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炎の魔神みぎてくんアルバイト 2.「俺さまが巫女さん?」

2.「俺さまが巫女さん?」

 コージやディレルはともかく、この炎の大魔神みぎてすら二の足を踏むポリーニというのは、コージたちの学部では数少ない女の子である。理系の学部で女の子というのは、さっきも述べたとおりにかなり少数なので、それだけでも希少価値がある。が、これもさっき話した通り、「ファッションセンスが変」とか、「メガネっ娘」だとか、「なにかのすごいマニア」だとか、そういうイメージが付きまとうものである。もちろん実際のところ全員が全員そうだというわけではないのは当たり前なのだが…困ったことにポリーニの場合はこの三つがすべてズバリとあてはまるのである。
 まずは外見だが、そばかすがいっぱい、大きな丸い眼鏡と三つ編みという典型的な理系少女である。普段は洗いざらしのTシャツとジーンズの上に白衣を着ているだけというおしゃれのかけらもない姿は、もうこの手の学部の女の子像にはまりすぎて困ってしまうほどである。
 もちろんコージたちの本音としては、別に講座仲間のポリーニに最新流行のファッションを着こなしてほしいとかそういう要望をするつもりはない。メイクばっちりでバビロン中心街を歩くOLのお姉さんのような人が講座にいても、それはそれでうんざりしてしまうのも間違いないだろう。

 ポリーニが一番厄介な点は、「なんかのすごいマニア」というところなのである。もちろん世の中にはいろいろマニアがいるのは当然だし、コージだってこだわりというか多少マニアックなところは無いわけではない。が、彼女の場合はそれがいささか迷惑なのである。実は…ポリーニは「発明マニア」なのである。いや、単なるマニアといっては彼女に失礼であろう。彼女の大学での研究テーマは「新規魔法材料の開発と応用」なのであるから、まさしく発明である。
 とにかく彼女は毎週のように変な発明品を試作して、コージたちに見せびらかすのである。たとえば「唐辛子エキス入りダイエット服」(繊維に唐辛子エキスがしみこませてあるので、発汗効果UP、ただし魔神ですらかぶれる)とか、「防災用空中浮揚テント」(地震が来ても平気なように空中に浮いているバルーン式テント・ただし突風に弱い)など、役に立つのか立たないのかさっぱりわからない変な発明品ばかりである。
 さらにそれ以上に困るのは、そんな珍妙な発明品の試作品をコージたちを実験台にして試そうとすることである。完成品だってたいがい面倒なのに、試作品の実験ともなるとやばいこと極まりない。かぶれる唐辛子エキス服などはまだかわいいほうで、防災テントは台風で飛ばされて数時間の空中散歩をする羽目になったし、本人は涼しいが周囲は灼熱地獄になる冷房つき背広などの例もある。とにかくそういうはた迷惑なトラブルは日常茶飯事だった。本人は自分の発明品なのだから構わないとしても、実験台にされるコージたちにとってはたまったものではない。
 特に狙われやすいのはみぎてである。どうも魔神族というものはフェミニストが多いらしく、女の子にすこぶる弱いのである。まあそうでなくても「なによ!魔神なんだからそんなことでビビらないでよ!」とかなんとか言われてしまうと、嫌とは言えないというのも無理もない。
 もちろんだからと言ってコージたちがポリーニのことを嫌っているとかそういうわけでは決してない。彼女は面倒見はよいし責任感もある。それになんといっても毎日のように顔を合わす講座の仲間である。むしろとても親しいといってもいいのである。だからみぎてにせよコージたちにせよ、毎回あんなに渋りながらも実験台を断りきれないのである。

 ということで、三人は及び腰でポリーニを呼びに行くことになった。といっても距離的にはわずか十数メートル、廊下の向かい側の元実験倉庫…「ポリーニのラブラブ研究室」へ、である。実は彼女はもう何年も、圧倒的な押しのパワーで、講座の実験倉庫を占拠して自分専用の部屋にしているのである。まあもともとガラクタばかりが雑然と置かれていた倉庫だったということもあって、誰も文句をつける勇気がないというのが情けない話なのだが…
 彼女の部屋の前に来ると、なかからミシンの音が聞こえてくる。どうやら今も何かとんでもない発明品を作っているのだろう。ミシンの音ということは、彼女のお得意の被服系発明品に違いない。ポリーニが最も得意とするジャンルは、「ダイエットできる唐辛子入りシャツ」などでもわかるように、被服に関する発明品なのである。

