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この世界の端っこの鍵のついた部屋のお話。

誰にでも「嫌いな音」というものは、あると思う。特にトラウマや精神疾患を持っている人は、怒鳴り声や人混みの中のざわざわなど、様々な「できれば避けたい音」があるのではないだろうか。私にも、ある。ある日までは、1番嫌いな音は、「母が自室に近づいてくるスリッパの音」だった。子どもの頃から、夜寝ている時もその音を聞き分け、「何をされるのだろう」と震えていた。

そんな私が今1番嫌いな音は、閉鎖病棟で隔離される時に、看護師さんが閉める鍵の音だ。

その音が聞こえると、私は自分の力では部屋から出られなくなる。
考えたことはあるだろうか?
そんな部屋の存在を。
ナースコールはないため、外に連絡する手段はない。
待っているのは、絶望だ。

だから私は隔離を告げられると、必死に抗った。「大丈夫だから!やめて!」と叫んで体をよじると、何人もの看護師が駆けつける。ある時は、別の病棟のスタッフまで呼ばれた。ある時は、その中の1人が注射を持ってくる。

そして、部屋に押し込まれて、カチャっと扉を閉められる。
マットレスとポータブルトイレのみが無造作に置かれた、出られない部屋。

病棟の状況や主治医の指示によっては、多い時は30分に1回様子を見にきてくれた。だが、病棟が忙しい時は誰も来ない。他の患者さんからすれば迷惑だったと思うが、扉を叩かずにはいられない。看護師さんにはよく誤解されるが、別に用事があるわけでも、不穏になっているわけでもない。「私のことを忘れないで!」と伝えているのだ。

隔離や拘束のこと。もちろんその判断が下される原因は、私にある。だが、退院してしばらく経つと、トラウマのように蘇る。思い出したくはないが、思い出さずにはいられない。そして、思い出すと書かずにはいられない。

この世界の端っこの、小さく暗いそんな不思議な部屋のことを、今でもたまに夢に見る。

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