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炎の魔神みぎてくんアルバイト 4.「あ、それダメ」

4.「あ、それダメ」

 さて、コージたちは蒼雷そうれい神社の本殿の隣にある社務所(といっても仮設のプレハブなのだが)で、それから二日間お札づくり地獄となった。実際の作業としては、まず蒼雷から習った神性呪文『お札作成』でお札を作る、それからそれを和紙でできた「蒼雷大明神」封筒に収めて赤い帯紙で封をする、というものである。お札作成の魔法は儀式呪文としてはまあ簡単な部類なので、コージたちのような魔法研究者にとってはさほど大変なものではない。蒼雷の指示通り、墨で古精霊語の文字を並べて念じながら描く(書き、ではないのがみそである。文字をレイアウトした魔法陣のようなものだからである)だけである。儀式呪文とか、ポリーニ定番の発明品だともっと複雑な術式が組まれているのが当たり前なのだし、コージたちは一応魔法学のプロである。この程度の呪符なら簡単に作ることができる。ただし…

 数が一枚や二枚ではなく五〇〇〇枚以上となると話が違う。コージたち四人+蒼雷で分担しても一人頭一〇〇〇枚である。一枚あたり一分かかるとしても半日以上かかる計算になる。というか実際には紙を折って封をする手間を考えると、丸二日あっても結構ギリギリである。
 それにいくら簡単な魔法だといっても、魔力を全く使わないわけではない。魔神の蒼雷ですらへとへとになる量である。コージたちのような人間の魔道士程度の魔力では、休み休みやってもノルマ達成はかなり厳しい。魔力の使い過ぎでミイラになりそうな話である。
 そんな状況になると必然的に負担が増えるのは魔神族の二人…つまりみぎてと蒼雷である。魔力切れになったコージたちがお札を封筒に詰めて、みぎてと蒼雷がせっせと呪付をする、という感じである。幸いみぎては体力に関しては底なしだし、魔力のほうもさすが「大魔神」を名乗るだけのことはあって有り余っているので、とりあえずお札の生産程度なら(五〇〇〇枚という手間はともかく)なんとかなりそうな感じだった。とはいえこの魔神は蒼雷とは違って、神社の祭神とかそういった人様の信仰対象になったことはないらしく、こういうお札とかを作るのも生まれて初めてらしい。どう見て金釘流としかいいようがない筆跡で魔法陣を描くのが関の山といったところである。

「なんだか一抹の不安がよぎる出来栄えだな、みぎてのお札は…」
「うーん、俺さまこういうの全然やったことないんだよなぁ。神社って大変なんだな」
「そりゃ当然だぜっ!庭の掃除とか、町内パトロールとか、それから町の振興イベントとかやることいっぱいあるぜ」
「それは神社の仕事っていうより、商工会議所っぽいですねぇ…」
「だって観光客来ないとお賽銭も無いぜ」
「…客多すぎるから今困ってるんじゃん」

 冷静なコージの突っ込みに一同は爆笑である。

 さて、結局彼らは土曜・日曜ともずっとお札づくりの作業をする羽目になった。飯は蒼雷が手配した仕出し弁当だし、トイレ以外は部屋から一歩も出ない。まさに家庭内手工業という感じである。ただ唯一の救いは、仕出し弁当が地元の高級旅館謹製の極上幕の内弁当なので味のほうは申し分ない上に、みぎては三つ食べてもいいという点だった。とにかく今回はみぎての底なし魔力がたよりなので、ちょっと優遇措置である。
 宿のほうは、これはさすがに高級旅館というわけにはいかない。商工会議所の和室で男女別れてということになる。女性のポリーニは特別に一人部屋、コージたちは三人まとめて雑魚寝という状態である。ディレルの本音としては風呂桶で眠りたいのだろうが、ここ地獄谷温泉郷でお風呂といえば温泉…それも酸性泉である。さしものディレルも酸性のお湯の中で寝るのは危険ということで、あきらめるしかない。

 という具合で彼らがバビロンへの帰路に就いたのは、日曜日の夕方になってのことだった。残念ながらノルマの五〇〇〇枚はとてもじゃないが無理で、三〇〇〇枚を少し超えたところで時間切れとなった。といっても五〇〇〇枚という数は、結構さばを読んだ多めの数なので、まあ今回は問題がない可能性も高い。
 コージ達は蒼雷や途中で手伝いに来た数名の氏子に見送られ、ぐったりした表情でバスに乗り込んだ。この表情は決して観光地に来た客ではない。どう見ても仕事を終えて疲れ切ったビジネスマンを飛び越えて、ようやく原稿を編集部に届けて燃え尽きている漫画家という表情である。