「あ、ポリーニ、いる?」
「いるわよ。入ってきて!」
「コージ、これやべぇぜ。実験あるぜ」

 コージが(ビビっていることを押し隠して)ドアをノックすると、中から彼女の元気な返事が返ってきた。長年の付き合いのコージだから、この返事は「ちょうどいいところに来たわ」というニュアンスが多分に含まれているのがわかる。みぎてもそれを敏感に察知しているようで、不安そうにコージに警告する。今日もどうやら彼女の発明品を実験する羽目になりそうである。
 とはいえここからUターンもできないので、三人は恐る恐るドアを開ける。中は彼らもよく知っているいつものラブラブ研究室の光景である。つまり中央にある実験台の上に、雑然と布とか、メモとか、実験器具とかが転がっているという、とても女性の部屋(多分に妄想)とは思えない光景である。
 ただ今日はいつもと多少違っているところもあって、見慣れない赤と白、それからグレーの布がそれぞれかなりの量おかれている。十m巻の布地がそのまま数本あるのだから、これで服を作ろうものなら講座全員分はできるだろう。といっても白はともかく真っ赤の布となると、ちょっと普通の服に使える色ではない気もする。

「ポリーニ、焼き芋買ってきたんだけど、向こうでお茶飲まない?」
「あ、行くわ!焼き芋って乙女心をそそるのよね」
「…乙女ね、はいはい…えっ?」

 「乙女」というセリフが似合うかどうかはともかく、焼き芋というキーワードでポリーニは敏感に反応してミシンの手を止めて立ち上がった。が、その姿を見たコージは仰天する。いや、コージだけではない…ディレルもみぎてもあっけにとられてその場に立ち尽くす。
 なんと彼女は白い襦袢と赤い袴という、およそ研究室には似つかわしくないとんでもない姿だったのである。これはどこかで見たことがある…そう、明らかに巫女さんである。一部のヲタク系で今なお熱烈に支持を集める「巫女さん」ルックそのものだった。

絵 武器鍛冶帽子

「ポリーニ、それって…」
「あ、どう?似合うでしょ?」
「…巫女さんですよねぇ、神社の…というよりコスプレイベントの」

 ディレルがあっさり「コスプレイベント」と言い切ってしまうほどのどうしようもない見事な仮装である。神社にいるならまだしも、こんな大学の研究室にいるというのがますますコスプレっぽい。よく見るとミシンの横には幣のようなものまでおかれている。
 しかしポリーニは巫女さん服を「コスプレ」呼ばわりされて、大いに機嫌を損ねたらしい。ディレルをじろりとにらんでいう。

「失礼ねっ!これコスプレみたいなまがい物じゃないわ。れっきとした本物の巫女さん服よ!」
「…っていってもポリーニが作ったんだろ?本物って…」

 本物の巫女さん服の定義はよくわからないが、ともかくどう見てもポリーニの着ている服は、目の前にある赤や白の布地と同じ生地である。彼女が作った服であるということは間違いないだろう。少なくとも市販品ではないし、本当の神社で使っている服というわけではないことになる。
 ところが彼女はコージの指摘ににやりと笑う。まんまるの大きなメガネがきらりと光るのを見た三人は、思わず不安になって顔を見合わせる。
 彼女は立ち上がって堂々とコージたちに力説した。

「いいこと?本物の巫女さん服っていうのは、本当に神社で巫女さんが着ればいいってことだわ。そういう意味よね?」
「あ、まあそういうことだけど…」

 コージが答えると、彼女は勝ち誇ったように笑みを浮かべる。そして傲然とこう言い放ったのである。

「じゃあこれは本物だわ!だって今度、蒼雷そうれい君ところで着るんだもの!」
「えっ?」
「蒼雷君ところ?ってことは地獄谷じごくだに神社で?いいのかなぁ…」
「…うーん…どうなってるんだよ、コージ?」

