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炎の魔神みぎてくんキットバッシュ 7.「こんな平和なイベントなんて、俺さまもおかしいと」

7.「こんな平和なイベントなんて、俺さまもおかしいと」

 それからの一月というもの、コージたちは毎晩ディレルの家に集まってはペイント祭となった。まあコージたちにしてみると、ディレルの塗料を使わせてもらえる上に、作成途中のフィギュアを置いておけるのだから、ありがたいことこの上ない。まあ場所代として銭湯に入ってから帰るというのは、すこし汗ばむこの季節であるから衛生上も望ましいし、ディレルの(家族内での)顔もたつというものである。
 もっとも毎晩ディレルの家に行くということで、多少の騒ぎも発生する。一番はディレルのご家族…というか妹である。

「兄貴~、みぎてくんたちも今回はなんだか大変そうだね~」

 三人の男が真剣な顔をしてフィギュアを塗っているところに現れたのは、ディレルの妹セレーニアだった。典型的派手目の元気な女子大生なので、草食系性格のディレルとは正反対なのであるが、今回のどたばたには意外と興味があるらしい。

「まあちょっとね、さすがに今回は気合い入れないと…」
「えーっ?兄貴っぽくない発言じゃん」

 基本的に真面目なディレルなのだが、どうやら妹から見るとヘタレ兄貴に見えているらしい。まあしょっちゅう「困ったなあ」とか言っているのだから、ヘタレに見えるというのもちょっとわかる気がする。
 セレーニアはコージたちの作業テーブルに近づくと、ディレルの塗っていたバイク軍団のフィギュアを手に取った。

「へー、意外とかっこいいんだこれ」
「え?セレーニアあんまり興味なさそうだったじゃん」
「ゲームはめんどくさそうだけど、フィギュアはかわいいじゃん、これなんか…」

 セレーニアが手に取ったのは触手がお腹から生えている不気味なゾンビのフィギュアである。コージ的視点では不気味だがかわいいとはとても言えない。百歩譲ってキモカワ系というところだろう。この辺はコージたちにはよくわからないセンスである。

「ねー、ちょっと塗らせてよ。あたしもやってみたい」
「ええっ?」
「いいじゃんか。兄貴より上手いよ。ネイルみたいなもんだし」

 返事も待たずにセレーニアはディレルの筆をひったくり、手にした不気味なゾンビにペイントし始める。たしかに彼女の言う通り、フィギュアのペイントはネイルアートと似ている。ネイルではアクリルではなくエナメル塗料を使うと言う点を除けば同じといってもいい。いや、プラモならエナメル塗料で塗装することも一般的なのだからますます同じである。
 セレーニアはフィギュアがゾンビであることなど全く無視して、気にいった色でどんどん塗装を進めて行く。緑やら黄色やら赤やらピンクやら、なんだか極彩色である。それどころか自分の部屋からキラキラのビーズとかを持ってきて、瞬間接着剤でデコレーションを始める。あれよあれよと言う間に、トロピカルでキラキラのゾンビが誕生する。

「ね、ね、見て見てっ!ちょー可愛いじゃんこれ」
「…ビーチリゾートに出てきたゾンビですよねこれって…」
「B級ホラー映画そのものじゃん」

 三人の男子は想像だにしなかったトロピカルゾンビの登場に呆然である。

「もー、そこがいいんじゃない。ポップでチープなゾンビってちょーイケてるとおもうんだけど」
「…そういうものなのかなぁ…」
「ポリーニは気に入りそうな気がする…」
「俺さまノーコメント」

 自画自賛するセレーニアに男ども三人は困惑しきりである。まあここの三人の男どもは、セレーニアのような女子のセンスを理解するには、いささか情報が少なすぎる。おそらくポップでチープなゾンビは女子受けするのだろう。少なくともコージの直感では同じ女子のポリーニなら喜ぶような気がする。

「兄貴また塗らせてよ。あたしがデコレーションしてあげるからさ」
「え、ええっ?キラキラゾンビ?」
「いいじゃん、コンテストなんて目立たせないとダメなんだし。じゃ、みんな頑張ってね~」

