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炎の魔神みぎてくんキットバッシュ 1.「ディレル、フィギュアとか好きだったんだ…」

1.「ディレル、フィギュアとか好きだったんだ…」

 バビロンという街はこの地方では一番の大都会で、歴史もある。旧城壁の内側(旧市街地地区)だけでも人口は数十万人いるし、最近発展が著しい外の新市街地も合わせると三百万人くらいはいるだろう。
 もちろん旧市街地は歴史があるところなので、街並みはよく言えば歴史感あふれる、悪く言えば古臭いところもある。コージたちの住む大学町などは典型的で、昔風の下宿とか、定食屋とか、雑貨屋さんが雑然と立ち並んでいる。
 とはいえコージが大学町に住むようになって十年はたつので、さすがに少しずつ街並みが変わってきた気がする。下宿の斜め向かいの豆腐屋さんは廃業して取り壊してしまったし、跡地には今度スマホショップが来るらしい。個人的にはスマホはそうそう買い替えたりしないので、もっと毎日の生活に役立つショップ…コンビニとかそういうのが来てほしい気はするのだが、これはコージの所有物ではないのでしかたがない。
 隣を歩く相棒の魔神も、やはり同じような感想を持っているのだろうか…いや、人間族よりずっと長く生きる魔神族は、こういう細かい街並みの変化など気が付かない可能性が高い。一緒に住むようになって結構な年月が経っているのだが、こういう細かいところは、人間族との違いが見え隠れするのでとても興味深い。…まあそれ以前にこの相棒は性格が結構雑なので、魔神族という理由は関係ないかもしれない。
 
 ところがコージが驚いたことに、相棒の魔神は突然こんなことを言い出したのである。

「コージ、あそこに新しい店できたんだけど、興味ないか?」

 魔神は豆腐屋の跡地ではなく、そのさらに向こうの雑居ビルの二階を指さす。一階は前からある小さな不動産屋さんだが、たしか二階は前はビーズアクセ屋だったような気がするのだが…ところが確かによく見るとそこには、見覚えのない真新しい看板がある。
 
「ホビーショップ?いつの間に…」
「先週だぜ。コージ気が付いてなかったんだ」
 
 魔神はちょっと意外だったらしい。目を丸くして驚く。まあ普段こういう街並みとか景色とか、そういう観察眼を必要とする部門は、コージのほうが先に気が付くことになっているからである。言い換えればそういうことは鈍感という自覚が、この魔神にはあるということなのだが…
 幸い今日は大学も休みなので、農学部の学生でもない限り登校する必要はない。ちょうどそんなわけで買い物に出た二人なので、見たことのないお店をのぞいてみるのは何の問題もない。

「じゃあちょっと覗いてみるか…」
「うんうん、俺も気になって仕方なかったんだ。ホビーショップって何なのか見たことないし…」

 ホビーショップという表現はとてもあいまいで、確かに人間語が母国語ではないこの魔神にとっては、意味が判りにくいかもしれない。というか、実際のところコージだって今一つ何のお店なのかわからないのである。なんというか…この表現は奥歯にものが挟まっているような言い方に聞こえる。まさかと思うが「大人のおもちゃ」とか「アダルトショップ」とか、直接言うのがはばかられるショップっぽさがある。とはいえここから見る店構えは至極まともというか、雑居ビルのショップによくある雑然とした雰囲気である。
 「ホビーショップ・工業惑星」というのが、この店の名前らしかった。まあセンスはかなり濃い。やはりマニア向けのショップだというのは間違いないだろう。
 二人は(ちょっと恐る恐る)ビルの階段に足を踏み入れる。このビルは五階建てなのでエレベータもあるのだが、さすがに二階程度なら階段で上がる。古い雑居ビルなので、階段はお世辞にもきれいというわけではないが、結構きちんと掃除されている。第一印象は悪くない。

 店の入り口は開け放たれているのだが、かなり長いのれんが掛かっていて、ちょっと見たところ中の様子は見えない。が、ドアの内側になにやらいくつものポスターのようなものが貼り出されている。