「俺さま、多分バビロンまでずっと寝てる…」
「僕も…もうバスでも寝れます」
「あたしも…バビロンついたら起こして」

 みぎてもディレルもさすがにへろへろの状態で、バスの座席にへたり込んでぐったりしている。発明品の研究で徹夜に慣れているはずのポリーニすら、今回は限界という表情である。もちろんコージだってへとへとで、本音は「バビロンについたら起こして」なのだが、全員が寝てしまったら起こす人がいない。いや、バビロンは終点なので運転手さんが起こしてくれるのだろうが…というかやっぱり限界である。
 かくして、三人が泥のように寝付いてしまったのを確認したところで、コージも意識が飛んでしまったのは致し方ない話だろう。

*     *     *

 月曜日の朝、講座に集まった一同の表情は、まさに「全然疲れがとれてない」という悲惨なものだった。もちろん結局彼らはバスの中でずっと寝ていたし、帰宅した後もそのまま布団に倒れこんで眠ってしまったのだが、丸二日間のハードなアルバイトの疲労はそれくらいで回復するようなものではなかったのである。実際のところ今回のバイトは工事現場バイトのような肉体疲労ではない。魔力が尽きるまで護符をつくるという作業は、体力よりも精神力の消耗がほとんどである。そんなせいでコージだってまだ目の奥がだるいとか、全身が凝っているというか、そういう疲労感がたっぷりと残っている。
 そんな状況で登校した彼らを見て、セルティ先生はげらげらと笑った。

「やだもう!みんな徹夜マージャンした後みたいな顔してるわよ。大変だったみたいね」
「ううっ…徹夜マージャンのほうが楽です。多分」

 さもおかしそうに笑うセルティ先生に、コージは完全寝不足というような表情で答えるしかない。もちろんコージは徹夜マージャンの経験は何度かあるので、直接比較ができるわけである。この場合寝不足度は同じようなものなのだが、精神的疲労度ははるかに今回のバイトのほうがきつい。まあ麻雀の場合はいろいろほかにも(お金が減ったりするなど、ここで述べるのは自粛するようなことが)あるので、必ずしも楽だとは言い切れないのだが。
 あんまり四人がひどい表情なので、セルティ先生はちょっと心配になってきたらしい。

「みぎてくんまでぐったりって珍しいじゃない。いったい蒼雷君のバイトってなんだったの?てっきりお祭りの準備だと思っていたんだけど」
「…準備といえばたしかにそうなんですけど…」
「たしかにまあ…そうだよなぁ」

 コージとディレルは昨日おとといの顛末をかいつまんで話す。といってもほとんど缶詰め状態だったのだから、説明する内容などたかだが知れている。セルティ先生は「地獄のお札づくり」の話に、さっきよりもさらにおかしそうに笑いだす。

「よかったじゃないの!くすくすっ、新しい魔法を教わって!くすくすっ」
「根こそぎ魔力使い果たしましたけどね…ううっ」
「でも神性呪文なんて、大学じゃ教えられないのよね。何事も経験じゃない!くすくすっ」
「せんせ、面白がってるのがよくわかるぜ…」

 たしかにセルティ先生の言うとおり、大学では魔道士の呪文…つまり精霊魔法は学べても、神性呪文となると(研究の対象ではあるが)教わることはできない。その点で今回蒼雷から神性呪文を教わったということは、魔法使いとしてとても意義のあることということになる。が、いくら「よかったじゃない」といわれても、セルティ先生がコージ達のバイト顛末記を面白がっているのは間違いないのだが…

「あ、でもちょっとみんなが作った護符っていうの、見てみたいわね。」
「ええっ!全然ありがたみも何もないですよ」
「だよなぁ…」

 セルティ先生の興味本位の発言に、コージやディレルは苦笑する。もちろん残念なことだが完成品はここにはない。この場は誰かが実演するのが一番いいだろう。
 というわけで、さっそくみぎてはその場でコピー用紙に護符を描いてみる。本番の時は和紙でに墨汁と筆で描いていたのだが、この場合は当然太字のマーカーで描くことになる。あれだけとんでもない数(みぎてのこなした数はおそらく一〇〇〇枚以上)作ったのだから、最初の時よりもずいぶんきれいな魔法陣があっという間に描きあがる。