 忍び寄る危機に青ざめるディレルだが、セレーニアはにこにこ笑いながら部屋を出て行く。

「…困ったなあ…デコレーションゾンビって…」
「まあ目立たせないとダメって言うのは一理ある」
「ええっ?コージまで?!」

 ますますピンチと言う表情になるディレルにコージとみぎては爆笑したのは言うまでもない。

絵 武器鍛冶帽子

*     *     *

 さてコンテストの作品提出の締め切りが近づいてくると、だんだん修羅場感が出てくる。この辺は同人誌や論文の締め切りと同じといって良い。実際にはポリーニ以外は趣味の範囲なので、寝食を惜しんで作業と言うのも何なのだが、こういうことはついつい熱が入ってしまうものなのである。まあ大学での実験とかの合間しか作業時間がとれないので、こうなるのはしかたがない。そういうことで、コージやみぎてもここ一週間くらい睡眠時間が不足ぎみである。
 今週末には締切という段階になったところで、いよいよコージたちは約束していた「事前チェック」を開催することにした。他人を不快にするような問題のある作品になっていないかチェックする、というのが名目だが、実際にはポリーニの作品に危険な発明品が仕込まれていないかの確認である。

「みんな遅いわよ!朝一番で集合って言ったじゃない!」

 講座の共通実験室に、ポリーニの不満げな声が響いた。土曜日の朝なので、よその講座はそんなに人はいない。もちろん実験の都合で土日に登校する学生もいるのだが、普段と比べるとがら空きである。もちろんこれはディレルのアイデアで、土日の講座なら人がいないので、万一ポリーニの発明品が暴走しても安心という作戦なのだ。

「まだ八時じゃん…いつもより早いけど」
「そんなこと言ってるからあんた達モテないのよ!こんなに盛り上がっているイベントなんだから、早く来て当たり前じゃない!」
「…これはヤバイですよコージ…」

 ディレルはポリーニの反応を見て危機感もあらわに言う。たしかに彼の言う通り、今日のポリーニは早朝からやたらハイテンションである。これはどう考えてもフィギュアにとんでもない発明品を仕込んできたとしか思えない。
 ともかくこの手の事に関しては、女子の意見は常に正義というのは理系学部の掟である。おとなしく文句を聞き流すしかない。

 さて興奮気味のポリーニをこれ以上待たすわけにはいかないので、早速フィギュア事前確認会をスタートすることになる。
 今回コージが作ったのは、「ゴブリン義賊団登場」という感じのジオラマである。イメージとしては、昔の小説にある義賊という感じで、小柄ながらも勇敢なゴブリン族たちが、岩山から現れたシーンである。装備もまちまちのゴブリン族のフィギュアがなんだかとてもコミカルで、しかし格好いい。岩山はマルスから習ったジオラマ簡単作成法で作ったものである。

「なんだかいい雰囲気ですね~、ゴブリンさん達」
「まあ頑張ってみた」

 昔話では悪役になりがちなゴブリン族の人たちを、格好よく仕上げたつもりである。ペイントを始めて二ヶ月半のわりには頑張ったという気がする。
 ディレルの方はちょっとペイント歴が長い(二年程度だが)ということで、今回大物にチャレンジである。

「あ、このロボかっこいい!すげぇ!」
「丁寧ね~、眼のところなんて、ガラスみたいな光沢まで塗ってあるじゃない!」

 ポリーニもロボはいたく御気に入りのようである。たしかにディレルのロボットフィギュアは、センサー部分の光沢や、手にしたビーム兵器らしき部分の発光がすごく良くできている。

「実は奮発してエアブラシ買ったんですよ」
「えっ!あれ買ったんだ!思いきったなぁ」

 塗料をきれいに塗るためのエアブラシはちょっと高級画材である。スプレー缶式の簡易タイプでも一万円くらいはする。ただ、筆ではなかなか難しいグラデーションとかをきれいに作れるのは、やはりエアブラシならではの長所である。
 さて今度はみぎての番である。魔神はちょっと緊張した面持ちになって、箱からフィギュアを取り出す。

「あっ!これすごい!」
「みぎて、さすがに器用だなぁ…」

 みぎてが取り出したフィギュアは、大きな鳥の翼を持つ武将だった。翼は輝くようなオレンジ色と赤で彩られ、半裸の上半身は石炭のような光沢に光っている。まさに炎の天使といういでたちである。自身が炎の魔神族であるみぎてだから、なんだか自画像みたいな感じでもある。