「コージ、これなんだろ?」
「『話題の新アーミー入荷』…」

 魔神が指を指したポスターには、かなり未来風のロボットが、なにやら銃のようなものを持って勢揃いしている。おそらくよくあるSF映画の軍団みたいなものだろう。が、写真の感じは実写とはなにか違う。質感というか色合いというかが、もう少しつるんとした樹脂っぽさがある。

「これ、フィギュアだ」
「フィギュア?それ食べ物の名前じゃないよな」

 魔神の恒例の食い物ボケである。魔神らしくからだが大きい分だけ食いしん坊の彼は、ついつい思考が何でも食べ物と結び付いてしまうらしい。まあフィギュアという人間語は、第一義としては「形」とかそういう意味なので、魔神族の彼が意味がわからなくなるのも、ある程度は理解できる…それが食べ物になるのはおかしいのだが。いや、もしかするとこの魔神はフィギュアを「食玩」と勘違いしている可能性がある。それならたしかに説得力はあるのだが…

 さて二人はのれんを恐る恐るくぐり、店内に潜入してみる。といっても図体のでかい魔神連れなので、目立たず潜入などできようはずかない。
 店の中を見回した二人は、店内の独特の雰囲気に圧倒される。右側には小さなレジがあって、その横に三センチくらいの謎の小瓶が棚一杯に並んでいる。左側や奥には壁一面に棚があって、大量の箱が縦置きに並べられている。箱はだいたいさっきポスターで見かけたフィギュアと似たような写真が印刷されている。
 さらに二人の目を引いたのは、中央にあるやや大きなガラスのショーケースである。中にはだいたい十センチくらいのサイズの、見事に組み立てられたフィギュアが展示されていたのである。コージの知識では、この手のフィギュアは、プラモデルと同じとすれば、元々プラスチックそのものの色で売られているはずである。ところがここに飾られているフィギュアは全て細かいところまで丁寧に彩色されていて、驚くばかりである。

絵 武器鍛冶帽子

 コージたちが呆気にとられてショーケースを見ていると、奥の方からエプロン姿の人間族らしい青年が現れる。赤めの金色の髪の毛はちょっと天然パーマなのか、どこかマッシュルームっぽい。顔は少し丸顔なのだが、細目の眼鏡がよく似合っている。この手のマニアックなショップのイメージから考えると、結構おしゃれである。

「あ…いらっしゃい!魔神さんですよね~」

 青年は大きな魔神族に少し驚いた表情を見せたが、すぐににこにこと笑顔で二人に挨拶する。やはり予想通り、この青年は店長さんなのである(エプロン姿なので、とてもお客とは思えない)。まあコージと相棒の魔神はこの街では超有名人なので(人間界の街に住んでいる魔神族などほとんどいないので当然である)、この反応は毎度恒例である。

「あ、こんにちは。すごいですねこれ」
「すげえ!すげえ!俺さまはじめてこんなの見た!」

 店長さんの愛想のよい笑顔に、二人は思わず素直に感想を口にする。ちょっと魔神の方はオーバーアクションぎみなのは、これもいつも通りである。とはいえここまで素直に感動を伝えれば、店長さんとしても悪い気はしないだろう。

「素敵でしょう?これみんな私とか、常連のお客さんが塗ったものなんですよ」
「へえ~、すごいなぁ」
「俺さま尊敬するぜ!スッゴく細かいところまできれいだよな!なんだか砂糖菓子思い出したぜ」
「みぎて、フィギュアは食べ物じゃないからな」