 ますます困惑の表情を深める三人に、ポリーニはむっとした表情になる。そして…とんでもないことを宣言したのである。

「何言ってるのよ!蒼雷君から頼まれたのよ!村祭りで人手が足りないから、巫女さんやってくれって。あんたたちもやるのよ!」
「えっ?巫女さん?僕たちが?」
「巫女さんって…」
「俺さまが巫女さん?…って女装するのかよ!」

 三人はあまりにとんでもないポリーニの発言に絶叫した。そのとき三人の脳裏をよぎっていたのは、ムキムキプロレスラー並みの体格のみぎてが、巫女さんの服を着てポーズを決めているという、周囲三〇〇mくらいで死者が出そうなとんでもない光景だったのは言うまでもない。

*     *     *

「ああよかった!俺さまてっきり女装して巫女さんの服着るのかとおもったぜ!」
「そんなことするわけないじゃない!気持ち悪くて蒼雷君の神社で死者が出るわよ!」
「死人が出るってことは無いと思いますけどね。でもちょっと見たくないですよ…」

 ゲラゲラ笑いながらポリーニはみぎて達の懸念を否定する。さすがのポリーニも、みぎてやコージたちを女装させて巫女さんに仕立てるというとんでもないことは考えていないようだった。もちろんそれなりのコスチューム(おそらく神主さん)を着ることにはなるのだろうが、少なくとも女装よりはいいだろう。が、それ以前にまず「蒼雷の手伝いで巫女さんをしてほしい」という話のほうが問題である。

 蒼雷というのは、(もう何度も登場しているのでご存知の方も多いだろうが)コージたちの友達の…魔神である。みぎてが炎の魔神族であるのに対して、蒼雷の場合は風と雷の属性を持つ魔神族だった。普通の魔神は魔界に住んでいることが多いのだが、彼の場合は地獄谷温泉郷という町の鎮守の神様をやっている。いわば至極まともな魔神(当人の説明によれば鬼神)さんである。人間界に住んでいる数少ない魔神族同士ということで、みぎてやコージたちと仲良くなったのである。
 もちろん鎮守の神様ということは、ちゃんと神社があって普段はそこに住んでいる。地獄谷神社というちょっとしたお社である。毎年二月の節分と六月、それから秋に村祭りなどもやっているらしい。ちょうど今頃がその準備で忙しいというのは想像に難くない話である。
 もちろんそんな忙しい時期には、町の青年団の連中が手伝うのは当たり前である。というか、町の住人は基本的に蒼雷の神社の氏子なのだし、正月やお祭りのときの神主は(神主専門の家がない場合だが)、町内会の役員がやっているのが普通という気がする。もちろん巫女さんは青年団の女性陣か、せいぜいアルバイトだろう。
 それが今回コージたちの手を借りたいと言い出したというのは、ちょっと普通の話ではない。彼らがにわかに信じられないのも当然だった。

「急に俺たちに手伝えって…蒼雷から何か連絡あったのか?」
「ポリーニ、蒼雷君が『お祭りに遊びに来い』とか言ったのを、勝手に変な解釈してるんじゃないですよね?」

 コージやディレルは半信半疑でポリーニを問いただす。彼女の場合ちょっとした一言を拡大解釈して都合の良いように捻じ曲げるという可能性がないでもない。今回の場合、「村祭り」という重大な神事なのだから、あんまり彼女の都合のいい解釈で問題を起こすのはよろしくない。
 ところが彼女は平然とコージたちに言い返す。

「そんなことないわよ。ほら、蒼雷君からの手紙よ。今朝速達で届いたの」
「え?メールとか携帯電話じゃなくて、手紙なんだ…」

 彼女は机の中から一枚の手紙らしきものを出した。といっても普通の封筒サイズではない。折りたたんだ紙なのだが、長辺で二〇センチはある。見るからに昔風の封書といった感じである。紙の質感もコージたちが普段目にする大量生産の洋紙ではない。明らかに手すきの和紙だった。
 ポリーニから封書を受け取ったコージは、首をかしげながら開いてみる。どう見てもこれはどこかの国の時代劇に出てくるような手紙である。中から手書きの、筆と墨で書かれた文章が出てくるとしか思えない。

