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流産しなければ出産予定日でした(2021年)

稽留流産しなければ本日(2021年07月21日)が出産予定日となっていました。実際に無事に産まれていたらどうなっていただろう?子育ては大変だともよく聞くし、かけがえのない有意義な体験とも。生活や時間などの使い方も子供の有無によって大きく変わるから人生上大きな別れ道であって両方を体験する事は出来ない。

子供を欲しい気持ちは相応にあったけれども、老荘などの影響かどちらでも良しの気持ちになっていた。時代の変化が速く激しいので僕ら夫婦亡き後の世を不安に思ったり、自分以上に能力が高く鋭敏で変わった子供であったらどうしよう?と不安も感じていた。考え過ぎても答えは出ないだろうから基礎と応用を教えて当人任せで落ち着いただろう。歴史を鑑みるに文明が進歩しても人々の営みは変わらないから基礎と応用がしっかりしていれば、子供も相応に生き抜いていける事だろう。

世間では子供は社会の宝的な考え方があり僕も一定の理解をしつつも、自分に子供がいないから深くは労力を割く気持ちにはなれず、未婚や子供のいない夫婦が増えている事で後々社会的にも大きな影響が現れてくるだろう。20歳くらいの方が児童養護施設(当時は名称がまだ孤児院だった)とかホームレス(当時は浮浪者?)への心の動きが強かったが、僕自身の心の投影であって自分が安定してくると同時に気持ちが弱まってしまった。ボランティアなどで嫌な事が多かったのも影響している。何かで読んだが「虐待を受けた人を支援するには虐待を受ける覚悟がいる」とあり、確かにと思いつつそこまでの覚悟や情熱は自分には無いなとも。


子供を大切にする目的での様々な作為、法なり条例なり配慮なりが裏目に出ている事も多いのは皮肉な事か。声かけ事案などで善意であっても疑われたりするから関わらない選択を取る人が増えていく。子供、女性、障害者などには下手に関わるなという風潮が出来てきている。その分、自己責任濃度が高まるから自立心が養われて良いのかも知れない。

死別の母子家庭を支援するのは解るけど離別の母子家庭を支援するのは疑問。人口過多も問題になっているから少子化はさほど問題でないと思う。思慮の浅い夫婦が子供を作る方が問題だから、優生保護法時代のように子供を作る資格や免許を作っても?世間では経済力や学歴で語られているけど、それ以上に親の質が(学問の習慣)影響するから不幸な子供を減らす事に繋がるし、思慮の浅い夫婦の子供を他人が肩代わりするのはおかしく、知的障害者同士が子供を作って福祉に頼りっきりなケースもある。自分が自由が好きだから誰であっても子供を作る作らないは自由でいいと思うけど、それならその子供を支援するしないも自由でないと釣り合わない。権利の自由があるならば結果の責任も伴わなければおかしいと思う。落ち度の無い弱い人を虐める事はおかしいが、昨今度々ある障害者などが支援を超えた特権のようなものを要求したり障害などが無い人以上に優遇される事は逆差別でありバランスを欠いていると思う。

障害などが無くても親の意識は各家庭で多種多様であるが、あからさまに怠慢であると観られる親も相応におり、そういう家庭の尻拭いをする事の是非について疑問が生じる。例えばオンラインゲームで24時間動き続ける戦争ゲームは子育てしながら出来るゲームではないと思うが、結構子持ちの親がプレイしていた。あるケースでは夫婦で毎日長時間ゲームしていて二人のお子さんがいて上の子が高校生との事なので「一緒にゲームしないのですか?」と話を振ったら「あの子は何だか解らない」と返答され唖然とした。

子供にとって心の栄養はとても大切であり、子供の性質も多種多様であるからよく構った方がいい子供もいれば放任した方がいい子供もいる事と思う。ただどのような性質の子供であっても要所要所で心理的栄養や支援は必要となり、その機微を察するには日頃の親の姿勢が肝要になってくる。長時間ゲームに費やしていては、どうしても子供に対する意識は減少するし、それで子供が何かしらのサインを出しているのに「何だか解らない」で思考停止して長時間ゲームに費やす事を改めない、子供の心と真摯に向き合う事をしない。それによって後に子供から報復を受けたり、子供がひきこもりになったりと様々な危険性があり、子供が幼い時の親の思慮の浅さが後々倍増した負荷となって返ってくる事となる。


自由と自己責任が強まっていくと社会に温かみが無くなりそれも問題であると思うが、当人の怠慢の結果を他者が尻拭いする事はおかしく思う。子供についても深慮する夫婦は諦める選択もする一方で、浅慮な夫婦は子供が産まれてから考える問題が起きてから考えるとしている。子育て以外も含め生きる為に最低限必要な事以外の遊びなどに多大な時間や金銭を使う余裕がありながら後々困窮した場合は自己責任の度合いが高いと思う。どうしようもなく本当に困り続けている人もいるけど、自滅的に困窮する人が多いように思う。
僕自身も100%完璧で善人だった訳ではなく、様々な要因があったとはいえ落ち度の無い人に迷惑を掛けたり、それでやり返された事や賠償した事などもあり、逆に自分に落ち度が無いのに加害された事へは復讐したり、様々な事があったからより考える傾向になったり。

少子高齢化はIT化で代用していけると思うのと世界的に人口過多だから減少する事は良い事だと思う。年金や国民健康保険なども不具合も出てきているし廃止して自由と自己責任にしたら、それを支える現役世代の人数は関係なくなると思う。
深慮な夫婦より浅慮な夫婦が考えずに子供を作るのも含めて、適者生存などの生物の仕組みとなっているのかも知れない?
一つの意見として社長などはサイコパス的な人が多いとか、そうでないと成功しないとかの意見もある。解かりやすく伝えるならばサイコパスと正反対であったら餓死するしか無くなる。浅慮であっても仕方が無いと許容される範囲程度でやりたい事をやった方が人生はうまくいきやすい一面があるのかも知れない。


以前の記事は、


旧ブログにて2021年07月21日に記載していたもの


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