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いつかその傷が足跡になるまで――錠前サオリ・絆ストーリー感想【ブルーアーカイブ】

 挨拶も、

 口癖も、

 悩みも。本当にそっくりな二人だ。

 エデン条約編4章において、白洲しらすアズサは、シスターフッドにアツコたちの救出を嘆願した。銃を向けられたにも関わらずなぜそんなことを――彼女はその理由として「私の家族でもあったんだ」と答えた。きっとサオリのことも、血も涙もない人間だとまでは思っていなかったのだろう。仲間思いなところも、普段は無表情だけど胸の内に激情を秘めているところも。本当によく似ている。

 しかし、雛鳥は巣立ちを迎えて、ひとりで飛び立った。取り残された親鳥は、その時、巣の中で何を思うのだろうか。まだ未熟だと決めつけて連れ戻そうとするのか、あるいは、今度は自分がその背中を見て学び、新たな世界へ飛び立とうするのだろうか――

先生がまったく同じ反応してて笑っちゃった
通知欄に「サオリ」があった時は嬉しかったなあ……

 いつか来るであろうアリウス復刻募集が待ちきれず、奥歯に仕込んでいたセレクトチケットを噛み砕いて錠前じょうまえサオリをシャーレにお迎えしました。数ある生徒の中から、あえてこの子を選んだのには理由がある。そう、私は顔がいい生徒に弱いから……じゃなくて! エデン条約事件後、ブラックマーケットを一人で生き抜くことを決めたサオリは、何を思いながら日々を過ごしているのか。それを知りたいと思ったからでした。

「この3日間、1円も給与を受け取っていない。紹介された時の話と違うと思うが。」
絆ストーリー2話

 肝心の絆ストーリーの内容はというと――アズサと同じく「外の世界」の常識を知らないサオリは、やはりブラックマーケットに順応できない。銀行口座を作ろうにも身分証明書がない。契約書を書いていなかったせいで無賃労働になってしまった、ならばと今度は契約書を書いてみたが、内容をよく読んでいなかった。何度も何度も失敗し、貶され、騙され、ついに抗争に巻き込まれて怪我をしてしまう。

 しかし、アリウス分校という過酷な環境で生き抜き、かつリーダーとして仲間を守り続けてきたのが、錠前サオリという生徒だ。彼女はこちらに慌てて駆け寄ってくる先生に、こう言い放つ――

「そんな顔をするな、痛みには慣れている。」
絆ストーリー3話

 ……そのたった一言に、一体どれほどの人生経験が凝縮されているのだろうか。先生を心配させまいとする優しさ、強がり、あるいは単なる事実。かつてアリウススクワッドやアズサたちにどんな言葉をかけていたのか、その一端を垣間見た気がした。みんなを不安にさせないために、決して弱音を吐いてはならないと自戒していたことだろう。打ち明けることができない悩みもたくさんあっただろう。そんな責務を背負いながら生き続けてきた者の言葉であるように思えた。

 何度も何度も失敗が続けば「自分はダメな人間だ。何をやってもうまくいかない」と塞ぎ込んでしまうのが人の性だ。しかし、サオリは失敗を「学び」として受け取り、最後には笑顔を見せるのであった――


顔 が よ す ぎ る

う゛っ゛!゛!゛!゛!゛!゛

エデン条約編1章感想記事

 笑顔のギャップ萌えで先生に致命傷を負わせるところまでアズサにそっくりだねえ! サオリねえ! ……さておき。今のサオリがこう思えるのは、元来のタフさもあるだろうが、やはり先生との出会いや、アズサのような別の生き方があることを知った影響が大きいだろう。ふと思い出したのは心理学者セリグマンの有名な実験だ。犬に電気ショックを数十回与える。この電気ショックは何の前触れもなく、そして時間的にもランダムに発生する。つまり、犬は自分ではどうすることもできない、いつ起きるかわからない苦痛を何度も与えられることになる。

 翌日、犬には再び電気ショックが与えられるが、今度は条件が異なる。電気ショックの前触れとして、視覚的にわかる信号が送られる。さらに、実験箱を半分に仕切っている柵を跳び越えて反対側に移れば、電気ショックから逃れることができる。もし実験箱の中を動き回っていれば、犬はふと、昨日とは違って電気ショックを事前に回避できることを発見し、学習し、そして実践するようになるかもしれない。しかし、実験対象の約150頭の犬のうち、約3分の2は、ひどく無気力で、電気ショックがきた時にちょっとあわてて動き回ってみせるものの、すぐにあきらめて電気ショックにただ耐えるだけ、という反応を示した。