やはりこの魔神の頭の中には、クリスマスケーキに乗っているような砂糖菓子人形が浮かんでいたのである。まあサイズ的には近いのだが、もちろんこれは断じて食品ではない。

*     *     *

 さっきから当然のように「相棒の魔神」と言っているが、これは比喩でも何でもない。コージの相棒、「みぎて」は正真正銘の炎の魔神族なのである。背丈は人間族のコージより三回りくらい大きいし、魔神族らしい丸太のような太い腕と足、雄壮な体格である。さらに真っ赤に燃える炎の髪の毛やら、申し訳程度だが額に角まで生えている。近くにいると、魔神族特有の強烈な精霊力が熱気のように感じられるほどなのだから、たしかに彼は本物の魔神…それも大魔神級の精霊なのである。
 もちろんコージはこんな巨大精霊を僕にするとか、そんなすごいことができるはずがない。一応コージはバビロン大学の魔法工学部の院生なので、ある程度の魔法は使えるし、鬼神学もそれなりには知っている。が、こんな強大な魔神を従えられるような英雄とか、大魔道師など、このバビロンどころか、世界にもそんなにいないだろう。
 実際のところ、この魔神はコージのお供でも同盟精霊でもない。純粋に同居人というか、家族みたいなものなのである。ひょんなことから知り合って、コージの下宿に転がり込んできて、それからずっと一緒に暮らしているという、およそ魔神と人間とは思えない関係が、二人の間柄だった。

 当然なのだが、「みぎて」というのはこの魔神の本当の名前ではない。「フレイムベラリオス」という魔神らしい立派な名前がある。にもかかわらず、この魔神は本名で呼ばれることをなぜか嫌がる。「真実の名を知られると操られる」とかそういう理由ではない(オカルト系でよくある設定だが、実際には全く意味はない)…単に気恥ずかしいらしいのである。コージの感覚では「みぎて」のほうが格好悪い名前のような気もするのだが、こういうことは本人の意思を尊重するのが大切である。それに、たしかに一緒に暮らしてみると、仰々しいフレイムベラリオスより、「みぎて」のほうが親しみが持てるような気もする。
 そんな理由で、コージの相棒であるこの魔神は、「みぎてだいまじん」とか、単に「みぎてくん」とか呼ばれているわけである。

 実際のところ、この魔神「みぎてくん」は、見た目の魔神らしいデかさとは裏腹に、とても陽気で人懐っこい。それに何がすごいかといって、驚くほど他人と仲良くなるのがうまいのである。これはもはや才能としか言いようがない。ちょっとベビーフェイスな丸顔で、にこにこ笑顔を見せるこの魔神に、最初こそ恐る恐る接していた町の人たちだが、あれよあれよと間にすっかり慣れて、今ではすっかり人気者である。というか、買い物の時も、店長さんやら街のおばちゃんやらが、ちょっと迷惑なくらいいろいろ声をかけてくるのだから、この魔神がバビロンの町に完全に受け入れられているのは間違いない。
 実際コージから見てもこの魔神は眩しいと感じる。騒がしいし、大飯ぐらいだし、毎日いろいろ失敗もやらかすが、そんなことは全く問題にならない。不慣れな人間の世界に身一つで飛び込んできて、まさしく体当たりでみんなと仲良くなり、受け入れられるというのは、並大抵のことではない。もちろんコージも多少は手助けしたところもあるのだが、なにより魔神自身の人柄と努力のなせるところだろう。まあ、これは同居人で相棒であるコージの贔屓目なのかもしれないが…
 少なくともコージはこの魔神のことが大好きだったし、家族のように感じていた。そして魔神の方も彼のことを大切に思っているに違いない…それをコージは確信することができるのである。

