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炎の魔神みぎてくん すたあぼうりんぐ 1「映画館なんて明け方の三時まで」①

1「映画館なんて明け方の三時まで」

 バビロンという都市は、この地方では明らかに最大の大都会である。なにせ人口は中心部だけで優に五十万人を超えているし、周辺の市街地をあわせると百万人近いのだから、明らかに「田舎の街」というレベルではない。もちろんバビロン以上の人口を誇る街は世界にいくつもある(イックスとか、バギリアスポリスとか)のだが、少なくとも誰もが知っているような大都市であるという事実は間違いない話である。
 それにバビロンの場合、ほかの都市と比較しても「多種族混住率」が突出して高い。この地方にもともと住んでいる人間族やエルフ族、セントール族は当然のこととして、港湾都市であることから海洋種族(トリトン族やマーマン族など)、近くの山岳地帯からやってきたドワーフ族、オーク族、獣人族、さらには大地の精霊の仲間であるサンドマンやロックマン、はては東方から来たアスラ族やらなにやらまで、まるでおもちゃ箱のような有様である。もちろん交通の要衝で世界中から人が集まりやすいとか、この街はさまざまな種族の社会風習にお互い寛容だとか、理由はいくらでも説明できるのだが、あくまでそれは後付けのようなもので、本当のことは誰にもわからない話だろう。

 もっともこのバビロンがここまで大都会に成長したのは、ここ数十年のことである。たしかに昔からユーグリファ河を中心とした農業や海運で栄えた街ではあったのだが、近年になってバスなどの交通手段が登場してから一気に人口が増えたのである。「旧市街」と呼ばれる昔の城壁(古い都市らしく、一応城壁のようなものはある)の内側はあっという間に人口過密となり、城壁の外側に「新市街」がどんどん広がったのである。
 特に最近は旧城壁の北西の高台や、逆にユーグリファ河沿いに南側に伸びる国道三十四号線沿いは、新しい住宅地がどんどん広がって、十年前には想像もつかなかったほど開発が進んでいる。もともと国道三十四号線沿いはバビロン外港と中心街を結ぶ幹線だということもあり、昔から工場とか倉庫とかは多かった。ところが最近は郊外型のでっかいショッピングセンターとか、家電量販店とか、その手の店がどんどん登場している。いわば「今、最も熱い注目を集める地域」がこの国道三十四号線沿い地区なのである。
 まあ当然のことながら、土日ともなるとそういうお店に車で買い物に行く客のせいで、国道沿いは結構な渋滞になるという問題も起きているのだが…渋滞が起きるほどにぎわっている、ということはバビロン市が元気があるということの証拠なのだろう。

*     *     *

 とはいえコージの下宿から郊外のショッピングモールに行こうとすると、意外と遠い。バビロン大学はそれなりに歴史の古い大学なので、当然のことながら旧市街にあるわけで、下宿も旧市街の真っ只中…「大学地区」にある。郊外のショッピングモールに行こうとすると、いったんバスでバビロン中央バスターミナルへ出て、そこから外港行き(三十四号線経由)のバスへと乗り換える必要があるわけである。スムーズに行ったとしても軽く一時間、土日の渋滞を考えると二時間くらいは必要だろう。
 それに大学地区はバビロンの真ん中なので、普段必要なものはわざわざ郊外型店舗へと出向かなくても問題なく手に入る。郊外型の店舗に出かける利点は、いっぺんにたくさんの食品とか、家具とか、服とかを買うことなのだから、車を持っていて自宅の冷蔵庫がそれなりに大きいという条件が伴わないとあまり意味がない。ところが残念なことにコージの下宿ときたら、六畳+キッチンというお世辞にも広いとはいえないサイズである。冷蔵庫だけは(下宿生にしては)大きいほうなのだが、それでもわざわざ郊外型店舗に買出しに行くほどのレベルではない。
 とはいうものの、テレビや雑誌とかでこういうでっかいショッピングモールがオープンしたというニュースを見ると、やっぱり行ってみたくなるのが人情というものである。売っているものは近所のスーパーとかと本質的には変わらないとわかっていても、そして多少は安いのかもしれないが交通費を考えるとむしろ高くなるかもしれないとわかっていても、「地域最大の大型ショッピングセンター新装開店」というド派手なフレーズは、コージでなくても…人間族に限らずバビロンに住んでいる連中なら興味がわいてしまうのは当たり前だろう。事実、彼の傍らで寝転がりながら雑誌を見ているでっかい相棒もそうなのである。