「二度と、大人の言葉を破りません……反抗しません……将来に希望を抱かないよう努めます……。」
エデン条約編4章18話

 自分ではどうすることもできない。「ここ」しかない。回避できない苦痛が繰り返されることによる「獲得された無力感」が、環境に能動的に反応しようとする意欲の低下や、学習能力の低下に繋がることを示す実験としてよく知られている。

 エデン条約編4章における回想シーンの発言から察するに、サオリは少なくとも一度はベアトリーチェに反抗したことがある。仲間思いなサオリのことだ。それは仲間を守るための決死の行動だったに違いない。しかし、敵わなかった。自分の力では、仲間たちを、姫を守ることができない。みんなを守るためには、ベアトリーチェの命令に従い続けるしかない。その絶望と無力感。やがて命令されるがままに、エデン条約の事件を勃発させるに至った。自分が何をしても全部無意味だ、そうとしか思い込めなくなった時、人間は"終わる"。挑戦することをやめる。あらゆる行動に拒絶反応が起きる。真綿で自分の首を絞め続けるような生活をひとりでに歩み始める。

 しかし、今のサオリはたとえ失敗続きでも「学び」を得ようと前向きな姿勢を見せている。――実はセリグマンの実験の話には続きがある。無気力になった犬は、どうすれば電気ショックを避ける方法を学習するのか? 首輪をかけて引っ張り、何度も移動を行わせると、犬はみずから反応し始めるようになるのだという。そして、軽く跳び越えられる程度の柵にしておく。こういうことを体験させているうちに、犬は無力感から立ち直ることかできる。それはさながら「こうすればいいんだよ」と教えるように。

「いや……そんな事ない。あんな……あんなもの嘘だ。偽物だ!」
「いつかは消えてしまう蜃気楼のような幸福だ!」
「頭を垂れ、祈り縋ったって何も変わらない!」
エデン条約編4章18話

 中には反対側に移るのに抵抗する犬さえいるのだという。しかし、根気強く続けていると、引っ張るのに要する力はだんだん減っていく。

(しかし、その苦難の旅路の果てに……)
(私たちにも素晴らしい未来があるというのなら……)
エデン条約編4章27話

 アズサのような別の生き方があることを知った、「無限の可能性」があると先生に教えられた――自分を引っ張ってくれる存在がいた。柵を跳び越えることを教えてくれた。私は災厄を撒き散らす疫病神としてではなく、違う未来を歩めるのかもしれない。その手応えがなければ、今こうして、何度も何度も失敗しながらも、力強く生きようとは思えないだろう。

 サオリの絆ストーリーを読んで実感したのはそんな、さまざまな出会いが彼女を変え、そして今でも心の中で生き続けているという確固たる事実だ。確かにサオリは仲間のもとを離れた。でもひとりじゃない。そう、サオリの名前の右横には、未だに「アリウススクワッド」の肩書きが刻まれている。言葉を交わさずとも。離ればなれになった今でも、アズサとサオリの言動が重なるように。サオリが心の内で抱えていた思いは、巡り巡って他者に広がり、そして今のサオリ自身に還元され、彼女を優しく包み込んでいる。それがただただ嬉しかった。

 後悔も、罪悪感も、過ちも。一生消えることはない。ふとした時に、ふと訪れた場所で、その記憶がよみがえる。傷口が開き、血が滴る。しかし、その痛みすら含めて自分だと思える日がいつか訪れる。錠前サオリ、彼女がいつか自分の人生を振り返った時、それでも少しだけ微笑むことができる日が来ることを――その傷が足跡になる日が来ることを祈りたい。

~不穏なBGM~

 ……とはいえ、メモロビがこれしかないのやっぱりしんどいですね。頭をなでなでしても「😊」じゃなくて「😭」になっちゃうんよなあ……アリウスイベント、ずっとお待ちしております。やっぱり元が美人な顔立ちですからね、髪を結い上げて、お化粧してさらに見違えったサオリの頭をなでなでしてあげたい。それが私の切なる願いです。それではまたどこかで。

<2023/11/02追記>

 フォロワーさんからのリプライで情報提供いただきました。ありがとうございます。サオリのサブスキル『リーダーの責任感』は、「同じ部隊にアリウススクワッド出身の生徒がいると攻撃力が増加する」という効果ですが、これは白洲アズサも対象に含まれるとのこと。このスキル名にして、この効果。たとえ離れていても、銃口を向け合ったことがあっても、今ではリーダーとしてアズサのことも仲間としてちゃんと大切に思っている。"文脈"が濃くてめちゃくちゃ良い……まだアツコとミサキはお迎えできていないので、いつか全員同じ部隊に入れてあげたいですね。

<ブルアカ関連記事>

<参考文献>
『無気力の心理学 改版 やりがいの条件』波多野誼余夫;稲垣佳世子著