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Σ 詩ぐ魔 第8号


告白

市原礼子(大阪)

あなたに謝らなければいけないことがあります
気がつかなかったこと
気にしなかったこと
叱らなかったこと
なぜ どうしてと
問い詰めなかったこと
あなたに謝らなければいけない
 
何かの間違いに違いない
そんなこと
信じられない
気がつかないふりをした
知らないふりをした
あなたは助けを求めていたのに
 
わたしは逃げていた
対峙する勇気がなかった
あなたは闇のなかにいたのに
 
長い時間をかけて
あなたはそこから脱け出た
わたしは何もできなかったのに
 
あなたの部屋にあったメモ
ひとりじゃなかった
僕だけ時間が止まっていたと
 
わたしの時間も止まっていた
あなたの時間が動き始めて
わたしの時間も動き出した
 
あなたに謝りたい
あなたの勇気を讃えたい
そしてあなたに伝えたい
あなたがいるからわたしも生きていると

「海底にさまざまなヒトデ星雲、」地上にはウグイス

小笠原鳥類(岩手)

小林安雅『海辺の生き物』(山と溪谷社、〈ヤマケイポケットガイド〉、2000)の「ヒトデの仲間」のモミジガイ(紅葉貝、232~233ページ)
「モミジガイのように砂底にすむものは、ふだんはとがった管足でじわりと砂の中に潜ってくらしている。」
魚の、いにしえの古典の写真を、布とテレビだと思って、アザラシが(なまずのように)見るだろうチョウチョウウオ。両生類(絵)
「浅い海の砂底や砂泥底で最もふつうに見られるヒトデの仲間。」
宇宙から来たスポーツの、もの。テニス(いくつかのアコーディオンが、遠い怪獣であると虹が思った)棚
「砂潜りはうまい。」
飾っているものを、木から、見ている(たけのこ)たけのこ。板
「星形。」
そして、
「海の紅葉(もみじ)は、砂の海底にはらはらと散らばっている。」
動物を見て、アライグマと、うみねこのようなものを見るのだった、まりも。食べるクチバシと庭
「淡い褐色の紅葉や、くすんだ青色の紅葉などがあって、裏側は淡色。」
鯉(歩いている犬と、廊下と壁と、版画・楽器は座っているイグアナ)牛
「姿のわりにワイルドといわれることの多いヒトデのなかではおとなしいタイプで、」
ここにペンギンが(セミではない昆虫でもない)田にいたら、池のチョウザメが言っているだろうディスク(コンパクト・ディスク)。
「海底の有機物や小動物などを拾って食べる。」
金属うれしい群れている水槽の銀色・そのカモシカを見て山のようだと言う。松
「裏返して置いてやると、思ったより素早く起き上がる。」
くらげ(乾燥しているイカが、並んでいる小鳥)そこで作られるケーキには、なれません(ひれがある透明恐竜。)タラ。

世界に揺れる洗濯物

佐相 憲一(東京)

いい天気だなんて話すのは残酷です
窓いっぱいの快晴空は憂鬱で恐怖です
外に出かけたいけれど出かけられない
あんなに野山を歩くのが好きなのに
あんなに小動物が親しいのに
かつては顔じゅう体じゅう布で覆って歩いたけれど
生まれつきあなたの肌は繊細だから
太陽光は征服者のようにどぎついけれど
体に浴びないと生きて行かれないから
ぼくがあなたの下着をたくさん干します
アパートのベランダいっぱいに風通しをよくして
ひらひらたくさんぼくらの夢を干します
それを着せるぼくがあなたの陽光になれるまで

遠くのくにで戦火におびえる人たちも
外へ出られず洗濯物からお日様を浴びています
あるいは布で肌を覆って祈り
嵐でも来て休戦にならないかと雨乞いしています
愛は爆弾よりも強くお金よりも豊かですから

