよ」
「巫女さんはまだ早いですよ。当日ですって」

 ポリーニはあれだけ意気込んで作った巫女さんコスプレを、結局どたばたして着ていないことが甚く不満らしい。もっともまだお祭りの当日ではないのだから、巫女さんファッションに用がないのは当然である。

「蒼雷君、巫女さんやらしてくれるでしょ?」
「助かる。じゃあ巫女さんでお札売場担当。人全然足りないし」
「あらいいわね。じゃあわたしも参加しようかしら…」
「先生まで?うーん…」
「先生は絶対似合うよな。こういうの…」

 あこがれの巫女さんファッションを着れるということで、ポリーニどころかセルティ先生まで乗り気になったらしい。まあセルティ先生ならスタイルもいいし、美貌なので巫女さんファッションも似合うかもしれない。というか、一歩間違えれば卑弥呼みたいに妖艶な巫女王っぽくなる可能性もある。
 蒼雷からOKがでたので機嫌をよくしたポリーニは、さっそく作った巫女さん服を披露するため、大急ぎで隣の部屋に着替えに行く。もう夜も結構遅いので、あんまり時間はないのである。いくら今日は天之鳥船が送ってくれるといっても、深夜の飛行はちょっと大変である。

「ポリーニ、巫女さん服を蒼雷君に見せたくてしかたなかったんですね」
「まあそうだろうな。ははは」

 ディレルは笑いながらコージに囁いた。あれだけ熱心に巫女さん服を作っていた彼女である。間違いなく蒼雷に見てほしいという目的が明白だろう。もちろん一方の蒼雷のほうもまんざらでもない気分なのは明らかである。(女の子が自分のために巫女さん服を作って着てくるといわれれば、ちょっと気分がいいのもわからないこともない。)
 十分もしないうちに、彼女はばっちりの巫女さんファッションに身を包み、部屋に戻ってくる。

「あ、似合う似合う。いいじゃんポリーニ」
「研究室で試着した時より断然いい感じですよ。やっぱりロケーションの差ですね」

 先に一度見ているコージたちも、ちゃんとした神社という背景で登場したポリーニの巫女姿にはちょっと新鮮な驚きがある。似合う…確かに似合っている。というか、はまりすぎてちょっと怖いくらいである。つまり、こういうことなのである。

「…ポリーニが巫女さんは…なんだかアニメっぽすぎ」
「あっ!コージ、それ爆弾発言ですよ!」
「もうーっ!言われると思ったっ!コージっ!」

 三つ編みメガネっ娘で、巫女さんファッションとくればもう明らかにアニメか同人ゲームの世界である。が、それはたとえ心の中で思っていても、口にしてはいけないタブーなのである。
 ぷりぷりと怒り始めたポリーニは、コージたちにこんな恐ろしいことを宣言した。

「もうっ!そんなこと言うなら当日はコージ達も巫女さん服着てもらうわよっ!」
「ええっ!それは…」
「うさみみだけで勘弁してくれっ!うちの神社つぶれるっ!」

 みぎてやコージの気持ち悪い巫女さん服姿を想像して、思わず蒼雷は悲鳴を上げる。そんな蒼雷に、一同は腹を抱えてげらげら笑ったのである。

(みぎてくんアルバイト 了)


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