*     *     *

 さてひとしきり二人がショーケースの中のすごい作品を観賞したところで、いよいよお店の調査である。ざっくり見た限りはどうもこのお店「ホビーショップ・工業惑星」は、プラモかフィギュア専門店らしいというところまではわかる…が、普通の模型屋さんとどこか違うような気もする。
 一応コージも子供の頃には、アニメのロボットのプラモデルくらいは作ったことがあるので、模型屋さんというものがどのようなお店なのかは知っている。一般的にはちょっと薄暗い広くない店で、消防法に怒られそうなほど、棚一杯に雑然とプラモの箱が積み重なっていて、ちょっとマニアックな感じのするオヤジがいて…というイメージである。
 ところがこの店はちょっと違う。棚にたくさんの箱があるのは同じなのだが、普通のお店よりも整然と並んでいる。箱のサイズが揃っているのである。さらに不思議なことに、最近のよくある萌え系の美少女フィギュアがない。
 フィギュアのサイズも特徴的で、大抵が背丈四、五センチ程度、大きいものはメカっぽいやつや、ドラゴンみたいなもので十センチくらい、ショーケースの中にある作品ともなると、ジオラマ込みでようやく三十センチくらいである。美少女フィギュアみたいな単独で三十センチクラスは全く無い。つまり言い換えると、スケールが揃っているのである。
 これだけ小さなキャラクターのフィギュアとなると、大きなやつに比べると顔の細かいところまでは作れない。が、こういう風に並んでいると、サイズの小ささはあまり気にならない。というか集団の迫力や、背景ジオラマの効果が相まって、かえって映画のシーンみたいに見えてくるものである。コージの個人的感想はとても素敵だと思うのだが…
 かといってこの店に大きな美少女フィギュアが無い理由の説明にはならない。

「コージ、あっちすごいぜ」
「えっ?」

 みぎてに促され、コージはおもむろに店の奥の方を見てみる。と、そこには妙に大きなテーブルがある。ちょうど会議室の長机を二つ合わせたようなサイズだから、かなりでかい。
 さらに驚いたことに、そのテーブルの上には、赤茶けたゴムみたいな素材でできた、妙なテーブルクロスがのせられている。テーブルクロスの模様はどうみても普通のものではない。まるで荒れ地をそのまま持ってきたような、起伏まで描かれた地図みたいなテーブルクロスなのである。
 その上には岩とか、廃墟の模型のようなものまでおかれている。これは…間違いなくまるごとが「大きなジオラマ」なのだ。スケール的に考えても、これはさっきのフィギュアにぴったりそうである。

「これは?」

 コージが大きなジオラマを指差すと、金髪の店長さんはにこにこ笑って答える。

「あ、これがバトルフィールドです」
「バトルフィールド?戦場って意味だよな…」
「あのフィギュアで、この机の上でゲームをするんですよ。一種のボードゲームですね」
「ゲーム!?じゃあこの店は…やっぱりかなりマニア向けの店かも…」

 うなずく店長の嬉しそうな表情を見て、二人はお店の正体に気がついた。どうやらこのホビーショップ・工業惑星は普通の模型店ではなく、かなりマニアックな「ミニチュアボードゲームの専門店」だったのである。

*     *     *

 実際のところ、こういう模型屋さんがマニアックというのは、決して悪いことではない。そもそもプラモとかボードゲームとかは、それなりにマニアックな人たちがいるのは当たり前だし、コージの通うバビロン大学にも模型研究会とか、ボードゲームのサークルがある。特に模型に至っては、世の中にはプロのペインターや造形師という職業まであるのだから、マニアックというのは最高の誉め言葉かもしれない。
 つまりこの店は本格的で素晴らしいお店、ということなのである。

 それにも関わらずコージが一瞬ドキッとしたのは、ちょっと事情がある。つまり…今までの経験上、マニアックなキャラはかなりの確率で騒動を引き起こす上、もう確実にコージたちが巻き込まれてしまうからである。
 …が、せっかくこんな見事なフィギュアの数々を見せてもらったのである。ここで脱兎のごとく退散するのはなんだかつまらない気もする。
 傍らの魔神はコージの一抹の不安など気がついていないようで、ジオラマのバトルフィールドを興味深そうに見ている。