「あら、古精霊語なのね。面白いわ」
「僕たちは面白いどころか食傷気味ですよ」
「文字っていう気分がなくなるんだよな、あんだけ描いてるとさ…」
「記号というより模様よね。あたしもそうだったわよ」

 たしかにあれだけ大量のお札を描いていると、だんだんお札の文字が意味を持ったものと認識できなくなってくるものである。少なくとも昨日の昼過ぎ以降は全員そろってそんな感じだった。
 先生はそんな彼らのセリフに笑いながら、教授室から一冊の分厚い本を持ってくる。深緑色の革表紙をしたかなり高級そうな装丁というところを見ても、どうやら辞書のようなものかもしれない。

「『改訂新版護符魔術便覧』?」
「あたしも専門じゃないから詳しくないんだけど、ちょっとこれで調べてみたら興味深いわよ。蒼雷君の護符がどういう仕組みでできているのかわかるわ」

 先生から本を受け取ったコージは、さっそくページをめくってみる。B5のサイズの本だが、軽く一〇〇〇ページはある。幸いこの手の便覧によくある検索目録が最初のほうにあるので、なんとか探すことはできそうである。

「えっと、描かれている文字は古精霊語で、配列は長方形対照配列で…」
「似たような護符、かなりありますねぇ…」

 どうやら蒼雷の護符は、かなりありふれたよくある東方系の神性護符らしく、似たようなものがかなりたくさんある。が、検索目録はよくできていて、しばらく探しているとかなり似通ったものが見つかった。

「これね。『破魔の結界護符饕餮とうてつ紋様4型』っていうのね」
「えっと、風属性の神性に一般的な護符パターン。『静的ルーンによる破魔結界大気4型』と同義。特性曲線は右の通り…」
「うーん、意味がよくわかんねぇや」

 さすがにみぎては専門用語の羅列としかいいようのない説明に、急速に意味が分からなくなってきてるようだった。(特性曲線といわれても確かに普通の人にはわからないのは当たり前である。)もっとも魔法分析については、コージたちは経験があるので意味は大体わかる。横にあるチャートは『魔法分析』の呪文に対する反射スペクトルで、護符の性質を示すものである。

「まあ蒼雷君の神社らしい護符ですよね、たしかに…風と雷エレメント帯に固有のピークがありますし…」
「神性呪文の護符でも、魔法分析でかなり内容わかるんだな」

 といった具合で、彼らは初めて見る(というか、調査する)護符を囲んで、興味深げに魔法談義をしていたのだが…

 ところが、そんな話をしていると、なんだかちょっと妙なにおいがしてきたのである。ものが焦げるような…そんなきな臭いにおいである。

「ちょっとまった…なんかにおうぞ」
「あら、そうね。焦げるにおいよ」

 講座で火事など出そうものなら大変なことになる。コージたちは思わず立ち上がり、火の元を探した。が、それは意外なところだったのである。

「あ、コージ!護符が…」
「えっ?」
「焦げてるわよっ!」

 ポリーニが仰天してテーブルの上を指さす。と、さっきみぎてが上質紙に描いたばかりの護符が、どうしたことか褐色に変色して、一部穴まで開いている。

「げげげっ!」

 みぎてはあわてて護符を取り上げると、既に裏側のほうはもう真っ黒けで、テーブルクロスまで少し焦げが移っている。どうやらこの護符が変色したというか、「自然発火」したとしか思えない。みぎてはそのまま護符をつかんで(炎の魔神なので火は平気である)流し場に行き、消火する羽目になったのである。

*     *     *

 あまりの想定外の出来事に、さしものコージも蒼白になった。それはそうであろう…みぎてが目の前で作った護符は、紙が和紙ではなく単なる上質紙で、筆と墨汁でなくマーカーで描いたものだったが、蒼雷から習った、そしてコージたちが大量生産した護符と基本的には全く同じものだったからである。いや、それどころか蒼雷に至っては過去何年間(というより神社の祭神なのだから百年以上?})作り続けていたお札そのものである。それがいきなり黒変…もしかすると自然発火するなどありえる事態ではない。いや、しかし今回現実に自然発火が起きてしまったのだから、何か作り方に決定的な欠陥があったのかもしれない。そんな危ないものをそのままにしておけば、蒼雷神社全焼、お札を買った人も事故続出という大変なことになってしまう。とにかくこの場は大至急蒼雷に連絡を取って、昨日作ったお札を破棄しないとまずいだろう。この点についてはセルティ先生も含めて異存はない。
 ただ一つだけ問題は、今回の自然発火の原因が本当に蒼雷が教えた護符の製法にあったのか、ということである。考えにくいことだが、もし護符の作り方が根本的に間違っていた場合、コージたちが作った護符だけでなく、過去蒼雷が作った護符まで不良品ということになる。というか、考えにくいと思いながらもその可能性を捨てられないのは、蒼雷がそれほど魔法が得意だとはとても思えないからだった。一応祭神などやっているが、基本的にはみぎてと同じ魔神族の体育会系にーちゃんなのである。
 そう考えると最善の手段は、とにかくいったんお札を安全な場所に移してから、原因をきちんと調査したほうがいいということになる。