「ほんとに昔風の手紙みたいですねぇ…あ、墨で書いてある」
「こんな古風な手紙って…見たことない」
「うーん、魔界でもこんなのいまどき無いぜ」
「いいじゃないの!おしゃれだわ!さっさと中を読みなさいよ」
「…そういうものなんですかねぇ…」

 あんまり古風な手紙にあきれ返る三人は、しかしポリーニに促されて内容を読んでみることにした。コージたちが普段使っている西方語ではなく、精霊語の文章がなかなかの達筆で書かれている。

「えっと、どれどれ…うわっ、蒼雷って意外と達筆だな」
「当たり前でしょ?祭神なのよ!あんたたちとは違うにきまっているでしょ!」

 どうやらポリーニは、意外な蒼雷の特技が妙にうれしいらしい。これは公然の秘密なのだが、実はポリーニは蒼雷と結構いい仲なのである。鬼神と女の子が付き合っているというのもなんだか変な話なのだが、それを言い出すとみぎてとコージはどうなんだということになる。まあこの辺はいろいろあるので、ここではあえて触れないことにする。

「『拝啓、ポリーニ殿。先日は結構なおもてなしいたみいる。拙者、いたく感銘を受けそうろう』…ってこれ…」
「…俺さま意味わかんねぇ」
「…普段の話し言葉と書き言葉が違いすぎますねぇ…」

 読んでみてますますコージは頭が痛くなってくる。どう読んでみてもあんまり古い言葉づかい過ぎて、時代劇に出てくるキャラのセリフである。というかこの手紙では意味を正確につかむほうが難しい気もする。ましてやこういう改まった言葉遣いなどは縁のないみぎてなどは、同じ魔神族の書いた文章であるにもかかわらず、ちんぷんかんぷんらしい。
 が、出だしでつまづいていてはまずいので、コージは続きを読んでみる。もちろん音読し、さらに一段落ごとにみぎてにもわかるように現代語訳つきである。それほど長い手紙ではないにもかかわらず、一通り読み終わった時には全身がぐったりきてしまう。

「…うーん、結局ポリーニの言ってるとおりみたいだなぁ」
「でしょ?『今年の祭祀さいしいたく人手不足にして、至急来援乞う』って言ってるじゃない。あんたたち、親友の魔神のピンチよ?」
「何があったんでしょうねぇ…これだと詳しい事情はよくわからないんですけど」

 たしかにこの手紙を見る限り、(コージの現代語訳が間違っていなければの話だが)蒼雷は彼らに応援を求めているということは間違いなさそうである。が、それと彼らが巫女さんをするということはイコールではない。というよりその点に関してはポリーニが意味を都合よく捻じ曲げているような気もする。
 と、その時みぎては笑って言い出した。

「あ、俺さまピンと来たぜ!おみこしだよおみこし」
「神輿?ってどういうこと?」
「おみこしってさ、結構担ぐのに人数いるんだろ?俺さまは経験ないけどさ」
「あ、それですか!蒼雷君の神社ならありそうですね」
「ええっ?じゃああたしは参加できないじゃない。女の子におみこしは無理だわ」

 みぎての大予想は、神社系のお祭りにつきものの「神輿」の担ぎ手が足りないから、手伝ってくれというものである。これは最近のお祭りにはよくある話で、氏子の多い神社ならいざ知らず、蒼雷の神社くらいの小さな町ではなかなか人手が集まらないらしいのである。まあお祭りとかそういうものは練習も多いし拘束時間も結構長い。さらに神輿の担ぎ手は、なんだかちょっといかつい人が多いので、最近は多少敬遠されてしまうのかもしれない。
 そういういかついおっさんと並べても、この魔神なら全然引けを取らない(というより下手なやくざよりずっと威圧感はある)し、腕力などは一人で神輿を担ぎあげてしまうのではないかというレベルである。コージやディレルとなるとまあその点では一般人なのだが、たしかに一生に一度くらいおみこしを担いでもいいかな、という気はないこともない。しかしこの仮説だと、わざわざポリーニへ手紙をよこすという意味が分からなくなる。女性がおみこしを担ぐというのは(いないわけではないのだが)かなり難易度が高くなる話となる。
 それにほかにもちょっと気になることもある。