「みぎてくん、このキャラみたいに痩せればかっこいいのに」
「えーっ!俺さま先月よりちょっとだけ痩せたんだぜ…ちょっとだけど」

 ポリーニに鋭く突っ込まれ、みぎては痛いという表情になる。とはいえ翼の羽根はきちんと一枚一枚丁寧に塗られているし、あえて肌を黒にして、赤い炎を鮮やかに見せているところといい、これはかなり頑張っている作品と言える。この体育会系食欲魔神が塗ったとは思えないほどの良い出来である。実は一応コージたちはペイント途中の状態を何度も見ているはずなのだが、さらに仕上げでグッとよくなっている。

「初心者部門で賞を狙えそうな勢いですね二人とも」
「さすがに無理だろ?うまいやつとか一杯いるだろうし」
「あはは、まあお祭りお祭り。俺さまも塗ってて楽しいからさ」

 ディレルのべた褒めにさすがに苦笑する二人である。まあショップの店頭にあるペイント見本を見ると、さすがにすごいものばかりである。が、同じ棚に飾ってもそれなりにいけている気もする。ちょっと自画自賛のコージである。
 さて…いよいよ一番肝心な作品である。コージたちは一呼吸してからポリーニに視線を向ける。

「うふふ、あたしも今回は力作よ」

 ポリーニはコージ達の本音(作品の出来ではなく、危険な発明品の有無)など全く気にせず、危険な笑みを浮かべながら紙箱を取り出す。
 中から出てきたのは意外なほどまともなスペースソルジャーの一団である。あえて特徴的なところというば、全員ヘルメットを被らず、素顔を出しているところくらいだろうか。アーミー系の精悍な顔つきが丁寧に塗られていてとてもよくわかる。眼のところなど、瞳まできちんと描かれているから大したものである。

「すっげー!丁寧に目とか描いたんだな!」
「でしょ?スーパードールのまつげで鳴らしたあたしのペイント、すごいでしょ?」

 みぎてが素直に感嘆すると、ポリーニは自慢げに胸を張る。が、彼女の作品はこれだけではなかった。
 ポリーニは鞄からさらに小さな布らしきものを取り出す。そして丁寧にそれを広げると、フィギュアに着せ始める。

「ええっ?」
「服だ…」

 鎧みたいな宇宙服を着たスペースソルジャーのフィギュアに、上からさらに服を着せるのであるから、どう考えても格好がよくなりそうな気がしない。でかい服に小さい頭が乗っかっているようになるのがオチのはずである。
 ところがポリーニの作った服は、不思議なことにスペースソルジャーの胴体が大きく見えない。ナイススタイルの格好いいおっさん集団に見えてくるのである。デザインは変哲のないスーツとか、ジーンズとシャツみたいなものだから、これは間違いなく魔法技術がらみの発明品である。

「ええっ!?手品みたい…」
「地味だけどすごいじゃん、それ」

 実体はともかく、見た目が一回り小さくなるという技術である。目の錯覚とか、心理的な効果なのかわからないのだが(一種の幻術に近いものだとは思うのだが)、ともかくこれは実用的な魔法技術といっても良い。ファッションとかデザイン業界で大活躍しそうな発明である。
 ポリーニはコージ達が珍しく絶賛するのにかなり気をよくしたらしい。自然、饒舌になる。

「でしょ?いいでしょ?スペースソルジャーって、宇宙服来てるからみんな太いのよね。普段着姿だって見てみたいじゃない。そこであたしが作った服に、新開発の偏光虚像樹脂を仕込んだのよ。見た目二割くらい細く見えるわ!」
「こんな小さい服、良く作ったなぁ…」
「こんなの大したことないわよ。モデラーの人とか、美少女フィギュア素材から作るって聞いたわ。フルスクラッチって言うらしいじゃない」

 まあたしかに造型師とかいうひとになると、美女フィギュアをゼロから作るというのは聞いたことがあるし、彼らがペイントしているフィギュアだって、元々そういう人が大元の型を作っているはずだから、このくらいの細工は出来ても普通なのかもしれないが、それにしても良くこんな小さな服を作ったものである。

「もしかしてポリーニ、ほんとはみぎてにこの痩せる服着せるつもりだったとか?」
「わかる?ほんとはそのつもりだったんだけど、虚像樹脂が全然足りなかったのよ」
「ほっ、助かった…俺さまそれが不安だった…」

 案の定ポリーニは最初この発明品を、みぎてを実験台にして試そうと思っていたらしい。しかし幸か不幸か素材不足で断念したのである。いつも発明品でひどい目に遭っているみぎてとしては、命拾い気分である。まあ今回の服はそんな危ないということはなさそうだが…