「とにかく蒼雷に連絡を取って、燃え上がっても大丈夫な場所に護符を移動してもらおう」
「そうですね。じゃあそれ僕がやっときますよ」
「セルティ先生は、護符魔術に詳しいほかの講座の先生に解析を依頼してください。話が付き次第、みんなで行きましょう」
「護符魔術なら第六講座のジオーラ先生が専門ね。すぐに連絡するわ。」

 ということで、眠気も一気に吹き飛んだコージたちはこの不測の事態に大慌てで対処を始めるしかなかったのである。

 コージとみぎて、それからセルティ先生は第六講座の研究室へと足早に向かった。蒼雷への連絡はポリーニとディレルの担当である。第六講座はコージたちの講座と同じ建屋の二つ下のフロアーにある。専門は応用呪付魔法で、特に結晶を利用した高度な立体魔法陣の研究では評判が良い。
 コージ達は第六講座のドアをくぐると、そこは同じ魔法工学部の建物とは思えない面白い部屋だった。まず本棚がやたら多い…図書室に来てしまったのではないかと思うほどの蔵書の数である。代わりにコージたちの研究室のような分析機器はあまり置かれていない。それから壁のところどころに妙な文字や記号が描かれた紙が貼ってある。おそらくはこれも一種の護符なのだろうが、何の機能を果たしているのかは今ひとつわからない。まあこの辺は専門分野の違いなので仕方がないところなのだろう。
 コージ達が入ってきたことに気が付いたジオーラ先生は教授室から顔を出して彼らを出迎えた。ひょろながで肩まで伸びるストレートの白髪、さらにちょっと立派なひげまで生やしたおじいさんである。そして面白いことに、なんと昔風の魔法使いのローブをきちんと着こんでいる。黒いローブに腰にえんじ色の布ベルトをして、首から護符のようなものまで下げているのが、おとぎ話の魔法使いそっくりである。というか彼らは実際魔法使いなのだから、おかしな話でもなんでもない。しかし実際にバビロン大学でこんなものを着ているのは、教職員も生徒も含めてこのおじいさんくらいである。コージも一着だけ魔道士のローブを持っているのだが、そんなものを着るのは卒業式とかそういったよほどの式典くらいである。

「あ、セルティ先生、それからコージ君と魔神君。入った入った」
「お邪魔します。よろしくお願いします」
「ほんとにすいませんわ。お忙しいところ…」
「いやいやなんのなんの…」

 教授室に案内された彼らは、これまた妙な室内に目を丸くする。もちろんコージとみぎては魔法実験の手伝いで、なんどかこの講座にも来たことはあるのだが、教授室となると初めてである。
 とにかくまずテーブルは見事な円卓で、そして化粧板には十二星座のシンボルが掘り込まれている。壁には四方向に聖獣みたいな絵が置かれていたり、それから天井にはこれまた奇妙な幾何学模様が入っていたりという、なんだかすごい部屋である。見ようによればどこかの宮殿に来たのかと思えるほどの装飾だが、当然大学の研究室なのでどこか安っぽい(テーブルの化粧版は実はメラミンだし、壁の絵はどう見てもなにかのコピーである)。まあしかし、少なくともコージたちの研究室に比べれば魔法使いの部屋らしい気もする。
 しかしのんびり室内装飾に見とれて(というよりやや呆れて)いる暇は、残念ながら今日は無い。

「えっと、先生、こんな紋章なんですけど…」

 コージはさっそく上質紙に例のお札を描いてみる。心なしかみぎてが描いたお札よりも下手という気もするのだが、昨日作った枚数が違うのだから仕方ないだろう。
 ジオーラ先生はお札をしげしげと見ながら首をかしげる。

「ほんとにこれは一番ありふれたお札。電話で聞いたような事故は起きないね」

 ジオーラ先生はなんだかちょっとぶっきらぼうにいう。この言われ方は、なんだかちょっと馬鹿にされているような気がしてしまう。といっても実はこの先生は別に悪気はない。授業の時でも、それからコージたちに実験補助依頼をするときでもこんな感じである。実は話しているうちに気が付くのだが、単に修飾語が苦手というか、あんまり人づきあいがうまいほうではないのだろう。