「へぇ~っ、レストランだけで五軒も入ってるんだ!ハンバーグ系と、シーフードと、和風もあるんだな…」
「食い物に引かれているのがすごくわかるぞ、みぎて…」

絵 武器鍛冶帽子

 「みぎて」と呼ばれた青年が見ているのは、コンビニとかでよく売っているタウン情報誌である。特集は「プレミアムショッピングゾーン・バビロンタウン」…要するに(さっきから話題になっている)先日オープンしたばかりの大型ショッピングモール紹介だった。テレビのCMでも毎日のように広告をやってるし、こういう雑誌にも特集が組まれるほどである。やはり相当でっかくていろいろな店が入っているショッピングモールらしい。

「映画館とか、ゲームセンターとか…あ、ボウリング場もあるんだ。これほんとに一日遊べるぜ」
「金もかかるけどなぁ…でも興味がないといったらうそになる」

 いくら一日遊べる施設があるといっても全部お店なのだから、それなりにお金がかかるのは間違いない。ファッションの店をうろついて、レストランで飯を食って、映画館かなにかで遊べばそれだけでかなりの出費は確実である。コージたちのような貧乏学生にはなかなかつらい話かもしれない…とはいえコージだって本音はちょっと行ってみたいわけである。
 相棒の「みぎて」はコージのそんな様子を見て、まるで子供のようにニコニコ笑って起き上がった。

「だろっ?コージも興味あるだろ?今度の日曜日あたり行ってみようぜ!」
「うーん、まあそれもありだな。ディレルも誘ってみるか」
「そうしようぜっ!雑誌に載ってるんだから絶対すげえって!俺さま楽しみだなぁ、何食べようかな」
「…レストランは却下。フードコート限定」

 さっきからこの相棒が興味を一番示していたページは、明らかにレストラン街の紹介記事である。いくらショッピングモールのファミリーレストランだからといって食べ歩きなどをしようものなら、いくらお金がかかるか想像もつかない。なにせこの相棒の食欲ときたら、コージが三人くらい束になってもかなわないレベルなのである(コージの家の冷蔵庫が大きいのはこれが最大の理由である)。今のうちにぐさりと釘を刺しておくのが賢明というものだろう。
 ところがこの相棒はあっけらかんと答えた。

「あ、俺さまそれ賛成!だってフードコートだったらいろんなもの食えるしさ。ラーメンとかカレーとか、ハンバーグとか…」
「…安い分だけいろんなものをたくさん食うつもりって丸わかりだぞ…」

 どうやらこの食欲魔神の相棒は「高級料理よりやすくてたくさん食べれるほうがいい」という、とてもわかりやすい発想をしているらしい。いや、それよりも「いろんな種類を食べられる」という点が大事なのかもしれない。まあフードコートだからといって食いまくってしまえばそれなりに高額になってしまうのは当たり前だが、レストランで同じことをするよりはたしかにましである。
 が、ここまで具体的に話が進んでしまうと、次の休日にはフードコート…ではなく「プレミアムショッピングゾーン・バビロンタウン」にみんなで行くしかないだろう。もし今更だめだとか言おうものなら、この相棒の魔神「みぎて」が二・三日ショックでぐれてしまうのはまず間違いないからである。

*     *     *

 さっきから「相棒の魔神みぎて」と言っているが、これは比喩でもなんでもない話である。彼の傍らにいつもいるこの青年は正真正銘の炎の魔神族…それも大魔神クラスの精霊族である。身の丈はというとコージより頭一つ以上でかいし、腕や足は丸太のように太いし、肌は赤茶というより輝くような赤銅色だし、真っ赤な炎の髪の毛と(これは普段は邪魔なので隠しているが)立派な炎の翼まで持っている。額には、これは魔神にしてはかなり小さいものの一本角まで生えているし、これまた申し訳程度だが牙もある。ここまでそろえば誰が見ても本当の魔神族だとわかるだろう。近くにいるだけで強い精霊力からくる熱気が感じられるほどなのだから、大魔神級というのもうなづける。ちなみに「みぎて」というのは本名ではない。フレイムベラリオスという立派な(ちょっと豪華な)名前があるのだが、どうしたことかこの魔神は本名で呼ばれることをとても恥ずかしがるのである。コージの感覚では「みぎて大魔神さま」という自称のほうがよっぽど間が抜けているような気もするのだが、こういうものは本人が気に入っていればよいのだからそれでいいのだろう。

