机、いわゆるひとつのデスク。

机の上に遙かなる山嶺が見える。
夢でも、幻でも、蜃気楼でもない。
勇敢なクライマー達の挑戦を、ことごとく撥ね退けてきた机上にそびえる高峰“Mountain of books(本の山)”である。

あぁ、みたまえ、あの急峻なる斜面を。
麓の段階では整然と積まれた本たちであるが、中腹からはタテヨコを同じ向きに揃えることも諦め、側面へ出っ張ったり引っ込んだり。
それゆえに傾きかけた頂を、隣の峰々がかろうじて支えあうという、恐ろしくも不安定な地形である。これでは、いつ雪崩が起きてもおかしくはない。

伝説によれば遥か昔、家具職人さんは机の上をまっさらな平面に創りたもうた。
そこには、折れて転がるシャープペンの芯も、隙間に迷い込んで溶けかけた飴玉もなく、自在にノートを広げられる穏やかな空間が広がっていたという。

だがある日、天井を目指して塔を建設しようとする人間が現れた。
一冊、また一冊。 本が積まれてゆく。
もしも万有引力定数の値がもう少し小さければ、本の塔は無事に天井へと達していたかもしれない。しかし、彼の建設した塔は天まで届くことなく崩れ、いつしかそれは「紙々の山嶺」と呼ばれるようになった。

ほどなく、机上は雪崩の頻発する危険地帯となり、かつて机の上が平らであったことを知る者も少ない。

まれに、片付けと称して本を移そうとする動きがある。あるいは、行方不明の消しゴムを探すために捜索隊が結成される。
2日経ち、3日経ち……
誰かが言った。
「紙々の山嶺を前にしたとき、個人の力はあまりにも無力だ」と。

いま、この瞬間も、厳しい峰々は人の侵入を頑なに拒む。
行方不明の消しゴムが、ある日ひょっこり出てきてくれるのを、私はただ祈るのみだ。

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