「えっと、実際は墨汁で筆で書いてるんです。関係ありますか?」
「ありません」
「…うーん…」
「紙は和紙と普通の上質紙だと?」
「それも関係ありません」

絵 武器鍛冶帽子

 にべ無く「ありません」と言われてしまうと、なんだか後が続かない。とはいえ原因が判明しないことには打つ手がなくなってしまう。コージとみぎては顔を見合わせて困惑するし、セルティ先生はくすくす笑い始める。
 困り果てた魔神はコージに向かって言った。

「コージの描いたこいつと、さっき俺さまが描いたやつと、どこか違うのかなぁ…」

 そういってみぎてはもう一枚の紙に同じように護符を描いて、コージの護符と並べて置いてみる。こうして並べてみると、筆圧の違いはあるものの全く絵柄は同じで、「どこか間違えた」というようには見えない。
 ところがその時である。ジオーラ先生はピクリと眉毛を動かして言いだした。

「あ、それダメ」
「えっ?そうなのか?」
「どこか違うんですか?」

 突然のジオーラ先生のダメ出しに、コージたちはびっくりである。見た目ほとんどそっくりの二つの護符を見て、一目で違いが判るというのだから、さすがは紋章魔術の専門家である。
 しかしジオーラ先生の見つけた違いは、意外なほど単純なものだった。

「みぎてくんが作っちゃダメです。これ風のルーンに特化している魔法陣ですから。炎の魔神の魔法力だと不安定です。最悪壊れます」
「えっ?」
「えええっ、それかよ…」
「やっぱりね。それ系だと思ったわ」

 どうやら蒼雷の教えてくれた護符は、蒼雷たち風の魔神にチューンされたものだったのである。当然蒼雷のような風の魔神族が使う場合が最大の効果を持つのだろうが、コージのような人間が使う程度なら多少の効率の低下はあるにせよ、問題はない。ところが属性違いの炎の魔神が使おうものなら、暴走してすぐに壊れてしまう。意外とこういう護符魔術は繊細なものなのである。事実、今みぎてが描いたばかりの紋章も触ってみると結構熱い。自然発火するほどの熱さではないが、決して正常な状態ではない。
 しかしともかく、これでさっきの発火の原因が分かったということで、コージは少し安心する。蒼雷に連絡してみぎてが作った護符だけを(触ってみれば熱いのですぐわかるだろう)より分ければ大丈夫なはずである。せっかく三〇〇〇枚も作った護符が全部パーになってしまうより、みぎて分一〇〇〇枚で済むほうがはるかにましである。まあ不足分に関してはもう一度(今度はセルティ先生も一緒に)行って、また内職祭りをするしかないのだが…
 というわけで、コージたちはジオーラ先生に丁寧にお礼を言って席を立とうとした。ところが…

 その時、すごい勢いで誰かが教授室に駆け込んできたのである。ポリーニとディレルだった。

「先生っ!コージっ!…はぁっ!はぁっ!…た、大変だっ!」
「大変なのよっ!ちょっと!」

 トリトン族のディレルはもともと走るのが得意でないにもかかわらず、階段を全力疾走したらしい。もう息も絶え絶えといった感じである。いや、それほどまでに大変な事態が起きたとすれば、しゃれにならない。まさかと思いたいが、早くもみぎての護符から失火して、蒼雷神社が火事になったのかもしれない。思わずコージ達は立ち上がった。

「ディレル、まさか…」
「まさかもう火がでちまったのかっ!」

 コージもみぎても蒼白である。さすがに今回のチョンボはショックがでかい。失敗作のお札から失火して、火事なんてことになると想像しただけで人生真っ暗である。思わずコージは目の前が暗くなった。
 ところがディレルとポリーニの持ってきたニュースはそうではなかった。蒼雷神社火災という最悪のケースではなかったものの、ある意味もっとややこしい問題だったのである。

「それが…お札が盗まれちゃったのよ!」
「段ボール一箱分が丸ごと、神社からなくなってるんだ!」
「えっ?ええっ?」
「ううっ…それはそれでやばいじゃん…」

 最悪のケースを回避できたという安心感と、それから別の大問題にぶち当たったというショックで、コージは思わず立ちくらみを起こしそうになったのは仕方がないことだった。

(5.「うさみみがダメ」へつづく)

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