「なあみぎて。魔神のお前が蒼雷のおみこし担ぐって、なんだか変じゃん」
「…そういえばそうですよねぇ。みぎてくんって本来担がれる側なんじゃ…」
「ええっ?そうなのか?」

 神輿というのは要するに祭神のご神体を小さな神社をかたどったものに積んで、みんなで担ぐものである。つまり神輿の上にいるのは、この場合蒼雷なのである。同じ魔神のみぎてが蒼雷を担いで街を練り歩くというのは、主従関係みたいでちょっとどうかという気もしないこともない。もっともみぎてのほうは神輿の意味を気にもしていなかったことは明らかである。

「いいっていいって。蒼雷のお祭りなんだから、俺さまが担いでやると箔がつくって喜ぶって」
「そ、その程度の話なんですか?神様同士って」
「うーん、気にする奴は気にするんだけどさ。俺さまあんまり気にしないし」

 まあ他所の魔神のお祭りへ行くのだから、それくらいのサービスくらいはしてもいいという考えなのかもしれない。この辺は意外とアバウトな話のようである。
 まあそれ以前に本当にどういう応援が必要なのかは、まだ全く分かっていないのだから、ここで巫女さんだ、おみこしだと話していても仕方のない。

「あ、まあともかく後で蒼雷に電話かけてみよう。これじゃ何をしたらいいのかさっぱりわからないし」
「そうだな。それに焼き芋が冷めちまう。さっさと食おうぜ」

 焼き芋が冷めるというみぎてらしい発言に、一同はげらげら笑いはじめた。ということでコージたちはようやくポリーニを焼き芋ティーパーティーへと連れ出すことに成功したのである。

*     *     *

 さて、その晩さっそくコージたちは蒼雷のケータイへと電話をかけてみた。神社の祭神が携帯電話を持っているというのは、なんだかとても面白いシチュエーションなのだが、みぎてだって一応は持っているのだから最近では当たり前の話である。実はここ数年で携帯電話は国際電話どころか精霊界にまで直接通話が可能になって、ずいぶん便利になっている。といってもさすがに通話料金は結構高いらしい。その点地獄谷温泉郷とバビロン程度の距離なら、通話料金もたいしたことはない。
 コージが蒼雷神社の電話番号をプッシュすると、ほとんど間髪を入れず応答がある。

「もしもし?蒼雷神社ですか?」
「あー、そうです。結婚式の予約ですか?」
「えっ?あれっ?…あ、その、バビロン大学のコージです」

 携帯から聞こえてきたのはなんだか聞き覚えのない声である。もしかすると向こうは固定電話か何かで、神社の職員かなにかが出たのかもしれない。そうなるとちょっと厄介である。ただ、コージの記憶では蒼雷神社には特に専業の神主さんなどはいなかった記憶がある。それにこの電話番号はあきらかに固定電話ではない。
 向こうは「バビロン大学のコージです」と言われて、相当困惑したらしい。受話器の向こうから誰かと話している声が漏れ聞こえてくる。どうも周囲には結構な人数が集まって、何かをやっているところらしい。

「コージ、なんだかタイミング悪かったんじゃねぇの?」
「うーん、ありえる…」

 コージの想像図は、村祭りの準備の集会をしているシーンである。本殿前の集会の真っ盛りに電話をかければ、なんだかこういう状況になりそうな気がする。こういう集会の場合、蒼雷がみぎてみたいに魔神の姿を現して集会の主催をしているという光景は想像がつかない。ご神体の中に宿ってみんなの話を聞いているのが普通という気がする。そこで携帯電話が鳴れば、当然本人が出るわけにはいかず、代わりに町内会の人が出るということになるだろう。勝手な類推かもしれないが、コージの脳内に描かれたイメージはそんなものだった。
 とはいえこうなってしまうともう破れかぶれである。こちらが応援する立場なのだから、そんなに下手に出る必要はない。

