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資本市場の中でのインパクト投資とは 前編

■ シリーズ: ESGの一歩先へ 社会的インパクト投資の現場から ■

(左)日本取引所グループ総合企画部課長 須藤奈応氏 (右)SIIF常務理事  工藤七子

GSG国内諮問委員会では2018年8月に「ソーシャル・エクイティファイナンス分科会」を設立し、7回にわたって「社会的インパクト時代の資本市場のあり方」について議論を重ねてきました。分科会の成果として、2019年5月27日に『社会的インパクト時代の資本市場のあり方−社会課題解決に事業として取り組む企業の持続的成長を支えるエコシステムとは−』が公開されました。今回は分科会のファシリテーターを務めた日本取引所グループ総合企画部課長の須藤奈応さんをお招きし、社会的企業と市場との関わり方についてお聞きしました。

工藤七子(以下、工藤) 須藤さんは日本取引所グループの中で社会課題解 決などの新規ビジネスに係る企画・立案を担当されてらっしゃいますよね。 最近のESG投資やインパクト投資の状況をどうみていらっしゃいますか。

須藤奈応氏(以下、須藤)ESG投資はメインストリーム化しているのを感じます。2003年ごろに日本初SRIファンドが組成されて、一時期300億円市場規模を突破していた時代もありましたが、その後市場環境の悪化などに伴  い縮小するなど、ESG投資は市場の拡大と縮小を歴史的に繰り返してきました。しかし、今回のESGの波は本物なのではないかと多くの市場関係者は捉えていると感じます。

ESGファクターを投資判断に組み入れることで投資リスクを軽減することが目的としている投資家が多いと思うのですが、4月10日、11日に東京ミッドタウン六本木で開催されたRIアジア・ジャパンで印象に残ったのは、複数の大手ESG機関投資家が、「ESG投資を通じてSDGsを解決したい」「その解決度合いを測る尺度が今後必要」とコメントしていたことです。ソーシャル・エクイティファイナンス分科会での議論を思い出しました。

工藤  日本でも社会的インパクト投資の市場規模は2018年で約3440億円。 この4年間で約20倍に拡大しています。ESG投資がメインストリーム化していく中で、国内の資本市場における環境を整備していくことも課題の一つですね。

須藤  そうですね。弊社でも、これまでも、コーポレートガバナンス・コードの策定、ESG関連の指数の算出やETFの上場、インフラファンド市場の開設、女性活躍や健康経営を推進する企業の選定などサステナビリティ関連の取組みを積極的に推進してきています。今後も、投資家、上場会社、市場関係者の皆様と連携しながら、ESG投資促進の取組みを進めていきたいと思っています。

工藤  企業側の変化もありますよね。社会課題解決を掲げながらIPOを目指すようなベンチャー企業が出現したり、大きな企業でもESGを意識した経営戦略を取り入れ始めたということが大きな変化をもたらしています。

須藤  まさに、そういった新しいタイプの起業家の出現に既存の資本市場の仕組も変化が求められているのではないか、ということがGSG国内諮問委員会が「ソーシャル・エクイティファイナンス分科会」を設立した際の問題意識だったと思います。投資家側、起業家側の両方のニーズが出てきたということが大きいですね。

シンガポールで成功している資金調達プラットフォーム

工藤  須藤さんはシンガポールの社会的証券取引所の運営会社IIX(インパ    クト・インベストメント・エクスチェンジ・アジア)でのインターンの      経験もありますよね。2013年に最初に須藤さんにお会いしたときはこんな  マニアックなところでインターンしていた人がいたなんて!と衝撃を受け  ました(笑)。シンガポール以外も含めて海外の取引所での先進的取り組みにお詳しいと思いますが、海外の資本市場でインパクト投資への取り組みはどのような成果をあげていますか?

須藤   シンガポールとカナダには社会課題解決に取り組む企業向けの資金調達のプラットフォームがあります。両国のプラットフォームに共通しているのは、社会課題解決に取り組む企業とインパクト投資家をオンラインでマッチングさせています。プロの機関投資家や富裕層に限定された会員制ウェブサイトで、そのウェブサイトには社会課題解決に取り組む企業による資金調達案件がずらりとリストになっています。そのリストから投資家が応募する形になっています。案件をリストに載せるためには社会性及び収益性を見極める審査が必要です。シンガポールではインパクト・インベストメント・エクスチェンジ・アジアが、カナダではソーシャル・ベンチャー・コネクシオンが担っています。

カナダはカナダの機関投資家でないと投資できないというような縛りもあります。

工藤  シンガポールは流通市場も作っていますよね。

須藤   そうですね。先ほどの取組みは非上場企業向けの発行市場になるわけですが、投資家が自身で売り先を見つけてこない限り、転売することはできません。それか、どこかの証券取引所に当該会社が上場したり、どこかの会社と資本提携をする契機に買い取ってもらうなどの機会を待つしかありません。投資家も慈善事業ではないので、持分を転売し利益にならないと、なかなか資金投入できません。その課題を解決するために、IIXはモーリシャス  証 券取引所と提携し、社会課題を解決する企業専用の、流通の場を作りました。ですが、実際は上場実績が一社もないんです。                                         

その市場に上場するためには、モーリシャス証券取引所が運営するベンチャー市場の上場審査基準に加え、特別に設けられた社会性に係る基準両方を満たす作りになっています。

この問題は今回の分科会でも話題になりましたが、社会課題を解決する企業の目指す成長の形として2種類あります。まず一つ目は、高い成長性を実現しIPOやM&Aを目指している企業、2つ目はあえて上場やM&Aを目指さず、 企業として安定的な経営を実現させながら社会課題解決を最優先とする企業。分科会では前者を”ソーシャルIPO型“企業、後者を”ソーシャルPE型“   企業と名前をつけました。