 当然ながら、いくらコージが面倒を見ているといっても、こんな人間族の街に炎の魔神族がうろうろしているなんてことは普通ありえない。だしかにここバビロンには(さっきも述べたが)コージのような人間族だけでなく、エルフ族やドワーフ族、海洋種族であるトリトン族、獣人族などほかの都市では考えられないほどのいろいろな種族が混住している。が、いくらなんでも「炎の魔神族」となると間違いなくこの「みぎて」一人である。いや、世界広しといっても人間の町に人間と同居して住んでいる炎の魔神というのは、彼以外にはいない可能性が高い。だいたい魔神というのは上位精霊なので、人間界に住む場合は神社で氏神をやっている(当然ご神体に住んでいる)とか、まれに強力な魔道師や英雄の同盟精霊として、なにかアイテムに宿っていたり…そういうのが普通である(それでもレアケースだが)。
 ところがコージは普通の大学生…バビロン大学魔法工学部の院生である。「魔法工学」というのは魔法技術を使って様々な工業的研究をする学問なので、彼も一応駆け出しの魔道士ではある。が、もちろん彼程度の力でこんな立派な炎の魔神を呼び出したり、同盟精霊にしたりすることができるはずはない。つまり…
 コージの相棒みぎては同盟精霊でもなんでもない。あくまでこの魔神は本当にコージと一緒に寝起きして、ご飯も食べて、大学に通う学生なのである。ひょんなことからコージと知り合って、彼の下宿に転がり込んできて、そして一緒に大学に通うようになったのである。もちろん魔神族が人間界に住んで大学に通うにあたっては、コージがいろいろ(特に手続きとかそういう点で)手助けをする必要があったのは当然なのだが…ともかくこの炎の魔神みぎては「魔界からやってきた魔神の留学生」というのが一番わかりやすい説明になるだろう。だからコージにとってこの魔神は本当に相棒で同居人で、誰よりも親しい親友なのである。

 しかし冷静に考えれば、バビロンの町をこんな目立つ魔神が歩いていたら騒動にならないほうがおかしい。実際に最初のころは多少は驚かれたり騒ぎになったこともある。見事なまで輝く炎の髪の毛と、身の丈二mの筋骨たくましい身体、魔神そのもののそんな外観を見れば誰だって驚くはずである。
 ところがこの魔神はそんな周囲の驚きや疑念を、持ち前の気のよさと陽気な笑顔であっという間に好意へと変えてしまった。もうこれは特技としか言いようが無い。今では二人で街を歩けば、道行く人やお店の人がうるさいくらい彼らに声をかけてくるし、小学生のガキどもは彼らの後をついてくるしで、すっかり街の有名人として受け入れられてしまった。
 もちろん魔神が人間と同居するということは、多少の苦労…ちょっとした生活習慣の違いとか感覚の違いから来る騒ぎが日常茶飯事になる。アイスクリームや冷たいビールは苦手とか、魔神も風邪を引くとか、それこそ毎日驚きと笑いの連続なのである。ちょっと毎日どたばたしすぎと思うこともあるが、それはコージにとっては苦労でもなんでもない。当然だろう…コージはこの炎の魔神みぎての底抜けの笑顔に惚れてしまっているのである。まぶしくなるくらい陽気で純粋なこの魔神が傍にいてくれるだけで、コージはうれしくなってくる。今となってはコージにとってみぎて抜きの生活なんて考えられないほどである。そしてなにより幸せなことは、この炎の魔神も、彼のことを何より大切な相棒だと思ってくれている…それをコージは確信できることなのである。

(1「映画館なんて明け方の三時まで」②へつづく)


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