あなたの心の月がぼくを照らす夜
夢の光が不幸な世界にゆきわたる夜
世界じゅうの日光湿疹の人たちの
地球じゅうの恋びと反戦家たちの
洗濯物が万国旗を塗り替えて揺れています
暮らしの地下水脈が人の世を洗っています

曇り空と雨の日はあなたを外へ連れ出そう
ほら 川沿いの桜が紅葉しているよ
秋の深さは晴れていたらわからない
いとおしさはまばゆい明かりでは見えません
ほんとうのいい天気には心の奥のほうから
流れ潤ってたなびく命の洗濯物の
愛の匂いがするでしょう

きっとまだ信じていいんだよ

悲しみでっぱり

豊田真伸(大阪)

悲しみというでっぱりが
ある日玄関に現れ
右肘にも現れ
普段無いものが急に現れると
廊下でつっかえたり
小指の先をぶつけたり
それは私が普段如何に回りを見ていないかを示すこととなった

しかし月日というのは不思議なもので
そのでっぱりが生まれつきのように感じ始める私は
悲しみというでっぱりを当たり前のこととし時には大股に
時には大げさに肘を畳んで毎日を過ごすようになる

玄関のでっぱりはやがてハンガーとなり
右肘のでっぱりは肘をついて居眠りする時のちょうどよい高さとなり
他の人にはない二つの得を私にもたらしたが
はたしてこれは私にだけ起きた現象か

そこで私は手近な友人や心安い同僚に
「お前にもこんなでっぱりはないか」と尋ねたところ
「あぁそれなら」と
一ヵ月程度の間に全員にあたる八名がほぼ似たようなでっぱりを差し出した

私のでっぱりはでっぱりと言える程度のでっぱりだったが
中にはでっぱりと言うより突っ張りだなというぐらい立派なものをこさえているものもいて
なるほどなぁ、何事も聞いてみないと分からないものだなぁと
妙に得心したのです

ところで私のでっぱりは上着を引っ掛けたり
肘を突いて寝るのにちょうどよい高さをもたらしたが
せっかくなので同じ八名に悲しみでっぱりの効用について聞いたところ
一人は右肩に出来たのでカバンがずり落ちなくて済むと言い
一人は臀部に出来たので体が傾いて困ると言い
一人は洗面所の床に出来たので歯みがきの時土踏まずが先ず気持ちいいと言った
中には人の気持ちが分かるようになったなどと殊勝な事をぬかす者もいたが、
総じて前向きに捉えている人が多かった

しかしそのようなでっぱりはある日突然姿を消す
私は肘を滑らせてガラス窓に頭をぶつけその事を知った

私は「知らぬ間に悲しみというでっぱりが現れたように、知らぬ間に悲しみというでっぱりはいなくなる」ものだと物分かりのよい生徒のように了解したが
なんだか急に玄関のでっぱりが恋しくなり
早く家にたどり着きたいようなたどり着きたくないような落ち着きのない心持ちになって家に帰った

しかし待て
今現在では気付いていないがこの身体のどこかに悲しみというでっぱりがまだあるような気もする
或いは家中のどこかにも探し出せばまだあるような気もする
そんな風に思い返してみると私はいくらでも心当たりがある中年だった

その時、
私は焼場から出てきた父の骨を思い出していた

少年少女世界の名作文学

苗村吉昭(滋賀)

小学校の図書室の書架に並んでいた
『世界の名作文学全集』全50巻
こんなの全部読む人は
将来どんな立派な人になるのだろうかと
小学生の自分には関係ないことのように
重厚な背表紙を見つめていた
50代半ばになって
やっぱり立派になっていないぼくは
いまからでも全50巻を読んでやろうと
小学館版の全冊揃いを35,000円で古本屋で買ったみた
第2巻『古典-2』まで読んで
こんな記述に出会った
「ユダヤ人は、カナンの土地を奪いとると、そこに住んでいた人たちを、殺すか、どれいにするかしました。」(『聖書物語』)
「つぎの瞬間、クリームヒルト妃の手の名剣バルムンクは、はっしとハーゲンの首に当たっていました。ハーゲンの首は、ほとばしる血をふいて、床の上にころがりました。」(『ニーベルンゲンの歌』)
『世界の名作文学全集』全50巻を完読して立派になった少年少女たちは
ガザやウクライナで今日も繰り広げられている別の物語を
名作を再読したような懐かしさで理解しているのだろうか。