「コージ、これってどんなゲームなんだろな?」
「うーん…何となく想像はつくけど」

 みぎてと違ってコージは各種ゲームを多少は知っている。トランプや麻雀みたいなものは結構遊んだし、家庭用ゲーム機のゲームだって結構はまったくちである。その知識から考えると、これはたぶんシミュレーション系のゲームに違いない。つまり…
 さっき見た小さなフィギュアは、このジオラマでゲームをする部隊を表すコマなのである。コンピューターゲームでよくある戦争ものゲームとか、国の経営ゲームとかに近い。もちろんこういうきれいなジオラマでやると、コンピューターゲームとはまた違った楽しさがあるに違いないのだが…
 しかしここで問題になるのは、コージはともかくこの魔神はこういうゲームは全然やったことがなさそうな気がするところである。というか、魔神族の住む魔界にボードゲームなどあるのだろうか?フィギュアのほうはまあゲームよりは(アクセサリーとかは似たような細工物なので)ありそうな気がするのだが…
 ところが魔神はコージの疑問をからからと笑う。

「ボードゲームだろ?魔界でもチェスみたいなやつとか、すごろくとかあるぜ」
「あ、そんなのあるのか」
「うん、ボードゲームってどこの世界でもあるんじゃないのか?まあ人間界ほど種類はないけどさ」

 またしても文化人類学の発見である。ゲームというものはどうやら魔界でも楽しまれているものらしい。いや、魔神族の気質から考えると、ギャンブルとか大好きかもしれない。競馬とかそういう賭け事に興じる魔神達の姿が想像できてしまう。思わずコージは魔神に聞いてしまう。

「もしかしてみぎて、おまえもギャンブルとか好きなのか?」

 みぎてはゲラゲラ笑いながら答える。

「俺様ダメ。おかね賭けるゲームとか、絶対熱くなって敗けがこむから」
「まあ性格が性格だからなあ」

 この魔神の性格から考えても、お金がかかったギャンブルの類いになると、すぐ熱くなって失敗するのは確実である。まあ本人にも自覚はあるらしいので、そうそう手を出すことはなさそうだが…

 さて二人が興味深げにジオラマやフィギュアを見ていることに気がついた店長さんは、にこにこ笑って説明しはじめる。

「大体ご想像の通りです。このジオラマ上で、ミニチュアをコマにしてバトルをするんですね」
「へえ~っ、なんだかすごそうだな」
「うちで取り扱っているのは、ヒストリカルものとSFのゲームですね。ヒストリカルものはまあ、歴史上で有名な会戦ですよ。最近のシナリオだとバギリアスポリスの戦いとか…」
「…俺さまそれ、ちょっときついかも。知り合いその戦い結構参加してる」

 みぎての発言にコージも店長さんもちょっと驚く。が、これは魔神族の寿命を考えるとおかしくはない。みぎては魔神としては若いのだが、それでも百三十才くらいである。人間族とはライフサイクルが全く違う。百年も前のエンパイア戦争の話だって、実際の経験者がいてもおかしくはない。まあシミュレーションゲーム系はどうしてもこういうことはあるだろう。

「となるとSFのゲームの方がいいですね。スペースオペラみたいなバトルが楽しめますよ」
「あ、俺さまそっちがいいや」

 魔神はちょっとほっとしたような顔になる。まあミニチュアがこんなに格好いいのに、ゲームが生々しすぎて楽しめないのでは残念すぎる。
もちろんゲームが難しすぎるとか、値段が高すぎるとかの可能性はあるので、まだ買うとか決まったわけではない。可能なら体験ゲームとか、レクチャーとかあればありがたいのだが。

「そうですねー、じゃあちょっと今から体験会やりましょうか。お時間のほうは大丈夫ですか?」
「あ、俺さま賛成!」
「じゃあ、そうするか」

 コージもみぎても体験会なら大歓迎である。ゲームが楽しかったら(そして高すぎなければ)買えばいいし、今一つならやめればいい。まあがっつりと体験会をやってしまうと、なかなか断りづらいような気もしてくるのだが、正直コージ自身もかなり興味があるのである。
 が、その前にコージは重要な確認事項を思い出す。

