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『千代田区一番一号のラビリンス』を読む。

本人たち、つまり明仁上皇と美智子上皇后が読んだら、どんな感想を持つだろうか。まず、それをぜひ知りたいと思った。なぜならこの小説の主人公は、この二人だからだ。

それにしても、皇室を描いた小説が、こんなにエンターテイメントしているとは思わなかった。

天皇と皇后はスマホやネットをやるのか? 自分たちで料理もするのか? 冗談も言ったりするのか? もちろん、するだろう。だって彼らは俺たちと同じくこの日本、東京に今現在生きている人間なのだから…という前提で、想像力と資料を駆使して書き上げられた娯楽小説だ。

そしてこの小説には、彼ら以外にも是枝裕和やザ・ニュースペーパーなど、実在の人物が「出演」する。なかでも山本太郎がかなり重要な役回りで登場するのが個人的には嬉しい。

全員、こんなこと言うかな? とも思うし、でももしかしたら言うかも、とも思う。いずれにせよ知り合いではない。特に明仁・美智子の二人と知り合える可能性はまずない。

が、彼らは「そうだったらいいな」と思えるような言動をする。まあこれは読む人によって違うかもしれないが、それは政治信条のようなことでは変わらないだろう。作者の森達也は、この小説にそうした政治性を持ち込んでいない。特に、明仁・美智子夫妻の絆の強さは、日本人として救われる思いがすると思う。

もちろん、いろんなことを考えさせられる。これからこの国で天皇制を続けるべきか、続けるならどのような形がいいのか、日本国民が、明仁が悩んでいたことの半分でも象徴天皇制に向き合っていたら、この国はもっと良くなっていたのではないか、など。

そういう気づきのためにも、多くの日本人に読んでほしい。そして書評で黙殺している場合ではない。この小説には、深沢七郎の『風流夢譚』のような「不敬」なことやスキャンダラスなことは何もない。ことさらに皇室に関する著作を忌避する、そうしたマスコミの態度こそが、皇室や天皇制をわれわれから遠ざけ、この国の形をあいまいなものにしている元凶である。

そして、おそらくその気づきが、この小説に出てくる不定形な存在「カタシロ」の謎を解く鍵にもなっている。









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