 さて、四人の作品事前チェック会は無事に終わり、コージたちは最後の仕上げということで、またディレルの家に向かう。ポリーニはもちろん自分の研究室で最終追い込みである。
 一番心配していたポリーニのヤバイ作品が、案外まともそうだということで、気分的には楽になったはずのコージ達だった。三人はディレルの家につくと、買ってきたペット瓶のお茶を飲みながら雑談である。

「ポリーニの発明品が安全そうでホッとしましたよ」
「だよな。まあいつもああいう無難なやつだといいんだけどなぁ…」
「っていうか、俺さま発明品ってみんな危ないんだと思っていたし…」

 三人ともあんまりホッとしたもので、肩の力が抜けてしまう。というか、それほどまでに日頃トンでも発明品ばかりなのである。みぎてに至っては人間界にやって来てはじめの「安全な発明品」を見たらしい。まあ今までのポリーニやシュリの失敗作を見ていれば、誰でもそう思ってしまうのは当然だろう。
 三人はあまりのベスト展開に安心しきって雑談にふける。ディレルは台所からポテトチップスやチョコレートなどを持ってきて、ちょっとした茶話会モードである。
 と、そのときだった。

*     *     *

「あー、アニキたちお菓子食べてる!あたしもまぜてよ」

 コージ達の陽気な声に、ディレルの妹セレーニアが顔を出す。まあこれだけ騒いでいれば隣の部屋にも聞こえるのは仕方がない。ちょっと恥ずかしい気はするのだが、良くある話である。
 セレーニアはディレルが返事をする前に、さっさとコージ達のそばに来て、テーブルの上のチョコレートをつまむ。そしてコージ達のフィギュアを見ると感動したような表情になる。

「スッゴーい!前に見たときと全然違うじゃん!」
「あはは、まあコンテストだからねぇ」

 照れたように苦笑するディレルに、セレーニアはあきれる。

「アニキ~、もっと自信もちなよ。みんな結構イケテるからさ」
「そ、そうかな?」
「みぎてくんのやつなんて、ちょーでかい魔神が作ったって信じらんないもん」
「それはわかる」

 たしかに彼女の言う通り、巨体の魔神がこんな丁寧なペイントをするというのは、ちょっと想像つかないと言うのはコージ達も同意である。まあこの辺はいつもの笑い話なのだが…
 ところがここでセレーニアは、コージ達が全く予想していなかった情報を言い出したのである。

「あー、もしかしてポリーニちゃんも出すんでしょ?さっきハンズセンターで会ったよ」
「え?まあそうだけど…」
「…ハンズセンターで?」

 コージ達の笑顔が困惑の表情に変わる。ポリーニもコンテストに参加するというのはもちろん異常な情報ではない。が、引っ掛かるのは「ハンズセンターで」という部分である。
 ハンズセンターというのは、ビルまるごと、クラフト素材やら面白グッズやらを売っている、一種のホームセンターである。郊外にあるようなホームセンターと違って、珍しいおもちゃやら少数取り扱いの石鹸みたいなもの、果てはコスプレ用の服の素材とか化学の試験管とかまで、バラエティーに富んだグッズを売っている。見ていて一日飽きないほどの品揃えである。
 が、ポリーニがハンズセンターに行くとすれば、動機はいささか不穏になってくる。当然ながらあの店は、発明品の材料入手にもっとも好適だからである。

「彼女、何か言ってた?」
「あ、うん。ジオラマの発明品がまだ完成してないんだって。あと一週間ないんでしょ?」
「ジオラマの…発明品が?」
「あーっ!ジオラマのほうか!」
「俺さま…やられた…」

 コージたちは顔をひきつらせる。さっきの事前チェック大会で、彼女が出してきたのはフィギュアだけである。つまりジオラマの方は全くノーチェックということなのだ。ジオラマは必須ではないので、気がつかなかったのである。そして…
 小さなフィギュアより、背景になる大きなジオラマの方が、より大がかりでヤバい発明品を仕込んでくる可能性が高いのは明らかである。

「…全く気がつきませんでしたね…」
「迂闊だった…ポリーニがあれだけで済ますなんてあり得ない…」
「やっぱり人間界でこんな平和なイベントなんて、俺さまもおかしいと思ったんだ…」

 毎度毎度ひどい目に遭っているみぎての発言に、今回も全員同意せざるを得なかったのは言うまでもない。

(8.「魂の写真家カフランギです」へつづく)

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