「…えっと、どれくらい時間かかります?」
「そうですね、ゲームとペイント体験で、三、四時間くらいあれば…」
「…まず昼飯食べてからにしたほうがよくない?」

 三時間以上お店に拘束されるとなると、お昼ご飯は確実に四時過ぎになってしまう。昼飯抜きでその時刻までとなると、大食らいの魔神でなくてもちょっときついだろう。

「…ラーメン屋行ってこようぜ、コージ」
「だな…」
「…お待ちしていますね」

店長さんの苦笑に見送られ、二人はまず近所のラーメン屋で昼飯を済ますことにしたのである。

*     *     *

 ラーメン屋でキムチラーメンの大盛り(みぎて)と普通盛り(コージ)で昼飯を済ませた二人は、早速ホビーショップへ戻ることにした。せっかくの体験会だし、あんなすごくきれいなフィギュアをどうやって作るのか、とても気になる。

「コージ、あれって何でできてんのかな?」
「うーん、プラモと同じなら樹脂だよな」

 樹脂製のフィギュアというのは想像つくとしても、あのきれいな色彩はちょっと違うような気がする。コージの知識では、プラモデルの塗装とかはラッカー塗料で塗るものと相場が決まっていたのだが…だとするとこれはかなり厄介である。

「みぎて、有機溶媒とかダメだよな?ペンキとかシンナーとか…」
「有機溶媒?俺さまちょっと困るなあ…」

 ラッカー塗料というやつは、色はとても鮮やかなのだが、ペイントするのに薄め液を使わなければならない。これが曲者で…臭いが結構する上に引火性である。ラベルにわざわざ赤の四角の中に、炎印が描いてあるのだから間違いない。
 問題はコージはともかく、みぎてである。炎の魔神族が引火性液体を扱うとなると、これはかなり難しいだろう。

「そっちはなんとかなるぜ。だって研究室でも少しは使うだろ?俺さまだって気をつけて扱えば大丈夫。それより、あれカラダに悪いって」

 魔神は引火性より臭いの方が気になるらしい。有機溶媒というやつは確かにカラダに悪い。最近は規制が厳しいので、本当にヤバい有機溶媒は塗料などに使えないのだが、それでもキシレンとかその辺はまだまだ一般的である。むしろ人間族の方がこの点は危ない。
 ところがそんな話をしていると、魔神が突然足を止めた。

「どうしたんだ?みぎて…」
「コージ、あそこあそこ」
「あ…」

 通りの反対側をちょっとゆっくり歩いているのは、二人がとてもよく知っている人物だった。金髪で優しそうなトリトン族の青年…講座仲間のディレルである。だいたい毎日といっていいほど研究室で顔を合わすし、研究から遊びまでいろいろ一緒にやっているし、二人にとって一番仲の良い友人といってもいい。
 ディレルは二人にまだ気がついていないようである。これはちょっと珍しい。コージはともかくみぎては町中で一番目立つ存在なのは明らかなので、この程度の距離ならば確実に気がついてもおかしくない。もしかすると何か考え事をしているのかもしれない。
 ディレルはどうやらコージたちと同じ方向に向かっているようだった。こうなると完全に背後をとった状態である。このままどこへ行くのかちょっとあとをつけても面白いのだが…
 ところが…

 ディレルはなんと驚いたことに、見覚えのあるビルに入っていったのである。というか、ここは明らかにさっきコージたちが出てきたばかりの雑居ビルである。

「ええっ!?」
「まさかディレルも?」

 意外な展開に驚いた二人は、今度は小走りになって雑居ビルに飛び込む。二階の「ホビーショップ・工業惑星」に駆け込んだ二人の目の前に、見慣れた優しそうな笑顔のトリトンがいる。

「あれっ?みぎてくん、コージ…なぜここに?」
「ディレル、フィギュアとか好きだったんだ…」

 走ったせいで息をきらせている二人に、ディレルは目を丸くして驚いたのは言うまでもない。

(2.「「これ実は老眼鏡なんです」へつづく)」

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