「えっと、蒼雷くん…じゃなくて、『さま』から手紙をいただきまして…その…」

 「さま」付するのもなんだかすごく違和感がある。とはいえ町の祭神に対してあんまり失礼なことを言うと、町民に対して侮辱になるという気もする。しどろもどろとはこのことである。が…
 「蒼雷さま」という表現を聞いた瞬間、電話の向こうではなぜか爆笑が沸き起こった。そしてすぐに聞きなれた、威勢のいい青年の声が聞こえてきた。

「おうっ!ごめんごめん、びっくりさせただろ?」
「あ、蒼雷?助かったぁ」

 コージたちはこの魔神友達の声にようやく安堵の溜息をついたのは当然だろう。まあ神様との通話なんてことは、普通の人はそうそう体験できないのだからしかたがない話かもしれない。

 さて、肝心の問題のほうだが、これは結局それほど詳細な内容がわかるというものではなかった。何せ向こうは町内会打ち合わせの真っただ中だし、それに肝心の蒼雷がこういう事務的な要件がからっきしダメなタイプだからである。手紙はもちろんだが、電話で直接話しても今一つ要領を得ない。
 が、ともかくわかったことは「秋祭りの人手が足りない。今週末の土日と来週末の本番、地獄谷温泉に来てほしい」「ポリーニだけでなくコージやディレル、特にみぎての手が借りたい」「交通費・宿泊・食費は全面支給、それ以外にバイト代も出す」という意外なほどの好条件だった。特にバイト代まで出すというところを見ると、蒼雷個人というより町レベルでの応援要請なのである。

「バイト代つきっていうところが、かなりマジの話ってことですよねぇ」
「あの様子だとかなり切迫してる感じだよな…」
「あたしもちょっと心配になってきたわ。蒼雷君…」

 電話が終わった後、四人は講座で(またしても)お茶を飲みながらの相談になる。別に彼らとしても友人のピンチを見過ごす気はないし、週末にバイトというのも悪い話ではない。ただちょっと気になるところもある。

「あの電話や手紙の内容から言うと、一番来てほしいのはみぎてくんみたいですね。理由はよくわからないんですけど…」
「うーん、そうなんだよなぁ。俺さまもそう感じた」
「まあともかく…週末行ってみるしかないよ」

 たしかにディレルの言うとおり、蒼雷の希望は誰よりもみぎてらしかった。仮にも神社の祭神が、よその魔神の手を借りないといけないほどの何かが起きている…そう考えると、蒼雷の救援要請は意外と大変なことかもしれない。たとえば町を荒らす魔物を退治するのを手伝え、のようなものである。もしそうだとしたら、巫女さんだのおみこしだのという気楽な話ではない。この炎の魔神はともかく、コージたちに魔物退治の経験がそんなにあるわけないのである。
 しばらく考えていたコージだが、結局結論は出なかった。現地に行ってみないと状況がさっぱりわからないのである。とはいえ晩秋の紅葉シーズンである。急いでバスの手配をしないと、満席で乗れない可能性もある。最悪の場合ディレルの家の軽トラック「銭湯潮の湯号」で深夜ドライブという事態になりかねない。

「じゃあ金曜夜のバスを手配しますよ。潮の湯号じゃ四人乗れませんよ…」
「あたし軽トラで温泉に行くのはいやよ。しっかりお願いね」
「それ以前にみぎてが乗ったらそれだけで二人分じゃん」
「ええっ!それってひでぇっ!でもそうだけどさぁ…」

 たしかに狭い軽トラックの助手席に、このでっかい魔神が乗ってしまうと、運転者すら乗るのが物理的に困難だろう。とはいえ「デブ」と断定されたようなみぎては、口をとがらせて不満そうな顔になる。そんな魔神に思わずみんなはゲラゲラ笑い始めたのは言うまでもない。

(3.「俺が教える。大丈夫」へつづく)


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