すべて夢

速水 晃(兵庫)

先ずは一献 とはいかない時刻だから
晩秋というには暖かすぎる戸外
色づきはじめた山々をながめ
持参した水で かわいた喉をうるおしてほしい
想い出の小料理屋を予約しておきましたので
夕方になれば ゆっくりと出かけましょう
──永いこと出会わずに申し訳ありませんでした 
  私をお忘れになられたかも
故郷を遠く離れて病室にいる姉に ほんの数カ月
農作業の忙しさで面会できなかったことを詫び
お見舞いの お金を入れた封筒に記されていた
(その頃になると姉は 眠ってばかりいた)
いつもなら揺り動かして目覚めさせてM兄は
笑いを誘い なつかしい土の匂いひろげていただろうに

姉へ寄せた文面は今も ぼくの傍らにある
──永いこと出会わずに……
数年間帰郷できなかったぼくは
線香をたて 応えることのないM兄に詫びる
(陽光にさそわれてM兄は 二度寝の最中なのだろう)
もう少しすればお寺さんが来て我が家の墓じまい
共に過ごした姉の 白くなった骨は
父母と義兄の墓石の膝にすわって日光浴のさなか

語り足りなかったこと 夢のつづき
夕方になれば出かけましょう
なじみだった大将がお待ちかねです

通 販

松村信人(大阪)

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そのご質問は別の部署でお願いします
面倒くさくなって通信を切る
 
あの頃は変えたいという思いが強かった
何度も壁にぶち当たりながら
ふりかえるとあらゆることが不成立のまま
 
もう一度アカウントをお知らせ下さい
お探しのカテゴリーをご指定下さい
商品ですか思想ですか妄想ですか
 
背負ってきた荷物を
解きほどき
引き取ってくれるところは……
 
もう一度アカウントをお知らせ下さい
お探しのカテゴリーを……
答えなどもうどうでもよい
 
パソコンの画面が表示している
愛ですか

夜をめくる

都 圭晴(大阪)

僕はコロナに感染して
部屋にひとり籠っている
症状は咳 喉痛 頭痛 倦怠感 寒気
体温は39.0℃を超え
40.0℃にも達した
布団の上で眠っている
 
夢のなか 夜をめくっていく
夜が何冊かの本になっている
手元にある 夜の数字が増えていく
この数字が何を表すのかは分からなかった
僕を看病する僕が
夜を越させるために
めくっていく夜へ
ひたすら署名していた
 
どうやら僕は 僕に生きてほしいようだ
 
僕は30分ごとに起きて 夢に従い
決められた契約に署名して また眠る
 
いつの間にか
ある待機線で 夢と雑談している
よく見たら 二人は隔離されている
 
夢と二人で 僕のものとなった夜を
逆さまにして遊んでいる



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未発表の詩。投稿料は無料。自由に投稿していただいて結構です。掲載するか否かは編集部にご一任ください。校正はありません。行数、字数は自由。横書き、できればWordファイルで下記の編集委員のいずれかにメールでお送りください。メール文での作品を送っていただいても結構です。季刊発行で、3,6,9,12月の隔月10日の予定。各号の締め切りは2,5,8,11月のそれぞれ月末です。ご質問はメールにて受け付けております。 

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∑詩ぐ魔(第8号)
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発 行  2023年12月10日
編 集  松村信人 matsumura@miotsukushi.co.jp
協 力  山響堂pro.
発行所  澪標 

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