話を戻しますが、“ソーシャルIPO”型の経営者は、普通のベンチャーと互角に戦うことを目指しているので「社会性基準で下駄を履かせてもらったから上場できた」と見られたくないそうです。審査の過程において、社会課題を解決する企業として特別扱いして欲しくないと。モーリシャス証券取引所では、ベンチャー市場の審査基準への適合が前提になっているのですが、既存のベンチャー市場とは別の市場区分になっています。この特別な市場に集まる投資家は社会性に価値を置く投資家が想定されているので、「既存の流通市場では勝負ができないから、社会性を特別視している市場に上場した」と思われてしまうという懸念は払拭できなかったということなのではないで  しょうか。

工藤  プラットフォームはあってもまだ課題が多いということですね。

須藤   IIXは前述の発行市場のサービスで46カ国140社にサービスを提供し、9400万ドルの資金調達を実現させていますから、うまくいっていると思います。ちなみにイギリスにもソーシャル・ベンチャー・エクスチェンジというプラットフォームがありました。証券取引所に上場している会社のうち、社会性に優れている会社に対して、社会性をアピールする場を提供したり、支援する取組みを提供していました。登録審査と登録を維持するための条件がいくつかありましたが、年に一度ソーシャル・インパクト・レポートの提出・公表などがあったと思います。登録すると、ソーシャル・ベンチャー・エクスチェンジのインパクト投資家ネットワークにアクセスがあったり、 ソーシャル・インパクト・レポート作成にあたってのコンサルティングを受けられるといった特典がありました。ただそのためには、既存の上場市場に支払う上場料金に加え、ソーシャル・ベンチャー・エクスチェンジに対しても追加で会費を支払う必要があります。会費を払い続ける費用対効果がうまく説明できなかったのかもしれませんね。

社会性を評価するツールの進化が求められている

工藤   日本で社会課題解決に取り組む企業向けの資本市場の仕組みを作るとしたら課題は何だと思いますか? 

須藤   誰かが資金調達プラットフォームを構築すれば、企業と投資家が自然と集まってくるということは起こらないと思っています。提言書にも書かれていますが、資本市場を考える前に、社会課題解決に取り組む企業の成長を支えるエコシステムが必要です。具体的には、社会課題解決に取り組む企業経営者とその成長を支える支援者がネットワークをするようになり、企業と支援者をマッチングする仕組みが自然発生的に生まれることになり、関わるメンバーの数が増えることによって認知度が上がって、資金調達をサポートする仲介業者も誕生するようになり・・・と展開していくと自然と効率的な仕掛けができてくるのではないかと考えます。分科会での議論によると、社会性と収益性双方をバランスよく追求する企業と支援者のコミュ二ティが手薄のようです。

もう一つ大きな課題は、社会性の評価だと思います。社会課題の解決に取り組む企業は、社会性も評価してくれる投資家から資金調達をしたいわけですけれども、そのためには投資家の投資判断に耐え得るレベルの、社会性に関する会社情報が必要です。ESG投資の文脈においても、各ファクターをポジティブに評価しても良いのではないかという意見もあるようで、今後、とても重要な分野になってくると思います。今、日本でも評価のためのツールができているものもありますし、より高度なものを目指そうという動きもあります。

フレームワークができて企業も投資家も利用されるようになるとお金が動きやすくなると思います。企業成長に必要なものは人、金、ネットワークだといわれますが、それらすべてが得やすくなると思います。起業家を支援できるコミュニティーと社会性の評価に、もう少しマーケットの視点を入れたものができると評価がしやすくなるのではないでしょうか。

工藤  まさにおっしゃるとおりです。それは重要な課題ですよね。

須藤  注意しなくてはいけないのは、既存の資本市場はたくさんの人が集 まってたくさんの会社が資金調達しているので、どうしても分かりやすくて標準的なものが好きなんです。でもソーシャルセクターは一筋縄では説明できない部分がありますよね。指標の標準化がしにくい。それをどう決着させるかは、今後の市場規模を左右するといっても過言ではありません。ソー シャルセクターとビジネスセクターが互いに歩み寄って、新たなフレーム ワークを作り上げていくと良いと思います。

工藤  今、ファンドの立ち上げもやっているのですが、その視点は投資家さんからも興味関心が高いです。どうやったら標準化できるのか。どうしたら投資先10社のインパクトを合計値として出せるかといったことをよく聞かれますが、いまの時点ではかなり難しいなとは思います。

二つ傾向があって、一つはESG投資的な上場の世界では、一定の客観的評価をもっと進化させていかなくてはいけない。他方で、共感型投資は通信簿的な評価では見えてこない価値がある。そこにはまた違うフレームワークが必要だなと思っています。評価というよりは共感ベースで、どれだけの人が参加しているか、どれだけの投資家が興味を持っているかということが大事。提言書にも「ファン株主を獲得する」というテーマがありますが、ファンになってくれる人は、数字的なことよりも事業自体が面白そう、興味関心と合致している、自分事である、といった点で惹かれていくことがある。その二つの世界は並行して発展していくのだろうと思います。

須藤奈応氏プロフィール
慶応義塾大学法学部政治学科(アフリカ地域研究)卒業後、2005年東京     証券取引所(現日本取引所グループ)に入社。2013年、ペンシルベニア    大学ウォートン校へ留学。在学中、社会的証券取引所を設立したIIX(イン  パクト・インベストメント・エクスチェンジ・アジア)でのインターンや  カンボジアでのボランティアを経験。MBA取得後は、日本取引所グループ  総合企画部にて活躍。

後編へ続く